0288・アークスケルトン・ベルセルク
30層のボス部屋前での休憩も終わり、ボス部屋へと入っていく一行。中から現れたのはグレーターブラッドスネーク五匹だった。コイツは通常の蛇と同じ様なサイズでしかないだが、非常に殺意の高い蛇であり、凶悪な毒を持つのだ。
その毒とは血液の凝固作用を強力に阻害する毒で、コイツはその毒を獲物に注入し血を吸う蛇なのである。牙で噛み付かれると出血し、その血が止まる事なく流れ続けてしまう。正直に言って、天然で生息する地域では猛烈に怖れられている蛇なのだ。
「それは当然だろうね。なんだい血液の凝固作用を阻害する毒って、怖ろしすぎるだろう。一撃でも受けたらアウトって事じゃないか。尋常じゃないね」
そう言いつつ、敵に近付かない位置取りで薙刀を前に出すユミ。敵も薙刀のような長物を出されると、迂闊に飛び掛れない。そんな状態の中、ミクが密かに移動する。もちろんビデオカメラで撮影しているのだが、一匹ハグレを作り出したのだ。
そいつはビデオカメラの視界から外れると、ミクに対してスルスルと近付いてくる。ユミが何か言おうとしたが、ネルがそれを止めた。近付いてきて一足飛びの距離からグレーターブラッドスネークは動かない。
すると体を縮めて一気に太腿目掛けて飛んできた。ミクは履いていたズボンを素早く肉に仕舞い、太腿で直接グレーターブラッドスネークを受ける。すると、生きたままミクの太腿に埋まっていき、やがて居なくなってしまった。
ミクは【魔縄鞭】の魔法を使ってビデオカメラを持つと、再び出したズボンを履いていく。全てビデオカメラの外で行われているので映らない。いったい何をしているんだと思うも、グレーターブラッドスネークの毒が欲しかったという【念話】が全員に送られてきた。
呆れたものの、その後は淡々と処理して31層へ。グレーターブラッドスネークは毒と不意打ちが怖ろしいのであって、最初から居ると分かっていれば、そこまで怖ろしい魔物ではない。咬まれたら終わりだが。
31層は海となっており、岩場を抜けて進まなければいけない場所だった。殆どが海の地形だと言えばいいだろうか? 水深は50~60センチほど。そこまで深くはないので安心かと思ったら大間違い。
ファングフィッシュや、グラトニータートルに襲われるという怖ろしい層であった。ミクが【魔縄鞭】で持ち上げたグラトニータートルの大きさは足から頭まで1メートルほど、高さは60センチほどだった。
大きいのは大きいが、カミツキガメも真っ青の咬筋力と獰猛さ。更には驚くほど伸縮する頭部を持つ、怖ろしい亀だったのだ。試しにネルに渡した<槍鹿王の騎兵槍>を使わせると、何の抵抗も無く貫く。その後に抜くと大きな穴が空き、内臓類がズタズタになっていた。
「これは持ち帰る獲物を倒す時には使えない。細かな突起が外に向いていて、それが獲物をグチャグチャにしてしまう。倒さなければいけない敵の時にしか使えないという、ある意味で非常に難儀な武器」
「威力としては抜群だが、流石にそれではな。中身や肉がズタズタになるのでは、獲物の価値は殆ど無くなる。上手く使えばいいのかもしれんが、態々そんな使い方をする必要はないな」
「それよりも放り投げたら一斉に群がってるんだけど。グラトニータートルって同じグラトニータートルを喰うんだね。共食いすら有りなのか、それとも死骸なら何でも喰うのか……ダンジョンだからちょっと分からないか」
実験をしているのだろうか? そんな事をしているミクを横目に、滑りやすい岩場を越えて移動する。地形と魔物が厄介な場所ではあるが、ミク達にとってはそこまでではない。ユミが居ても問題なく進み、39層のボス部屋前。
ここまできたらアーククラスのボスである事は間違い無い。問題はどんなボスかというだけである。とはいえ、迂闊に決め打ちすると失敗した時の反動が大きすぎるので、結局は何が出て来てもいいように対応するしかない。
それらを確認しつつ中に入ると、中から現れたのはボロボロの服を着た骨だった。右手には骨で出来た剣鉈を持ち、左手には骨で出来た盾を持っている。そいつは突然襲い掛かってきた。
「気を付けろ! 今回はスケルトンでも特に厄介なベルセルクタイプだ! あれは皆殺しにするまでひたすら動き続けるぞ。息つく暇もなく、間断なく襲ってくる。出来る限り早く倒せ! それしかない!!」
ヴァルが<八握の剣>で素早く断ち切るが、それを物ともせずに攻撃してくる。切り裂いた所が簡単に修復され、あっという間に元に戻る。綺麗に切り裂いた場合、むしろダメージが少ないという厄介なボスであった。
相手の攻撃をネメアルの毛皮で防いだヴァルは、武器をウォーハンマーに切り替えて戦う。横からローネが切りつけるも、簡単に修復されてしまい意味が無い。遅れてネルが<槍鹿王の騎兵槍>で攻撃すると、盾で逸らすスケルトン。
「どうやら<槍鹿王の騎兵槍>はあからさまに嫌がっているようだな。あれでズタズタにされると、修復し辛いのだろう。そういう武器で攻撃するべきだが、そんな武器は無いぞ」
困っているローネに対し、ミクが<剣王竜のメイス>を投げる。キャッチしたローネはアークスケルトンをブン殴ろうとするも、綺麗に盾で流されてしまった。そこにすかさず攻撃するアークスケルトン。
しかしウォーハンマーで受けて軌道を逸らすヴァル。ローネでさえ綺麗に流すのだから、このアークスケルトンの技量は異常に高い。ローネは「すまん、助かった!」と声を掛けたが、あの盾の所為で迂闊に踏み込めなくなってしまう。
そこへ素早くネルが突き込むも、素早くバックステップで距離を置くアークスケルトン。本当に高い技量を持つスケルトンである。膠着状態に陥ってしまい、双方共に一進一退を繰り返す中、ついにミクが出陣する。
本当ならヴァル一人で勝てるのだが【念話】で、「たまには主も活躍したらどうだ?」と言われたのだ。仕方なくヴァルにビデオカメラを渡し、ネルから<剣王竜の千鳥十文字>を借りたミクは、相手をしていたローネの前に出る。
アークスケルトンも少し様子見をするが、その後、一気に襲いかかろうとしてバラバラにされてしまう。
「【閃】」
視認できない神速の突きが、音を置き去りにして八度突き込まれる。それだけでアークスケルトンはバラバラになり、元には戻らなかった。赤と青の魔法陣、そして骨で出来た盾が出てきたところで残心を解除する。
ちなみにだが、【閃】というスキルは熟練すれば音を超える突き技である。しかし武器に魔力を纏わせて大気を滑りながら突く為、衝撃波などは発生しない。
<剣王竜の千鳥十文字>をネルに返し、ビデオカメラをヴァルから受け取り盾を回収していく。ユミはミクの神速の突きに呆然としていた。初めて見れば当然だが、ローネやネルにとっては当たり前の事でしかない。何より、あの領域へは神子でも到達不可能なのだ。
「あんな速度の突きをされた日には、何も理解出来ないままに殺されるねえ……。いや、ここまでの領域があるなら、そりゃ銃をチャチな武器という筈さ。銃弾よりも速いだろう先ほどの突きは」
「あれが可能なのはミクだけだぞ。あれは突き系スキルの奥義と言ってもいいもの。名称は【閃】といい、光の如き速さの突き技だ。私の昔の仲間には使える奴が居てな、そいつは<閃光のガルディアス>と呼ばれていた」
「<閃光>ねえ……。そんな二つ名が付くほどの奥義って訳かい」
「ミクの【閃】は違う。普通の者の【閃】は放つと思ってから放たれる。ミクの【閃】は放つと思った時には終わっている。つまり、放ったと思った時には既に貫かれた後でしかない。それほどまでに速さに違いがある」
「ああ。スキルが使える事と、使い熟せる事は違うのだ。使い熟した先の極みに、ミクの【閃】がある」
「………」
肉塊の真似など誰も出来ないのだから、考えても意味は無いのだが、上を見せられると考えてしまうのだろう。




