0253・ダンジョンからの撤退と、星川家の技
外に出た時には既に夕方だった。中で碌に食べられなかったが、ミクがアイテムバッグから出した料理やお菓子を食べたりしていたので、そこまでお腹は空いていない。とはいえ体の疲れと心の疲れは大きい。特に軍人四人の疲労が激しく、疲弊しきっているようだ。
それでも軍用車両に乗り、後は本部に戻るだけである。映像記録は本部に居る星川家の専属スタッフに渡せば、すぐに編集してアップしてくれるらしい。とはいえ何処から奪われるか分からないので、必ず物理的な物で手渡しするようお願いされている。
データとして送ると何をされるか分からないので、確実に流出しないように万全の体制を整えているらしい。よく考えれば眠らない肉塊にやり方を教えれば勝手にやってくれる気もするが……。ミキもそう思ったのか、ユミにその事を伝えている。
ユミは悩んだものの、スタッフと一緒にするならという事で許可した。後は肉塊が勝手に見て覚えるだろう。おそろしいまでの能力者でもあるので、問題なく覚えていく筈である。
本部に戻った一行は、疲れを押して食堂へと移動して行く。ミクとヴァルは星川家の専属スタッフに映像記録の入ったSDカードを渡し、そのまま編集作業を見続けていくのだった。見られているので若干スタッフは緊張しているようだが、ミクは気にしないように言う。
本部での食事を終えたローネとネルがミクを呼びに来たので部屋に行き、二人を満足させて眠らせたら再び映像の編集作業を見に行く。眠る必要の無い肉塊はこういう時に便利だが、全く眠らずに起き続けているのも怖いようだ。
スタッフに聞きつつミクとヴァルも映像編集作業に参加し、そのまま朝方近くまで作業を行い終了した。今回は2時間ほどの動画にしたが、それでも長い気はしている。とはいえ、視聴者側に立って見たいものを提供する事の難しさは理解していた。
そもそもヤマト皇国の一般人が何を見たがっているかに関しては、ミクにはサッパリなのでどういう物が良いのか分からないのだ。スマコンというのをユミから貰って多少使ったものの、その程度で需要が分かる筈も無く、仕方なく充電しながら調べるのだった。
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翌日。色々調べ物をしてもよく分からなかったが、何となく露出多めの映像と、ヴァルの声が人気があるらしいという事が分かった。魔法の普及にどう役立てればいいのかはよく分からないが、これからも色々探っていくしかないかと諦める。
そろそろ起きるだろうと思い部屋に戻ると、物音で起きたらしく挨拶をする。2人を綺麗にして挨拶を済ませると、食堂に移動してゆっくりと食事を始めた。適当に雑談をしているとエイジとシロウもやってきたが、ミキの機嫌があまり良くない。
何かあったのかと思うも、ユミが上機嫌な姿を見て全員が理解した。シロウとサエがジト目でエイジを見るも、エイジは「どうしろって言うんだ?」という顔で返す。その顔を見たシロウとサエも、ユミを一目見て諦めたらしい。アレに文句を言うのは無理だと。
朝食を頼んで待ちながらの雑談中もミキの機嫌は悪い。とはいえ、それは祖母と彼氏の交わりがあったという訳ではないらしい。
「………はぁ。簡単に言うと駄目出しをされただけです。雰囲気の作り方から、抱きつき方、更には腰の使い方まで。一つ一つ駄目出しされて練習させられました! というより、おば……ユミさんは何故そんなに色々知ってるんですか!?」
「そんなもの星川家に伝わってるからに決まってるだろう。古くは西条家の閨の技さ。権力者に嫁ぎ、そこの当主を骨抜きにして篭絡する。古くから女の戦場は閨だよ。良い悪いという事じゃなく、男には男の、女には女の戦場があっただけさね」
「つまり昨夜のアレは女の戦場の技って事だね。ちょっと変態かと疑うようなのもあったけど、男を篭絡する為の技と言われれば分からなくはないね。ああいうのが好きな男も居るだろうし、旦那様だってしっかり反応してたし」
「思っているよりも反応は良かったですね。実際いつもよりも硬かったですし、興奮していたのが分かりました。私達も飽きられない様に色々と学んだ方が良いですね。マンネリは決して良くないって言われましたし」
朝からする話ではないのだが、軍人四人は来た瞬間からスルーしている。話に加わる理由も無いし、自分達が口出ししても碌な事にならない。そもそも祖母と孫が同じ相手とシている時点で色々アレなのに、星川家の方なんだからスルーするに決まっている。
昨日の映像編集はどうなったか聞かれたので、後はユミが確認したら終了だと言っておいた。星川家の専属スタッフは疲れて爆睡しているが、ミクは寝る必要が無いのでずっと起きていたし、ヴァルと一緒に映像を編集していた。
「何というか、眠る必要が無いっていうのが、これほど反則的だとは思わなかったね。尋常じゃないし、1日18時間程しか使えない人類と、24時間365日使える存在じゃ、差が出て当然なんだねえ……」
周りも「うんうん」と頷いているが、元々からこうなのだから言われても困るというところである。そういう存在が肉塊だという事で納得してもらいたい。それ以外に言い様などないのだ。
朝食後、ユミは映像の確認に行き、エイジ達やシロウ達は戦いの練習に行くらしい。正しくは軍人達の近接戦闘の訓練に参加するという事である。もちろんエイジ達が教導役だ。何度か戦闘すれば軍人達も納得する筈なので問題無し。
ダンジョンの中でも説明したが、これから魔法やスキルが増えていく以上は、近接戦闘能力は必須となる。銃しか撃てません、人を殺せませんでは話にならない。その為にも近接戦闘訓練は追加するしかないのだ。
昨夜、東達が上官に伝えたところ、あっさりと訓練の許可が下りたらしい。「軍人が近接戦闘を怖がってどうする!」というのが理由らしいが、軍人四人は「分かってないな」と思っていたりする。殺し合いを舐めすぎだろう、と。
流石に四人はダンジョンで何度も殺し合いをしてきたから経験があるが、普通は生物を殺す訓練をしたりはしない。特に人型生物の殺傷訓練など無いのだ。ダンジョンがある以上、そのうち増えるだろうけど。
結局、東達の出した結論は、昨日の内に経験できて良かったという事だった。おそらく陸軍だと、おざなりというか適当にされてしまい、ケアもされないままに殺しに慣れさせられる。場合によっては病む可能性すらあり、それに比べれば自分達はマシだと結論付けた。
実際それは間違っていないだろうし、報告した上官は早速根性論を言い出したのだから、四人の予想は当たっていたという事である。根性で生物を殺す事に耐えられたら、誰も苦労はしないという話だ。東達四人が溜息を吐いたのは言うまでも無い。
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ユミが映像の許可を出し、陸軍の強化されたサーバーに動画がアップされた頃、エイジ達とシロウ達は軍人相手に無双していた。軍人達も近接戦闘訓練がここまで大変だとは思っておらず、戦闘用ナイフが如何に役に立たないかを理解した。
実際ここには東達が居るが、エイジ達がフォレストベアを近接戦闘で倒していた事、何なら一人でも問題ない事を説明している。軍人は戦闘用ナイフなどで挑んでいるが、誰一人エイジの盾を突破できていない。全て流し、弾かれ、いなされている。
そして横から木刀や木槍を持ったミキとシェルに攻撃されるのだ。先ほどからこのパターンで常にやられているのだが、必ずと言っていいほどエイジ達は態勢を崩さない。相手が動けば、それに対応するように動く為だ。
軍人達にとっては動く事の無い大きな山を相手にしている気分になるらしく、エイジ達を高校生と侮るような者は誰もいなくなっていた。




