0027・ミクの作戦
作戦を決行するにあたり色々準備をしなければいけない為、早々に領都に帰る事にしたミク。狩った獲物は持って帰り、冒険者ギルドに売りに行く。ネイルラビット二匹とゴブリン四体だけなので大した金額にはならなかった。
冒険者ギルドを出て荷車を返すと、ミクは服屋に行く事にする。中に入って適当な厚めのシャツとズボンを買い、予備の革製サンダルを買って店を後にした。店員には物凄く複雑な顔で見られたが。
その後ミクは町の人に聞き込み、安値の宿に向かう。そこはスラムに近く、襲って下さいと言わんばかりの宿だった。中に入るとしっかりした建物だと分かるが、どう考えても犯罪ありきの頑丈さだと思える。
そんな宿は一拍大銅貨1枚である。あまりにも安すぎて危険な予感しかしないが、そんな宿の部屋を一晩借りる事にしたミク。店主はミクを嘲るような顔で見ていたが、おそらく何も知らない馬鹿が泊まりに来たと思ったのだろう。
いや、ミクの美貌を見てもこれなら、この宿は最初からグルなのかもしれない。そんな事を考えながら扉を開けて部屋の中を確認すると、何も無かった。床にゴロ寝で休めという事らしい。ある意味でミクには都合が良い宿といえる。
所詮は分体たる端末でしかない為、停止させる言い訳が出来るなら、ミクにとってはどこでも構わないのだ。それこそ、外で寝泊りしても問題無いほどである。むしろ安い部屋は肉塊にとって助かるだけだ。
そんなミクは一度ヴァルを男形態に変化させ、服を着させてサンダルを履かせる。特に問題無く身に着けたヴァルは、ミクが体から出したガントレトも着けてみた。こちらも何の問題も無い為、これで戦いになっても大丈夫だろう。
ヴァルは適当にシャドーをしているが、特に体が動かし難いという事も無い。使い魔なのにコレなのだから、ゼルダがパニックを起こしたようになるのも当然であろう。規格外と言ってもいい。
全ての準備が終わったヴァルは再び狐形態になり、ミクと共に酒場へと夕食を食べに行くのだった。
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現在ミクは夕食中で、ヴァルは何も食べていない。使い魔は魔力体である。その為、必要なのは魔力だけで食事は必要が無い。実際、ゼルダの使い魔アルガも何も食べていなかった。ただ、ヴァルは食べる事が出来る。
これは試しに干し肉を食べさせた時に発覚したのだが、ヴァルが食べても本体の肉が増えたのだ。つまり、ヴァルはミクの分体の一つになっているとも言える。明らかに自分とは違う自立した存在なのに、自分と同じ存在である。
これは結構重大な事なのだが、主従揃って気にしていない。なぜなら神も似たような事が出来るからだ。それこそが重大事なのだが、関心が無い事に対しては肉塊も変わらないらしい。
『それにしても注目されているなー、主は。周りからの視線に相当程度の、悪意と性欲と嫉妬が含まれてるぞ。男の大半は性欲だが、女は嫉妬と性欲だな。どちらにも性欲を持たれるのは流石だ』
『これで襲ってくれるなら良いんだけど、視線を向けてくるだけなのよね。だから鬱陶しいだけでしかない。面倒な……うん? 悪意がある?』
『ああ、あるぞ。おそらくは主を手篭めにしようとか、そういう事を考えてるんじゃないか? この町なら主に手を出してくる可能性は十分にあるな。良かったと言うべきか、御愁傷様と言うべきかは知らんがね』
『そこは良かったでいいでしょうよ。それに、そいつらが<踊り子の家>の連中かもしれない。上手く攫ってほしいところだけど、どうなる事やら。突っ掛かってきた三バカみたいなのは、流石に勘弁してほしいね』
そんな風に暢気に【念話】で会話をしつつ、食事を終えたミクは宿の部屋に戻るのだった。
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宿の部屋にて既に寝たフリをしているミクは、今か今かと誘拐を待っていた。何か色々とズレているような気がするが、この肉塊に常識など通用しないのだから意味など無いのだろう。
既にヴァルも消して大元に戻しているので、部屋の中にはミクしかいない。なかなか来ないのでイライラし始めた頃、宿に向かってくる複数の気配を【気配察知】で捉えた。ミクは他にも様々な【スキル】が使えるが、強力なものは使う気が無い。
それは強力な【スキル】ほど、勘付かれやすくなるからだ。故に、経験豊富な者ほど【スキル】に頼らない戦い方をする。これは斥候系の【スキル】も同じである。一定レベル以上の者には【スキル】の方が見つかってしまう。
そしてそんな事も知らないのか、【気配隠蔽】などを使っている侵入者。ミクからすればバカ丸出しであった。犯人の程度の低さにガッカリしたものの、部屋に侵入してきた者を心の中で歓迎する。
閂は何か細いものを扉の隙間に差し込んで、持ち上げて外していた。閂と言っても回転するタイプで、外れて下に落ちる物ではない。その為、外されても大きな音がしないのだ。ちなみに、材質は青銅で出来ている。
部屋に入ってきた者達は、布に何かの液体を染み込ませ、その布でミクの鼻と口を覆った。ミクは起きて抵抗するフリをして、染みこませた物を舌で舐め取る。本体が即座に解析し、睡眠薬の一種と判明。
ミクは徐々に意識が朦朧とし、眠っていく演技をする。当然、ミクにこんな物が効く筈も無いのだが、怪しまれないように演技をしなければいけない。肉を喰う為なら、喜んで演技もするミクだった。
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時は少し過ぎて、ここは娼館<踊り子の家>の地下。無理矢理に連れて来られた女性が押し込まれる牢屋。その一つにミクは入れられていた。どうやら犯されてはいないらしい。娼婦にする為だろうか?。
ミクはそろそろ起きてもいいかと思い、牢の中で体を起こした。すると、後ろから話しかけられる。
「よう美人さん、起きたか。ここはお前さんのような、娼婦にしたら金が稼げそうな女を閉じ込めておく所だ。ここを出してほしければ金貨で100枚払いな。そしたら解放してやるよ」
「そんなお金ある訳ないじゃない。そもそも私の持ち物が無いんだけど?」
「んな事は知らねえな。こっちは何時まで待っても構わねえんだ。お前さんが幾ら叫んでも、誰も助けには来ねえよ。この場所は特別に監禁しておく場所だからな、外には声なんて届きゃしない。好きなだけ試していいんだぜ?」
「特別も何も、ここは<踊り子の家>の地下でしょ。私が知っていないとでも思ってた? 今日、私の情報を売った奴等がいたでしょう。そいつらには私の情報をワザと売らせたんだよ。ここに侵入する為に」
「………気が変わった。勿体ないが、お前はここで死ね」
看守のような仕事をしていた男は突然ヘラヘラした態度を止め、ミクを殺すべくクロスボウを向ける。鉄格子で挟まれている為、ミクは何も出来ずに撃たれるしかない。……普通なら。
ボルトが発射されるも即座にキャッチしたミクは、それを素早く男の右目に投げつける。ボルトが直撃した男は痛みに絶叫を上げるが、その僅かな間に、ミクは鉄格子を怪物パワーで強引にこじ開けた。
鉄格子が飴細工のように曲がっており、そこから体を出して脱出。外に出たミクは男の頭の上に手を置いて脳を操る。
「ここでは連れて来た女に対し、無理矢理にでも借金を負わせると聞いた。それは間違いないね?」
「間違い無い。ここを出る時に特殊な契約の魔道具を使わせる。それを使うと、自分で言い出した事は守らねばならなくなる。守らないと激痛にのた打ち回る事になるので、女どもは体を売るしかない」
「ふ~ん。<踊り子の家>だけでやってるの? それとも他の娼館もグル?」
「<踊り子の家>だけ、正しくは<淫蕩の宴>だけだ。<淫母フェルーシャ>様から契約の魔道具を与えられたのは俺であり、俺が<黄昏>捕縛の部隊長だ。<淫蕩の宴>の為の娼婦も探しているが、<黄昏>捕縛が最優先となっている」
「は?」
<黄昏>こと、カレンを捕まえる事が最優先と聞き、意味が分からないミクだった。




