0352・トルカント侯爵家と陰陽変化
「それよりも、ファイレーセの名前が変だったね? <ファイレーセ・ディ・オリウムス・トルカント>じゃなくて<ファイレーセ・トルカント>だったけど……もしかしてトルカント侯爵家って無くなってる?」
「「「………」」」
「ハッキリとは分かりませんが、おそらくトルカント侯爵家はもう無いのだと思います。ディ・オリウムスのうち、ディとは侯爵家に与えられる称号で、オリウムスとはトルカント侯爵家を創始した創始者のお名前です」
「その二つの御名が消えているという事は、トルカント侯爵家が消えてしまったという事でしょう。おそらく御嬢様を拉致させたのは政敵である貴族。私達はそういった事に詳しくはないので、どこの家かまでは……」
「私も分かりません……トルカント侯爵家は侯爵です。追い落としたい家は沢山あったと思いますので、だからこそどの家か分かりません。貴族の政争は熾烈で苛烈ですので……」
『まあ、もう気にしなくてもいいのではないか? 主の本体を見て、この本体空間を見れば分かるだろう。ここに居る間に主が宇宙を移動し、何処かの星に辿り着くまで暮らしていれば脱出できる。まあ、最終手段だがな』
「………そういえば、そうですね。ミクさんは巨大な肉塊であり、その肉塊に常識など通用しないようです。だから肉体を自由に変えられるし、昨日のレイラお姉様も……! そうです! 【陰陽変化】!!!」
「そういえば、そんなスキルがあったけれど……アレっていったい何なのかしら? ファイレーセには知識がある? という事は<知の神>が与えてくれたという事になるのだけれど……」
「あー………、えー…………。簡単に言うと”生やす”スキルです」
「ああ、成る程ね。ファイレーセが男の記憶も持っているから、そういうスキルを持たせたと。ヤマト皇国で読んだラノベの中にそういうのがあったね。男のモノも女のモノも持っているのを<陰陽>って表現してたけど、そういう事でしょ?」
「ま、まあ……そうみたいです。ただし擬似的なモノらしく、私の体が女である事は変わらないそうで。誰かを妊娠させる事は不可能のようですね。まあ、それが出来たら完全な両性ですから、人間種じゃなくなってしまいますが……」
「まあ、色々な事が一度に来たけど、そろそろ元の場所に戻ろうか? こっちと時間の流れは同じじゃないけど、あんまり本体空間に居ても意味無いからね。ただしファイレーセ達は明日から夜に特訓だよ」
「「「えっ!?」」」
『当たり前だろう。スキルを持つのと、使い熟すのは全くの別だぞ。今は売春惑星に居るが、ある意味で邪魔が入らない環境なので都合がいい。今の内にみっちりと鍛えてやる。今度は襲われても返り討ちに出来るくらいにな』
「そうね。それぐらいになってから脱出しても遅くないわ。どのみち貴女達は千年も生きるんだし、私達には寿命なんて存在しない。それどころか殺されたって主が再生してくれるからね、実質は不滅なんだけど」
「「「ふ、不滅……」」」
『とりあえず戻ろう。時間の流れは違うが、かといってダラダラしていて良い訳でもない』
そのヴァルの一言を最後に、まずはミクが元の場所へ。そこから肉を通してファイレーセ達を出す。ヴァルとレイラは関係なくミクの下へと出現し、ファイレーセ達の部屋に戻ってきた。
時計を見ると1分ほどしか経っていなかったので、やはり本体空間とは時間の流れがちがうようだ。とはいえ”そういう風に”ミクの本体がしただけで、多少の変化はつけられる。あくまでも遅らせたり早めたりでしかないが。
それでも、やっている事は半分神の領域に踏み込んでいるのだが、この程度なら<時の神>が怒らない事をミクも分かってやっている。流石に神を敵に回すという怖ろしい事はミクでさえやらない。それは蛮勇を超えて、唯の阿呆だ。
戻ったミクは朝食もファイレーセに奢ってもらい、そのまま23号宿舎に戻った。どうも新人がベテランというか、金を持っている奴に気に入られて通うという事はあるらしく、ミク達が通っても不審がられる事は無かった。
ミク達が23号宿舎に戻ると、職員がやってきて農作業を始める事になる。ちなみにファイレーセのような一部の者は農業を免除されているそうだ。当然だが、売春の方がクーロンもガドムラン星国も儲かるからである。
ミク達は昨日耕した場所に肥料を撒いて混ぜ込んだりなど、職員の指示の下で作業をしていく。ミク達だけが服を着ているからか嫉妬が飛んでくるが、三人は一切気にしていない。気にする必要もないからだ。ヴァルだけは服の上から毛皮を着ているが。
農作業が半日かからず終わり、昨日と同じ湖へと歩いて行くと、何故かついてくる者が多数出た。なので、こちらの湖は魔物が出る事を教えてやったのだが、ミク達が行くので話を聞かない。
何か変だと思って【心情看破】を使うと、どうやらミク達の着ている服を奪おうと思っているらしかった。面倒な奴等だなと思い、湖まで行くもミク達は入らなかった。ついてきた奴等に先に入るように言うと、何故か誰も入ろうとしない。
「湖に水浴びに来たんじゃないの? 早く綺麗にした方がいいよ。私達が魔物が来ないか見張っててあげるからさ。さ、早く水浴びしなよ」
「いや、私達は後でもいいですから……」
「え? ヤダよ。私達の着ている服を奪おうとする奴等の前で、服を脱いで水浴びする訳ないじゃん。もしかして私達が気付いてないとでも思った? ………ねえ?」
ミクが少し本質を出すと、即座にへたりこみ失禁する連中。所詮その程度にも関わらず、よくもまあ盗もうなどと思ったものである。少し緩めてやると途端に全力で走って逃げていった。下らない連中だ。
一応失禁した所を【超位清潔】で綺麗にしておく。人間種の尿の臭いで魔物が寄って来ないとも限らない。面倒事の元はなるべく排除しておくに限る。
可能性として無い訳ではないので、服を脱いでヴァルに任せ、ミクとレイラで湖に入る。せっかくファイレーセ達がくれたのだし、無くしたり奪われるような真似はしたくない。なのでヴァルを服の護衛として残す形にした。
ミクとレイラは湖に入り体を洗っていく。といってもミクがレイラを洗っているだけだ。そのミクの手を嬉しそうに受け入れて喜ぶレイラ。母親に洗ってもらっている気分なのだろう。心の底から嬉しそうである。
洗い終わったら上がり、水分を除去して服を着る。今度はヴァルが服を脱いで湖に入りミクの下へ。ヴァルもミクに洗われているが、こちらも嬉しそうである。なんだかんだといって、ミクが好きな二人であった。
最後に自分の体を洗ったミクは湖を上がると【超位清潔】で綺麗にしてから服を着る。服も同じく【超位清潔】で綺麗にした。なので綺麗なまま23号宿舎に帰っていく。
食堂に行き、美味しくもない栄養補助食品を食べたら、宿舎に戻って休む。宛がわれた部屋にはベッド以外は何も無い。ドアを閉めて鍵を掛けるとベッドに寝転び、ミク達は分体を停止した。
本来ならば午後からも農作業がある筈なのだが、ミク達が午前中で終わらせている為、午後からは丸々暇になってしまっている。とはいえ、早く終わるに越した事はないので誰も文句は言わない。
一部の連中はそれを理解せずにミク達から盗もうとしたが、他の場所の奴隷がどれほど苦労しているのかを知れば、絶対に彼女達を怒らせるような事はしないだろう。ある意味で、本当の愚か者である。
その愚か者達は鍵が開けられないので立ち去ったようだ。




