0022・黄昏と魔女と迅雷
バルクスの町のギルドマスター執務室。未だに睨み合いをしている馬鹿な二人が居る部屋の中に、<迅雷のイスティア>が入ってきた。彼女は敬愛するカレンに会いに来ただけなのだが、何故かそこには<魔女>も居る。
イスティアも魔女と面識があった。自分よりも遥かに強い相手であり、強者と言われる自分よりも高ランクの冒険者。何故そんな魔女がここに居てカレンと睨み合っているのか? 幾ら考えても分からないイスティアであった。
「あら、イスティアが来たのね。それで、いったい何の用かしら? 見れば分かるでしょうけど、この鬱陶しいのを町から追い出さなきゃいけないの。大した用が無いのなら帰ってくれる?」
「あら、貴女に私を追い出す権利なんてあったかしら? 不思議なものねぇ……。やはりここで滅ぼしておいた方が良いわね、こんな邪悪な女」
バトル漫画的な表現であれば、二人の間に激しい火花が散っているのだろう。実際の状況は、ヤンキー漫画で二人が顔を突き合わせて睨みあっている姿。ようするに鼻がくっ付くほど顔を近づけて、お互いにメンチをきっている姿である。
いつから方向性が変化したのかは知らないが、本来の方向に戻してもらいたいものだ。出来れば、今すぐ。
「………えーっと。私の用はカレン様に会いに来たのと、ミクに会いに来ただけです。それ以外は特にありません。忙しいのでしたら、先にカレン様のお屋敷に厄介になっても良いですか?」
「ええ、構わないわ。マリロットかフェルメテに言えば色々世話をしてくれるでしょう。あの子達は何だかんだといって世話好きだから」
お互いにメンチをきりあったまま話すのもどうかと思うが、目線を逸らした方が負けなので逸らせない二人。こんな下らない事で争うポンコツを、いったい何故<閃光>は呼んだのだろうか? こうなる事は分かっていた筈である。
<閃光>からすれば、こんな筈じゃなかった、俺は悪くないと言いたいのは確実だろうが……。ちなみに<閃光>ことガルディアスは、既にミクの正体と目的を知っている。それはカレンがミクに話させたからだ。
カレンはガルディアスが常識人だと知っており、巻き込んだ方が絶対に良いと判断して巻き込んだ。バルクスの町の裏組織を潰す事にも協力させたので、カレンとしては丁度良かったという事もある。真実を知ったガルディアスは悲鳴を上げたが。
憐れ、いつも被害を受けるのは常識人である。合掌。
それはともかくとして、イスティアは何度も泊まった事のあるカレンの屋敷に来た。門の前には守衛がおり、その者に来訪を告げる。流石にカレンに雇われているだけはあり、素早く本邸に来客を告げに行く。
オルドムに通じていた己の屋敷の門番とは雲泥の差である。それを痛感しつつ、出てきたフェルメテに案内されていくイスティアであった。
尚、ミクが初めて来た時に守衛が出てこなかったのは、マリロットから特別なお客なので出なくて良いと指示されていたからである。屋敷で雇われている者達は、ここが吸血鬼の屋敷だと良く知っている。故に絶対に勝手な事をしない。
イスティアが案内された部屋には既にミクがおり、ソファーで寝ていた。……何故か全裸で。これには深くもない事情があった。単純に言うと、マリロットが拭きたがっただけである。彼女は至宝に心を奪われて以降、事ある毎にミクの体を拭こうとするのだ。
なので今日も屋敷に来た後、拭きたがったマリロットに任せてミクは停止している。先に背中などを拭かせたら、後はソファーに仰向けに寝て停止するだけだ。現在ミクは本体で武器を色々弄って遊んでいた。そんな状態のミクをイスティアが見てしまう。
そして他の連中と同様に心を奪われてしまった。心ここに在らずというイスティアを見て、ドヤ顔をするマリロットとフェルメテのメイド二人。彼女が心を奪われているのは<美の化身>の裸体なのだが、何故このメイド二人がドヤ顔をするのだろうか?。
そうして心を奪われていると、スルスル近寄ってきたメイドが武具を外して服を脱がし、イスティアの体を拭っていくのだった。何処かから「コイツら手馴れてやがる!」、という言葉が聞こえてきそうな程の早業だ。
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ここはミクの本体が居る空間。ここで武器を作っているのだが、ミクは行き詰まりを感じていた。分かりやすく言うと、何を作っても中途半端になってしまい困ってしまったのだ。思考の袋小路に入っていると言っても過言ではない状況である。
自分の肉を使って、この空間にも分体を作り振らせたりしているが、どうにもしっくりこない。そんな中、戦いの神と闘いの神がふらりとやって来て、ミクに話しかける。
戦いの神は、「お前が納得するかどうかではない。戦いに勝つにはどうするかだ。そこを忘れるな」と言って去って行った。
闘いの神は、「お前が何を求めているかだ、それによって幾らでも変わる。自分が納得するまで考えろ」と言い、こちらも言い終わったら去って行った。
いったい何がしたいのか分からないミクだったが、ミクなりに色々考える事にしたようだ。再び動く事の無い沈思黙考に入ったミク。
この世界における<たたかいの神>は二柱存在する。戦いの神は戦争や戦闘の勝利を司り、闘いの神は精神的や哲学的な闘いを司る。日本人に分かりやすく伝えるなら<術>と<道>の違いだ。
たたかいの術を司るのが戦神で、たたかいの道を司るのが闘神である。他の世界は知らないが、この世界ではそうであった。故に片方は術を示し、片方は道を示した訳だ。肉塊に対する教えではないような気もするが、神々とはこんなものである。
その後ミクは納得したのか、とある武器を作り上げていく。それは大きくて分厚い鉈であった。刃渡り45センチ、刃の厚さ実に2センチ。勿論だが一番分厚い峰部分が2センチなのであって、全部の厚さではない。
それにしても厚すぎる気はするが、これの出来にミクは喜んでいる。自らにとって闘争とは即ち<喰らう事>である。それが肉塊の全てと言っても良かった。ならば武器は自ずと決まる。
そしてそれは解体用の道具であった。肉と骨を断ち切る鉈。頭蓋などを砕くメイス。肉を捌く大型のナイフ。穿る為のピック。それらが新たなミクの武器として作り出された。一種異様とも言える武器の数々。
左腰に分厚い鉈。右腰にメイス。右腰の後ろに分厚く頑丈なナイフ。左腰の後ろにスティレット。これが新たに剣帯に着けられた武器である。最も自分らしい武器の数々に喜ぶミク。本体も活発に蠢いている。
そんな喜びに水を差すように、分体の周囲が騒がしくなったようだ。ミクは「イラッ」としながらも、分体を起動させ動かす事にした。
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「ほら、見なさい! これ程までに美しい肉体をしているのよ! これをアピールしないでどうするの! これ程の美を覆い隠すなんて、世界に対する冒涜でしょう!!」
「貴女は何を言っているの? 皆が皆、貴女や貴女の師のように痴女じゃないのよ! いい加減しにしなさい!!」
「五月蝿いなぁ……いったい何の騒ぎ? 何で私の周りで騒ぐのよ。騒ぎたいなら他所に行ってやって」
「あ、貴女やっと起きたのね! さあ、私がコーディネートしてあげる! さっさと行くわよ!!」
「??? 何を言っているのか分からないけど、この人誰? あと、訳の分からない所に行ったりしないよ」
「貴女の意見なんて聞いてないの! それより、さっさと私に着いて来なさい! でないと燃やすわよ!!」
「あ”?」
怪物の初めての怒りは神に対するものだったが、人間種での初めてはどうやら<魔女>のようである。無知とは本当に怖ろしい。




