0028・<踊り子の家>の地下にて
<黄昏>とも言われる高位吸血鬼であり、ランク15の冒険者。それがバルクスの町のギルドマスターであるカレンだ。確かにカレンを無理矢理従わせる事が出来れば、裏組織にとっては大きいだろう。
だが、そこまでしてカレンを得ようという理由が分からない。本人は田舎に落ち着いていて、何か大きい事に関わっている訳でも無ければ、巨大な資産を持つ訳でもない。有用なマジックアイテムを持つ訳でもないのだ。
何故そこまでして追いかけるのか、カレン自身も鬱陶しいと言っていたが、そこまでする理由が分からない。なので、ミクは聞いてみる事にした。
「何故お前達はそこまでカレンを追いかける? 前に異常に細かい意味不明な報告書を見たけど、アレの意味も分からない。そもそも、お前は<踊り子の家>の幹部?」
「俺は<踊り子の家>の支配人であるオーセス。そして<淫蕩の宴>の幹部、<堕落のオーセス>と呼ばれている。<黄昏>に関してはフェルーシャ様が夢中であり、だからこそ捕縛命令が出ている。俺達にとったら大きすぎる程の手柄だ」
「何でフェルーシャはカレンに夢中なの? サキュバスって、普通は男を堕落させるんでしょ?」
「サキュバスに男とか女とかは関係無い。そしてフェルーシャ様の魅了とテクニックが効かず、反撃でヤられてしまったという過去があると聞いた。サキュバスにとっては屈辱と言っていい」
「だったら殺そうとしない? 何で捕縛なのさ?」
「フェルーシャ様は気に入った相手を絶対に殺さない。自分に対して屈服するまで、執拗に追いかけ続ける。だからこそ、<黄昏>に対しても捕縛命令しか出ていない。それと……」
「それと……何?」
「噂だが、フェルーシャ様は<黄昏>を愛しているという話もある。捕縛命令も無理矢理なものは認められていないし、<黄昏>の日々の暮らしを報告書で送るだけで評価される程だ」
「ああ、それであんなに細かい報告書だったんだ。愛とか欠片も理解出来ないけど、そろそろ聞く事も無くなったし食べよう」
肉塊にとっては恋愛より食欲である。実に肉塊らしい答えだが、<黄昏>とメイド二人が困った顔をしそうだ。それはさておき、男を喰い終わったミクは鉄格子を捻り切っていく。
それを肉の中に納めつつ、ヴァルを呼び出す。出てきたヴァルは、己の主が鉄格子を捻り切っている姿に対し、心の中で深い深い溜息を吐くのだった。
『主、襲われて誘拐されるのは問題無い。そして看守の奴を尋問するのも正しい。が、何故そこから鉄格子を捻り切る事になったのだ? 流石の俺も意味が分からん』
「勿体ないから取ってるだけだよ。ついでにヴァルの人間形態の時の武器も作れるし。というかヴァル、指定したらその姿で出て来れる?」
『それは……ああ、問題無く出来るようだぞ。それで、どの姿が良いのだ?』
「男の姿で出て来てくれる? 最初から装備を着けて」
『成る程な、それが目的か………本体の中にある物ならば、最初から着けたままも可能だ。よし、一旦戻る』
その後、再び出現した時には、ワイルド風イケメン姿で登場したヴァル。手にはガントレットを嵌めていて、いつでも戦闘が可能な状態だ。そのタイミングで丁度、鉄格子の解体も完了する。
鉄を全て肉から本体へ送ったミクは、地下の牢屋を出ると、看守部屋で自分の持ち物を発見したのだった。剣帯と武器にリュックと中の物も全てあったので、背負って脱出を図る。
ヴァルが先頭を歩き、自分が後ろに続く形で階段を登っていく。一番上は蓋で塞がれていたが、押し上げると狭い執務室のような部屋に出た。どうやらオーセスとかいう奴の部屋らしい。
ミクとヴァルは互いに顔を見合わせ頷きあい、この部屋にある資料を含め、証拠物を全て持っていく事にした。これを子爵に届ければ、後は勝手に解決してくれるだろう。これ以上をしろとは言わない筈だ。
そう思い、大半の物をリュックに突っ込んでいく。入らない物は手で持ち、執務室のような部屋の窓から外に飛び降りた。着地時に多少音がしたものの、人外の脚力で一気に走って壁を跳び越える。
<踊り子の家>の敷地から出たミクとヴァルは、一気に走って子爵家の門まで行き、それも跳び越えた。説明している時間が惜しいのと、門番が信用出来ないからだ。玄関の扉を叩いて誰かが出てくるのを待つ二人。
何度も叩いていると、後ろから門番がやってくるのと同時に、玄関が開いて執事長のバリオットが出てきた。ミクはバリオットに事情を説明し、<踊り子の家>が<淫蕩の宴>と繋がっているので、今の内に制圧した方が良いと伝える。
すると、すぐに子爵を起こしに行ったバリオット。後ろの門番も事態が飲み込めたのか、ミクとヴァルに対して何もしない。そうして待っていると、ラフな格好のイスティアが出てきたが、ヴァルを見て硬直し赤面している。
そんなイスティアの後ろから子爵であるハーランドが現れ、二人に説明を求めてきた。もう一度簡単に説明したミクは、証拠物を渡したい旨も伝える。ハッキリ言うと邪魔なのだ。
子爵は門番に「ついてこい」と言い、コートのようなものを羽織ったまま出て行った。イスティアはミク達を子爵の執務室に案内し、そこに証拠物を置くように言う。ようやく面倒な物を下ろせると、二人は遠慮無く置いて行く。
「それにしても、相手の執務室にあった物の大半を持ってきたとはな。どれだけの物が証拠として使えるのか分からんが、これだけあれば有用な物も見つかるだろう」
「それなら、これで終わりだね。領都に巣食ってた<人喰い鳥>と<踊り子の家>が潰れるんだし、私の領都での仕事も終わりでしょ?」
その時、子爵の妻であるウェルネアが入ってきた。夜に大きな音などがするので起きてしまったらしい。そのウェルネアはヴァルを見て硬直しており、イスティアがうんうんと頷いている。
『これで子爵の依頼というか頼みも終わりだし、バルクスの町にようやく帰れるな。主はまだ<魔境>にも行っていない。それに、カレンに伝えておく事もある』
「「!!!」」
何故か関係が無いウェルネアまで顔を赤くしているが、彼女にとっては深く突き刺さる<声>だったのだろう。イスティアの方は……どうやら色々と思い出しているようだ。
「バルクスの町には帰るんだけど、今日はどうしようかな? このまま夜通し走って帰ろうか。適当にカレンの屋敷の裏で寝てれば、誰かに襲われたりもしないだろうし」
「そんな事が出来る訳なかろう。明日帰るにしても、せめて今日は泊まっていくといい。ヴァルは元に戻って<声>を出さずに頼む。色々思い出してしまって、ツラい」
「………いったいどういう事かしら、イスティア?」
その瞬間、ヴァルはいつもの黒狐の姿に戻ってしまい、ウェルネアは硬直してしまう。流石に黒狐の別の姿が、ワイルド系のイケメンだとは想像出来なかったようだ。
これ幸いにと追及から逃げ、部屋へと案内するイスティアだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
明けて翌日。朝食を御馳走になったミクは、その足で子爵邸を出て、町の入り口まで歩く。ヴァルの事に関する追及は有耶無耶のままに終わらせた。
ウェルネアも聞いて良いものか分からなかったのもあり、夢だったとでも思い込んだのかもしれない。面倒な事など御免被る二人は、クベリオの町からもさっさと出てしまい、今は大きくなったヴァルに乗って移動中だ。
昼前にはバルクスの町に着くだろう。何事も無ければ。




