0031・<大地の裂け目>と<天を貫く山>
ミクはヴァルと共に<大森林>を越え、<大地の裂け目>へと入った。裂け目というが実際には渓谷で、左右には高い断崖が見えているここを<大地の裂け目>と呼んでいる。何故そう呼ぶのか? それはこの渓谷に魔物が集まるからだ。
その理由は、この渓谷に沿って魔力が流れているからである。この星を巡っている魔力は、時としてこういう自然物に沿って流れていく。大きな渓谷であるからこそ、その真ん中に豊富な魔力が流れるのだ。そして、それは魔物に活力を与える。
その事実を分かりやすく言うならば、強くなる為に魔物が集まるという事だ。そして、ここで強くなったものが<天を貫く山>へ行き、弱肉強食の生存競争に打ち勝つ。そうやって生き残ったものが<天を貫く山>の上位支配者となる。
カレンが言っていたヒッポグリフもそうだし、ネメアルと呼んでいた獅子もそういう存在だ。そんな魔力が豊富な場所をミク達は走りぬけていく。広い渓谷には自身の肉体に魔力を溜め込もうしているものが居るが、怪物に手を出せば喰われるだけだ。
ここもハイクラスの魔物が生まれやすい場所だが、こういう場所は星のあちこちに存在し、亜種を生み出す原因の一つとなっている。そんな中を喰い荒らしながら進んで行くと、なだらかに登っていく先に<天を貫く山>があった。
渓谷ではあるものの、周囲はそれなりに木々に覆われており視界は良くない。しかしある程度登ると木々が無くなり、視界が一気に広がったのだ。ミクとヴァルは気合いを入れて進んで行く。
この渓谷ではハイクラスのゴブリンにウルフ、オークと兎系の魔物が居たが全て一体は喰った。兎に関しては、爪が短い代わりに額に角の生えている不思議な兎だった。角が長いって邪魔じゃない? とミクが疑問に思ったくらいである。
そんな魔物達を食べつつアイテムバッグに入れ、<天を貫く山>へと進んで行く。ミク達の前に聳える<天を貫く山>は、驚く程に高く裾野の広い山である。それ以上、何も説明する事が無いほどに高い山だ。
そんな高い山へと速い速度で接近していくミク達。まだ夜にも関わらず疾走していく黒い狐。山に入ったので木々の背が高く、またも周囲が見え難くなったが、【気配察知】で把握しながら進む。
時折、音も無くフクロウの魔物が襲ってくるが、気にせず喰らっていく。しかしながら木々の密度が濃くなってくると、流石に速度を出せなくなったので、ヴァルから降りて自分の足で進む。ヴァルも小さくなり、走りやすい姿に変わった。
そのまま進んで行くと、一際濃く大きい気配を発見する。それの下に近寄っていくミクとヴァル。すると向こうもミク達を発見したのか、気配が動きだした。お互いに少しずつ近付き、視認出来るようになると相手の大きさが分かる。
そこに居たのは体長が5メートルを超える、凄まじい大きさの獅子であった。猫科最大とも言われるアムールトラでさえ、3メートル70センチほどが最大だ。仮に4メートルとしても、それより1メートル以上大きい。驚くべきサイズである。
山に住んでいるものの、名前といい<ネメアーの獅子>に近い存在なのだろう。実際、住んでいる洞窟と思わしき場所は入り口が二つあり、相応のサイズである。地球の神話はさておき、ミクはその巨大な獅子に対して武器を構えた。
ネメアルは一足飛びで襲ってきたが、ミクは冷静に回避しメイスで体を打つ。しかしながら強靭な毛と皮に弾き返された。ネメアルは少し離れてこちらを睨んで唸る。ヴァルは邪魔にならないように既に大元へと戻っている。
再びネメアルは襲ってきたが、再びミクは回避し、今度は左手の鉈を叩き込む。しかしながら鉈まで弾き返されてしまった。埒が明かないと考えたミクは武器を仕舞い、両手を使えるようにする。ネメアルはジッとミクを観察。
そして四肢を畳むと体が赤紫色に輝き、凄まじい速さで肩口に咬みつきに来た。ミクは咬まれる事を気にせず前に出ると、ネメアルの体を受け止めると共に触手で首を絞めた。咬み付こうとしたネメアルはすぐに止め、必死に逃げようとする。
しかし触手は人外パワーで絞められており、ネメアルではとても外せない。そして締め付けながら宙吊りにしたミクは、更に2本の触手を生やし首を圧し折る。ネメアルは口から血を吐き苦しむと、そのまま息絶えた。
ミクは勝利したものの、予想以上の強さに驚いている。最後の【身体強化】はともかくとして、素の筋力は異常な程だった。それもその筈で、ネメアルの【スキル】はともかく、肉体の能力だけを見ると完全にアーククラスである。
それだけの相手なのだから強いに決まっているのだ。むしろ弱い方が驚く。ミクはネメアルの牙や爪を強引に抜き取り、肉を通して本体に送る。本体はそれを加工し、一つのナイフにして送ってきた。
ネメアルの爪と牙で出来た分厚いナイフ。それを使ってネメアルの皮を剥ぎ取っていくミク。途中から男性姿で出てきたヴァルも手伝い、綺麗に皮を剥いだ頃には夜が明けていた。中の肉や骨に内臓を二人で分け合い食べていく。
皮を本体に送ると、本体はそれを綺麗に加工し、纏えるようにして送り返してきた。ヴァルの分は既に向こうにあるらしい。一度消えて出てきたヴァルは、ネメアルの皮を羽織るイケメンになっていた。
ワイルドよりも蛮族に寄っているが……果たしてこれはいいのだろうか? どこかの吸血鬼主従が、文句を言ってきそうな気がするのだが。
『しかし、先ほどのネメアルというのは驚いた。あそこまでの身体能力を持つとは……。主の方が強いが、それでも侮る訳にはいかないな。ん? 主はジャケットを戻したのか?』
『鹿革のジャケットだし、こっちの方が遥かに優秀な防具だからね。ただの皮なのに、私が作った鉈が効かないっておかしいよ。幾らなんでも強靭すぎる。あそこまで強い奴の皮なら、下手に加工しない方が絶対に良い』
『まあ、俺としても皮を纏う方が良いと思う。そちらの方が主の体を隠せるみたいだからな。ジャケットは前が開いているし、主はそれでワザと誘惑してたからな。そういうのは止めておいた方がいい、やるならちゃんとした服でやるべきだ』
別にヴァルは止めようとしている訳ではないらしい。適当にやるな、ちゃんとしっかり誘惑しろと言いたいようだ。まあ、怪物の一部から生まれているので、こういう考え方になるのは仕方がないのだろう。
『まあ、そういうのは本当に必要になってからでいいよ。先は長いし面倒臭い。何か人間種の心の機微がどうとか言われても、私には分かんないしさ。言われても困るんだよね』
『そうは言っても、少しず……主、お客さんだぞ!』
二人の視線の先には、朝焼けの中、逆行を背に空中から飛来してくるものが居る。そいつは鷲の上半身に馬の下半身を持つ魔物だった。そう、ヒッポグリフである。番なのか二頭同時に襲い掛かってきた。
ミクに襲い掛かろうとしてきたが、両手の掌を一頭のヒッポグリフに向け、骨を複数発射する。先ほどのネメアルの事もあり、ミクは侮る事はしない。が、哀れ、ヒッポグリフは穴だらけになり墜落した。
そこをウォーハンマーを持っていたヴァルに襲われ、頭を潰されてしまう。その落差に思わず溜息を吐くミクだったが、体はしっかり動かしており、ネメアルのナイフを喉に投げつけた。
狙いは外れず突き刺さり、雄のヒッポグリフはもがき苦しむ。ミクはヴァルに指示し、ナイフを抜かせると放っておく。それはアイテムバッグに入れて売る為だ。なので雌のヒッポグリフを食べていく。
ヴァルが指を突き込んで血を吸い取ると死亡したらしく、そのまま血を吸いきったらミクが出したアイテムバッグに入れる。すると直後、上空から2頭飛来した。
それは俗にワイバーンと呼ばれる下竜種であるが、面倒になったミクによって骨を乱射され、頭を穴だらけにされて死亡。生きていたら扱いが雑すぎると怒るだろうが、おそってきた理由がヒッポグリフの横取りでは……。
ワイバーンも一頭喰らい、もう一頭は血抜きをして収納。<天を貫く山>でも上位存在と思われる者達を倒したので、ミクは帰る事にし、ヴァルにヒッポグリフの姿になるように言う。
急に帰ると言い出したが、雑魚の相手が面倒くさくなっただけである。相変わらず行動が子供染みているが、自覚は無さそうだ。




