0248・星川弓
「御祖母様、大丈夫ですか? 前に御会いした時より、随分弱っていらっしゃるようですが……。私が背負ってお連れしましょうか?」
「馬鹿を言うんじゃないよ! 私はまだまだ現役さ! ちょっと足が遅くなったからって年寄り扱いすんじゃない、まったく……。まだ80になったトコでしかないんだ。後100年は生きるよ私は!」
「いや、流石に100年は無理でしょう。……冗談はともかくとして、ミクさんは演習場で魔法を教えてたらしいですけど、今は食堂で夕食を食べているみたいです。さっさと行って交渉を始めないと……」
ミキと祖母が二人で歩いていると、後ろからエイジ達がやってきた。エイジの顔を見て嬉しそうにするミキだが、シェルとオーロが微妙な表情をしているので訝しがる。すると、エイジが苦笑いしながら話してきた。
「単にウチの姉さんが、平和ボケした人だっただけだよ。俺達は殺し合いをせざるを得なかったけど、元はあんな感じだったのかと思うとね……。まあ、姉さんには無意識の見下しというか、殺し合いをする奴は野蛮という認識があったんだと思う」
「ああ、そういう事。私達はミクさんに散々教えられたもんね。殺し合いや奪い合いは当たり前。欲望がある限り、それは絶対に無くならないって。それが受け入れられない奴は、他人に押し付けて見ないフリをしているだけだって」
「ほう……肉の塊とは聞いていたけど、なかなかどうして……美輝が理性があるという筈さ。あんたが暗持影二君だね? ウチの馬鹿どもが申し訳ないね。本来なら君に頭を下げなきゃいけないっていうのに、あの馬鹿どもときたら、まったく!」
「は、はあ………えーっと?」
「この方はうちの御祖母様で、星川弓っていうの。私は御祖母様とお呼びしているけど、あんまりその呼び方が好きじゃないみたい」
「あんたもこの歳になってみりゃ分かるさ。自分の歳を突きつけられているようで気に入らないね。それにしても私が調べさせた暗持君は、もっと太っていた筈だけど、えらく痩せて男前になってるじゃないか。今時の男前じゃなく渋いタイプの男前なのがいいねえ」
「えっと……そうですか? 自分では何とも言い辛いのですが……」
「そうさ。昨今の男はイケメンとか言ってナヨナヨしたのばっかりじゃないか。それに比べて君は男臭い男前だからねえ。昔の男前だけど、男はそれぐらいでいいんだよ。その男臭さに女は惚れるもんさ。ねえ、美輝?」
「御祖母様………? って、まさか!?」
「ハッハッハッ! この私を舐めるんじゃないよ。あんたが暗持君の顔をみた時の表情、完全にメスの顔だ。女じゃない、メスの表情さ。ああ、こりゃ男にイカレてるって、それがすぐに分かる顔をする美輝が悪いねえ」
「//////」
「まあ、あんたが良い男を見つけたならそれでいいさ。心の中の黒いのも随分と減ってるみたいだし、普通の女に近くなってるから良い事尽くめだよ。……何を驚いているんだい、私の目が節穴だとでも思ってたのかい?」
「い、いえ……そうじゃなくて、そんなにドス黒かったんですか? ミクさん達に一目見てすぐに警戒したと言われたので……今は警戒されてませんけど、そこまで酷かったなんて」
「まあ、星川家に生まれた事と、あの馬鹿どもが碌に家族として接してこなかったのが原因だろうね。アレがまともな事に私は驚くけどさ。……うん? ああ、お前の兄の誠一の事さ。あいつはまともだよ、だからこそ動かないんだ」
「今日話していた時、自分も兄の事を何も知らなかったと思いましたけど、兄はまともな人だったんですね」
「ああ。美輝が黒かった所為で、どう接していいか分からなかったんだろう。とくに暗持君に助けてもらってから、美輝は急激に黒くなっていったからね。馬鹿どもが悪いとはいえ、経済界にはクズが多い。子供の美輝が関わるべきじゃなかったんだが……」
そう話していると食堂に着いたので中に入る。すると、コンビニの袋を広げてお菓子を食べているミクと、普通に食事をしている三人が居た。ミクは食事をしていないのだろうか? そう思いながらも近くの椅子に座るミキ達。
「ミクさん、こちらはうちの祖母で星川弓と言います。実はですね、あの黄金色の薬を少し分けていただけたらと思いまして……」
「……ふーん。この女に分けた方が都合が良くなるの? …………成る程ね、だったら良いよ。私がこの星に居るのは神どもの命だからね、それに都合が良くなるなら構わない。<天生快癒薬>なら幾らでも生み出せるから大して問題ないし、コップ一杯あげるよ」
「「「「えっ!?」」」」
ミクは適当なコップをアイテムバッグから取り出し、満タンまで入れて弓に渡す。黄金色の飲み物に対し若干引くものの、意を決して飲んでいく。一口飲んだだけで効果がある薬をグビグビ飲む様は、異様と言って差し支えないのだが、ここに居る連中で気にする者はいない。
飲めば飲む程に体が良くなっていき、目も耳も足腰も回復した。不健康な箇所が欠片もない完全な健康体になったが、回復し過ぎているとも言える。この星の現在の環境では、あり得ない程の健康体だ。その異常に気がつかれる虞もある。
「心配しなくてもいいさ。ここまで健康になれたなら、幾らでもやりようはあるからねえ。それにしても目がよく見えるし、音は綺麗に聞こえる。体の節々が全く痛くないし、腰も痛くない。怖ろしい効果の薬だねえ。で、私は何を出したらいいんだい?」
「別にどうこうは無いんだけど、何かあるかなあ………あっ、そうだ。ダンジョンへ行く許可がほしいね。ついでにビデオカメラ? とかいうのも欲しいかな。何か配信とかいうのが出来るんでしょ? ダンジョン内の事を配信しようかと思って」
「それってどうなんですかね? 軍から止めてくれって言われる気もしますけど……。それに配信する理由ってなんですか? 神様の命に関係あるとは思えないんですが……」
「いや、どうやって魔法の使い方とか、スキルの使い方を教えるべきか話していたのだ。そうしたら一人の軍人が、ダンジョン配信系のラノベ? とかいうのがあると話してくれてな。それで、映像とやらを流した方が早いのではないかとなったのだ」
「成る程ねえ、ダンジョン配信系かい。私も好きなジャンルだけど、確かにアレなら広報としては問題ないかね。本当にマズい所はカットして出せばいいし。こりゃ面白そうだ、私も行くとしようかね」
「御祖母様! いったい何を考えてるんですか!? ダンジョンって物凄く危険なんですよ? そんな、とりあえず行ってみるかっていう場所じゃないんです! 分かってますか!!」
「五月蝿い孫だねえ、まったく。若い頃に私は軍人でね、銃弾が無くなったら弓矢で敵兵を射殺していたのが私だよ? 腕は衰えていても、人を殺すという意識はちゃんとある。この私を舐めないでくれるかい?」
「そんな事初めて聞いたんですけど? 御祖母様が軍人だったなんて、本当に初めて聞きましたよ!!」
「ハッハッハッハッ!! 女はミステリアスなもんさね。過去には色んな事があるんだよ。それはそうと弓と薙刀は使えるけど、後は短刀術くらいしか訓練した事がない。それぐらいでダンジョンに行って大丈夫かねえ?」
「さてな。通常の人間種はスキルを一つか二つくらいしか持っていない。それでもダンジョンで戦えている以上は、必ずしもスキルが必要な訳ではないしな。戦いの経験だろう、大事なのは」
そのローネの言葉に満面の笑みを浮かべるミキの祖母。こりゃ駄目だと項垂れるミキだった。




