0026・子爵からの頼み
「まさか呪具を利用して喋らぬようにされていたとはな。どうりで拷問をしても吐かぬ訳だ。分かれば納得だが、ここでもオルドムが絡んでおるとは厄介な。<商国>め、我が領地は王国の南西に位置するのだぞ。片田舎と言えるここにまで手を出してくるか」
「<魔境>を抱える我が家の領地は、他国に接している領地でもない。にも関わらず<商国>が手を出してきたという事は、ここに何か在ると言っているようなもの。しかし、いったい何が……」
「とりあえず<商国>の事は置いておくとして、ミクよ。そなたには領都の周辺で狩りをしてほしいのだが、構わないか? もし付近に怪しい冒険者や盗賊が居るなら、報せるか捕縛してくれると助かる」
「父上、ミクを都合よく使う気か? カレン様が何を言ってくるか分からぬぞ。私は止めておいた方が良いと思うがな……」
「あくまでも、ついでだ。更に捕縛ならば、こちらから謝礼を出す。通常の狩りに加えて、盗賊や怪しい者が居たらという事でしかない」
「私は別にいいけど? この周辺の魔物も知らないし、狩りをする事自体は何の問題も無いしね。ちょっと楽しみなくらいかな?」
「ミク……私は付き合えんが、何かあったら報せてくれ。すぐに対応をする。怪しげな奴が居たとしても、私の顔を見れば逃げ出す可能性が高い。<人喰い鳥>もそうだったしな」
「ほう。イスティアの事だからついて行くと言い出しかねんから、如何な言い分で止めるか迷っておったが……自ら気付くとは。多少、落ち着く目が出てきたかな? はっはっはっはっはっ」
そう言って笑いながら歩く子爵に対し、「何を馬鹿な事を……」と思いながらジト目を向けるイスティアであった。彼女からすれば、この化け物を放置する事の方が、自分が暴れるより遥かに危険なのだ。
勿論、神々が監視しているし、肉を喰う為ならば我慢はするだろう。だが言い換えれば、それ以外は我慢しない可能性が高いと思っている。ミクにそれを言えば「そんな事は無い」と言うだろうが、周りが信じるかどうかは別なのだ。
そんな言い表せない不安を抱えながら、イスティアは子爵と共に屋敷へと戻って行くのだった。
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子爵からの要請のような頼みを受けたミクは、領都の冒険者ギルド前にある荷車屋へ向かう。大銅貨2枚を支払って中型を借りたミクは、ヴァルと一緒に外へ出て魔物狩りに出発する。
周囲を見ても大して魔物が居そうにないが、怪しい奴や盗賊が狙いなので【気配察知】を使う。するとヴァルが周りを警戒してくれる為、使いながら歩いて行くのだった。ちなみに、ヴァルも普通に【スキル】が使える。……ミクの使えるものは全て。
そんな主従が魔物を探してウロウロし、適度に倒して処理していると、ゴブリンに追いかけられている若者達が見えた。その若者達はミクの近くを通り過ぎ、それを追いかけていたゴブリンはミクにターゲットを変える。
高が四体のゴブリン程度と思ったら、あっと言う間に一体を【土弾】の乱射でヴァルが始末した。「ちょっと早いよ」と言いながらも、ミクはゴブリンの頭をメイスでカチ割り、スティレットで喉を突き刺す。
もう一体のゴブリンもヴァルが倒してしまった為、あっさりと戦闘が終わってしまった。仕方なく血抜き作業をしていると、先ほどの若者達が近づいてくるのが見える。相手をするのが面倒なミクは無視しようとしたが、若者達は何故か難癖を付けてきた。
「おいおい、なに俺達の獲物を横取りしてんだよ!? そりゃ俺達の獲物だから、さっさと寄越しな! さもなきゃ、どうなるか分かってんだろうな!!」
どうなるも何も、高が四体のゴブリン程度に逃走していた実力でしかない。
一人と一匹であっさり勝利したミク達に対し、喧嘩を売ってもボコボコにされるだけなうえ、そんな事は考えなくても分かる話である。この連中の頭の中はどうなっているのだろうか?。
「どうなるも何も、横取り以前に擦り付け行為でしかない。ギルドの規定でも、擦り付け行為は重罪に指定されている。牢屋にブチ込まれるのが嫌なら、その下らない口は閉じた方がいい」
「ぐっ……だけどテメェが奪ったのは事実だろうが! 俺達の方に来てたんだぞ!」
”逃げていた”にも関わらず、”来ていた”事にするつもりらしい。そう強弁すれば通るとでも思っているのだろう。他の奴等も「そーだ!そーだ!」と言っている。頭が悪すぎて、肉塊であるミクでさえも呆れる事しか出来ない。
ミクが呆れているのを、やり篭めていると勘違いしたのか、更に声を荒げるバカども。最早つける薬などない程である。
「テメェが許してほしいっつーなら、その体で許してやっても良いんだぜ? ……あん? どーすんだよ、おい。早く決めろや!!」
何を調子に乗っているんだろうか? ついでにここは林の少々奥まった場所であり、他の冒険者は近くに居ない。だからこそ人数でどうにか出来ると思っているのだろうが、あまりにも甘すぎた。だからこそ、こうなる。
「ガッ!!」
「ちょゲッ!?」
「テメゴッ!?」
ミクは面倒になり、このバカどもの顎に一撃ずつ食らわせ、立ち上がれない様に脳を揺らして倒す。すぐに近付いたミクは右手から二本、左手から一本の触手を伸ばし三人の頭に付けた。
その触手から極細の触手が放たれ、三人の脳に突き刺さる。これで騒ぐ事も無い為、後は喋らせるだけだ。
「お前達は今回が初めて? それとも今までに似た様な事を何回かやっている? 後、お前達が裏組織や<商国>と関わりがあるのかを聞かせて」
「これが何度目かは覚えていません。仮に俺達が難癖に失敗しても、<踊り子の家>の連中に言えば攫ってくれます。その後は娼館で楽しめるのでやってきました」
「ん? 何でお前達と娼館に関わりがあるの? 後、<淫蕩の宴>に関わりある連中でしょ。<踊り子の家>は」
「そうです。<商国>にある<淫蕩の宴>の本部に、良い女は送ると聞きました。だから良い女の情報を教えれば俺達は金が貰えますし、そこまでの女でないのなら、無理矢理にでも借金を作り出して娼婦にするそうです」
「成る程ねー。各国に組織があるって事は、<淫蕩の宴>は色んな所の女性を攫ってるって事かぁ……。よし! コイツら解放して、私を襲わせよう!」
『何か嫌な予感がしたが、本当に言い出すとは……。まあ、主なら襲われても何の問題も無いだろうがな。……仕方ない、俺も体を変えて手を貸すか。適当に複数の男の顔を混ぜれば、気付かれまい』
「となると、服の予備は買って置いた方がいいね。男女どちらでも使えそうな服にしておこう」
『庶民の服は大体そうみたいだぞ? 親の服を短くして、子供に着させるみたいだしな。革製の服も、どちらかというと冒険者が買う感じだ』
「へぇ~。そんな事、気にもしてなかったよ」
『主はもう少し気にした方がいいぞ。唯でさえ野暮ったい服装でも美しさが隠せてないし、カレンが言っていたように薄手の服は危険だ。場合によっては、いきなり押し倒してくるかもしれん』
そんな事を会話しながらも触手に命令を残し、三人の頭の中に設置するミク。触手を千切って準備は完了。頭の中の触手に支配されている三人は、意識が有るのか無いのか分からない顔で領都の方へと戻って行った。
怪物に喧嘩を売るからこうなるのだが、バカは被害を受けるまで理解しない。そして、その一度で人生が終わる事もあるのだ。
既に死んでいるも同然の者達なので、言っても詮無き事ではあるが……。




