0221・ダンジョンマスターという愚か者
ここは40層、ダンジョンマスターのいる一室である。そこでダンジョンマスターの<光半神族>と他4名が映像を見ていた。音が無いのはダンジョンマスター共通らしく、実はミク達の声は聞こえていない。
「どうやら矢の雨も突破したようですね。人間種にしてはなかなか優秀なようですが、もしかしたら召喚者でしょうか……? だとすると厄介な者達ではありますが、30層で確実に殺せるでしょう」
「アルノー様、我等にお任せ下さい。必ずや愚かな人間種を殺して見せましょう。人間種が光半神族たるアルノー様のダンジョンに入っているという事すら許してはなりません!」
「言いたい事は分かりますが、態々我等が出る必要もないでしょう。39層まで来れば考えなくもありませんが……。それよりも、あの一行の一人が持っていた手鏡。あれはかなり特殊な道具だと思われます。アレを壊すなり奪うなりした方が良いかと」
「確かに。あの道具を使って赤と青の魔法陣を見つけていた。もしかしたらだが、ダンジョンコアすら映る虞がある。だとすると31層に隠してあるのが見つかるかもしれぬ。そうなったら……」
「今すぐ40層に移動させましょう! 奴等は矢の雨を防ぎました。侮らない方が良いと思います! 念には念を入れて安全策をとり、奴等を始末した後に戻せば問題ありません!」
「貴様、正気か!? それは人間種如きに怯えておると言うようなものであろう! そんな情けない姿を晒せというのか、アルノー様に!?」
「構いませんよ。あの者達が今までの人間種と違うというのは間違いないでしょう。おそらくは召喚者でしょうし、それならば多少は出来る連中です。所詮は人間種でしかありませんが、私の安全を考えてくれての提言ですし、ここは動かしておくべきでしょうね」
そう言って光半神族のアルノーと呼ばれた男は31層へと転移していく。ダンジョンコアを移す際にはダンジョンマスターが直接触れている必要がある為、移動していったのだ。
その後、その場に残された四人は互いに牽制しあう。アルノーという男が居る間は何事も無く従っている四人だが、水面下では誰が寵愛を受けているかという愚かな争いをしていた。ちなみに全員男というか雄のゴブリンである。
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一方こちらはダンジョンから戻り、スラム近くの酒場に入った一行。夕食を注文しつつ今日のダンジョンの愚痴を言い合うのだった。
「本当に今回のダンジョンはおかしい。幾らなんでも殺意が高すぎるし、直接殺しに来るって何だよ! 滅茶苦茶すぎるだろう。冗談抜きで頭がおかしいぞ。あそこのダンジョンマスターは狂ってる」
「本当にな。冗談でも何でもなく、俺達というか、人間種を殺す為ならどんな卑怯な事でもするって感じだぞ。実際、転移の後を狙うって完全な不意打ちだからな。挙句ダンジョンマスターだから転移で逃亡しやがるし」
「【精神感知】を使ってたけど、相当の恨みと憎しみを向けて来てたよ。あれは異常だとしか思えない。魔物の殺意とかはもっと綺麗なのに、感じた殺意は凄くドロドロしたものだった。ヘドロって感じかな?」
「排水溝に詰まった汚物みたいな感じかー、そりゃあんな汚い事もするよねー。幾らなんでもアレはないよ、ヴァルさんが弾いてくれなかったら本当にヤバかったし、ミキちゃん絶対に暴走してた!」
「まあ、完全にエイジ狙いだったからな。心臓の位置に向かってきていたという事は、何らかのスキルを使っていたのだろう。転移してきた瞬間を狙っている事を考えるに、転移後の位置を把握しているのかもしれん」
「………ああ、成る程。神が言うには、転移してきた瞬間に攻撃しても弾かれるんだってさ。だから本来は安全なんだけど、相手はそれが切れるギリギリのタイミングで矢が当たるように、私達に射ってきているみたい」
「凄く厄介。そんなタイミング、ダンジョンマスター以外誰も分からないし調べられない。結局は今日のように警戒して対処するしか方法が無いし、何かの対策といっても魔法しか打つ手がないかも」
その後も色々話し合うが良い結論は出ず、宿に戻って休む事にした。ミクはさっさとローネとネルを満足させて寝かせたが、どうも宿で動いているバカが居る。後をヴァルに任せ、ミクは確認の為に窓から外に出た。
外から回って従業員の部屋の窓から侵入、麻痺させてから脳を操って聞くと、どうやら兵士からミク達を監視するように依頼を請けたようだ。なので<幸福薬>を使って善人に洗脳しておく。
次に王都の詰め所を回り、兵士一人一人を洗脳して回る。それだけではなく宿舎も回って全員を洗脳していくのだった。何故かと言えば、王都の兵士達は少なくともダンジョンマスターと関わりがあるからだ。
正しくはダンジョンマスターの部下である団長の命令には逆らえないからである。兵士達の脳を操って聞いていた際に、兵士長という人物から聞けた事だ。
ダンジョンマスターに従っている人物は四人おり、何れも要職にある人物なのだそうだ。兵士団の団長、商務卿である侯爵家当主、内務卿である伯爵家の当主、農務卿である伯爵家の当主。
要するに、兵団と商売と治安と農業をダンジョンマスターに奪われているという訳だ。この国は大丈夫なのか? と思う程である。
もちろん下の者は危惧しているが、上の者からすれば相手は光半神族なうえ、自分達に知識を与えてくれた大恩人とも言える。おそらく信奉してしまっているのだろう。
だからこそダンジョンマスターは調子に乗っているとも言える訳だ。光の神が「殺せ」という筈である。自らの作り出した神子がこれでは恥にしかならない。
創半神族の男もそうだが、神に恥を掻かせている事を何故かまったく理解していない。
ミクは神どもの事など何とも思っていないが、作ってやった下っ端がバカな事をすれば、作った神の恥になる事は理解できる。何故その程度の事を理解しないのか、幾ら考えてもミクには分からなかった。
それはともかくとして、兵士達の洗脳は終わったのでミクは宿に帰っていく。二日連続朝帰りだが、これに関しては仕方がないと諦めてもいる。安全を確保する為には仕方がないし、妙な因縁をつけられると面倒なのだ。
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宿の部屋に戻ったミクは、ローネとネルを起こして部屋を片付ける。昨日と同じ様にエイジ達を起こし、酒場へ行って朝食を注文し席に座った。今日も客が少ない酒場はミク達以外に数人しかいない。
大半の客だったスラムの連中が居ないのだから仕方ないのだが、この酒場はやっていけるのだろうか? そう思いつつ運ばれてきた食事を食べたら、昼食を買って酒場を出る。王都を出てダンジョンへと行くのだが、今日も人が多い。
周りから鬱陶しい敵意を向けられるが気にせずダンジョンに入り、昨日の21層まで一気に進む。ボスは同じだったが、矢は放ってこなかった。効かないと分かったのだろうか? 何故かダンジョンマスターは何もしないらしい。
ミク達は首を傾げつつ21層から攻略を始める。21層からは草原で見晴らしが良い為、手鏡より速く赤い魔法陣を見つけられる事は多かった。特にベルの持つスキル【天の眼】が大活躍だ。
上空からの見下ろし視点が得られるこのスキルは、神の加護がないと絶対に使えないスキルだ。邪魔な障害物があると分からないが、平原では問題なく見える。ここのダンジョンマスターが厄介な為、魔力消費が激しいが使ってもらって一気に進む。
未だにエイジ達に任せているのでミク達は口出ししない。ちなみにミクならもっと遠くても見えている。視力も尋常ではない肉塊だから当然ではあるのだが……。




