0036・サコロ町から王都まで
さほどやる事も無いので、さっさとベッドに寝転び停止したミク。その横に狐姿のまま寝転び、眠るヴァル。実際にはヴァルも停止に近く、大元で適当に過ごしていた。本体の空間ではミクも適当な思考をして暇を潰しているぐらいだ。
朝になり、相変わらず誰も襲って来ない事に寂しさを感じつつも、起動したミクは顔を洗いに外に出る。外では早くに起きた若い男性が上半身裸で体を拭いていたが、ミクはガン無視している。
絶世の美女を超える美の化身が近くに居る事で、男性の方が恥ずかしがっている始末だ。それも無視したミクは、顔に【清潔】を使ってから洗い、口の中に【清潔】を使ってから水で漱ぐ。
そうして井戸から離れたが、ミクが離れるまで恥ずかしがって固まっている男性であった。
宿の者に大銅貨2枚を払い適当に頼んだミクは、朝食を終えると宿を出て町を出発する。
サコロ町からは北西に向かうのだが、村を挟んだ次が町なのだ。その次も町で、その先は王都である。どうしようか迷っていると、ヴァルが進める所まで進んだらどうだと言ってきた。悩むのも馬鹿らしくなったミクは了承する。
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そのままヴァルは走り続け、エッセオ町で今日は休む事に。まだ早いものの、今の時間だと王都まで辿り着けるか分からない為、今日はここで休止する事にした。町に入って宿を探すと、割と簡単に見つかったので入る。
大銅貨3枚を払って確保したら、少しの部屋で時間を潰す。今のところは特にやる事も無く、本体に至っては鋼でプレートアーマーを作って遊んでいるほどだ。自分で着なくても、ヴァルに着させようと思っている。
どうやら顔を晒さない装備を作り、もうちょっとヴァルを活躍させようという事らしかった。ヴァルにとっては良い事なのかどうかは分からないが、色々と遊んでいるぐらいが平和でいいのは間違いない。
大銅貨2枚を払って食事をし、部屋に戻ってベッドに寝転び停止する。昨日と同じく呼吸もしない、停止した肉体がそこにあった。まあ、横の狐も停止しているが。
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翌日、朝の準備を終わらせて大銅貨2枚を払い朝食を食べる。朝早くだが、妙に食事をしている者が多い。耳を澄ませて聞いてみると、早く行かないと王都の門は混むらしい。成る程、どうりで早く食べる訳だ。
ミクは急がず優雅に食事をし、宿を後にした。エッセオ町を出たミクは、ヴァルに乗って王都への道を進む。馬車や徒歩の者が多く、道の端を遅めの速度で走るヴァル。この遅さはイライラしないミクであった。
理由は色々な者を観察しているからであり、いつもの移動とは違って分体を停止していない。そんなミクを背に乗せて走る事2時間ほど、目の前には王都の壁が見えてきた。石で出来た堅牢な壁で、手前には深くて広い堀がある。
門の前には橋が架かっており、非常時には落とすのだろう。堀には水が流れていないものの、立派な空堀となっている。幅は7メートルほど、深さも7メートルほどだろうか。普通の者なら落ちると上がれないであろう堀だ。
ミクは橋の前でヴァルから下りて歩いて行く。ヴァルは後ろからついて行きつつ小さくなる。王都にはゼルダが居るからか門番も驚いてはいない。ミクは列の後ろに並び、順番を待つ事にした。
列の前後からミクの事をヒソヒソ話しているが、ミクは完全スルーを決め込んでいる。そんな事よりも、傭兵の持ち物や商人の商品を観察していく。自分で物を作って使うだけに、そういう物について関心が出てきたようだ。
ミクの番が回ってきたので登録証を見せ、中に入る事が出来た。使い魔を連れているのは見慣れていても、美の化身は見慣れていなかったようなので、正気に戻す一手間が必要だったが。
王都の中に入ると、近くの人に冒険者ギルドの場所を聞き、ミクは東へと向かう。まずは中央通りを真っ直ぐ進み、妙な像があったので東へと曲がる。中心にある像は初代の建国王を模した青銅像のようだ。
そんなどうでもいい像には一瞥を呉れただけで視界から消すミクだった。そのままテクテクと歩いて行き冒険者ギルドを見つけたが、バルクスの町のギルドよりも大きい。ミクは最初、別の建物かと思っていた。
バルクスの町のギルドも実は大きく、国内では2番目に大きいギルドである。あそこは近くに<魔境>がある為、それに応じてギルドの建物も大きい。ただ、他の町よりも大きいという程度でしかない。
王都のギルドは明らかにバルクスの町よりも大きいのだ。その大きさはバルクスの町のギルドの五割増し。普通の町のギルドの二倍はある。おそらくダンジョンがある所為であろうが、驚くほどの大きさであった。
そんなギルドの建物に入り、中の受付嬢に話しかけるミク。そしてミクの美貌を見てビックリする受付嬢。
「ちょっと、いい? バルクスの町のギルドマスターから紹介状を渡されたんだけど、これを中央ギルドのギルドマスターに渡してほしい」
「…………はっ!? え? な、何ですか!?」
「この紹介状を、ここのギルドマスターに渡してほしいんだけど?」
「えっ!? 何処の貴族様か知りませんが、そういうコネは無理です。お引取り下さい」
「バルクスの町のギルドマスターから! 中央ギルドのギルドマスターに宛てた! 紹・介・状!! だって言ってるでしょうが」
「す、すみません! 少々お待ち下さい!!」
流石にミクの美貌に見惚れていて、話を聞いていませんでしたは通じない。受付嬢は慌ててギルドマスターの部屋に紹介状を届けに行った。ちなみに周りの受付嬢は、先ほどの受付嬢に対して同情している。
あんな美の化身が目の前にきて、耳を甘く蕩かすような声で話し掛けてくるのだ。自分でも似たような結果にしかならないと思っている。だからこその同情なのだが、声に関しては男性姿の方が遥かに強力だ。
あっちの声を聞いたらどうなるのかに興味はあれど、余計な事はしないミクだった。少し待つと二階に上がった受付嬢がカウンターまで下りてきて、ミクを二階のギルドマスターの執務室へ案内していく。
ミクは大人しく従い、二階のギルドマスターの部屋に案内する受付嬢の後ろを進む。中に入ると、疲れたような表情の優男がいた。それなりのイケメンの筈が疲れていて、見る影も無い。
「キミがエスティオル卿が絶賛する冒険者かい? 私はロディアス。冒険者時代の二つ名は<暴風のロディアス>だよ。一応<閃光のガルディアス>、<魔女ゼルダ>、<聖人アドア>、<首狩ローネ>とパーティーを組んでいた」
「??? ……ゴメン。宿のオッサンとゼルダしか分からない」
「あはははは。<閃光のガルディアス>が、今や宿のオッサンかぁ……。月日が経つのは早いねー。それはそうと、キミはランク10の試験を受けたいそうだけど……本当かい?」
その瞬間、結構なプレッシャーが室内に満ちる。ロディアスは受付嬢に心の中で謝罪しながらも、目の前の一種異様な美しさの女性を見定める事にした。
他に幾つものパーティーがあったにせよ、ロディアスのパーティーが中心になってドラゴンを倒したのは紛れもない事実である。ドラゴンとは最低でもグレータークラス中位の強さを持つ。
並の者なら戦う事も出来ずに殺されてしまう程の強者だ。それと戦ってきた自負があったのだろう。
世の中には常識をブチ破る怪物が居ると知っていた筈なのに、ロディアスは不用意な事をした。




