0219・王都ルークスのダンジョン攻略開始
近くの酒場に入り夕食と酒を注文する。座って一息吐くと早速バカが近付いてきた。コイツらは同じ事しか出来ないのかと思うも、バカなんて何処に行っても変わらないかと思い直す。本当に下らない。
「おいおい、何でこんな所に人間が居るんだぁ? ここがどんな国か分かって居るんだろうなー? 人間を喰う奴等も居るんで隙を見せると喰われちまうぞ? ………おい、聞いてんのか!! そこの女!!!」
「……鬱陶しい、いちいち絡んでくるな」
ミクは絡んでくる阿呆だけでなく、この酒場の中に収まるように本質を解放した。少し少なめに解放するのがコツだ。そうする事によって酒場の中に居た奴等は全員理解したらしい。一行に対してヘラヘラしていた連中は、全員固まっている。
目を逸らす事が出来ず、動く事も出来ない。彼らはゴブリンを初めとして魔物である。言語を操り言葉を話し、考える理性を持つが魔物なのだ。だからこそ、本能が訴える。目の前の女には絶対に勝てないと、殺されるだけだと。
それを悟れば後は簡単である。何事も無かったかのようにゴブリンは元の椅子に戻ろうとして、ミクに首を鷲掴みにされ持ち上げられる。ゴブリンは背の低い者が多いが、それでも140~150はある。
そんなゴブリンを片手で高々と持ち上げながら、ミクは愚か者に聞いていく。むしろ周りに対する宣言みたいなものであるが……。
「お前はいったいどういうつもりだ? 私に喧嘩を売ってきたのはお前だろうに、スゴスゴと逃げれば無かった事になるとでも思っているのか? どうなんだ、答えろ」
「い、いや……それは、その………」
しどろもどろになっているゴブリンは一気に正気に戻ったのか、既に顔が真っ青である。だからといって今さら肉塊が許す事などなく、首を絞められ続け最後には白目を剥いて気絶した。別に死んではいないので、床に叩きつけ無理矢理に呼吸をさせる。
「ゴホッ! ガハッ!」と必死に呼吸をしているゴブリンに対し、ミクはしゃがんで声をかける。その言葉を聞いたゴブリンは震えだした。
「ここは確かにお前の言う通りゴブリンの国だろう。で、人間種がゴブリンを喰わないと思っているのか? お前はいつから食う側だと勘違いしていた? 雑魚はいつだって喰われる側だろう」
更に顔を近づけたミクに対し、遂に限界に達したのかゴブリンは気絶してしまい同時に失禁し始めた。すぐにミクは自分の席に戻りながら「汚い奴……」と口にする。それを聞いても誰も口を挟んでこない。理由は本能が恐怖しているからだ。
酒場に居る誰もが、冗談ではなく本気で喰われると思っている。彼らは知らなかった、自分達もまた食われる側だったとは。だがミクの本質を受けた者達は皆、喰われる側でしかないと理解させられたのだ。
まあ彼等が知らなかった事で一番大きいのは、そもそもミクは人間種ではなく<喰らう者>だという事である。ミクにとって自分以外のモノは、全て捕食対象でしかない。そこに関してはとても平等なのだ、肉塊は。
圧倒的なナニカを解放した後はとてもスムーズに食事が提供され、それを食べたミク達は宿に戻って行った。それを見送った後、酒場の中に居た全員が安堵の溜息を吐く。彼らは捕食される恐怖を初めて知った。
その事で暴走するのか、それとも大人しくするのかは知らないが、その行動によって彼らの末路は決まる。本能に刷り込まれた以上、おそらく彼らは動かないだろうが。
宿の部屋に戻ったミクは、少しゆっくりしつつローネとネルの相手をし、満足させたら百足の姿で外に出る。当然スラムを荒らす為だ。善人に洗脳するか、それとも喰うか。どちらかで迷ったものの喰う事に決めたミク。
酒場での脅しがあるので自分達がやったと匂わせられるだろう。それでも証拠が無いので捕縛も何も出来ない。もし、無理矢理に罪を押し付けようものなら、兵士や騎士がどんどんと消えていくだけだ。いつかは釈放される。
そんな事を考えつつも、麻痺させて脳を操り罪人を喰らっていく。まあ、スラムに居て罪を犯していないものなど滅多に居ない。なので適当に罪を犯したことがあるかを聞き、有ったら喰っている。問題があれば本体の所に神が来るだろう。
そうやって朝まで喰い荒らしたミクは、スラムの掃除を完了させて宿の部屋に戻るのだった。
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部屋の中に戻ったミクは、そのまま二人を起こして片付ける。部屋を綺麗にしたら出て、エイジ達の部屋をノックして起こす。声をかけたら宿の玄関で待ち、出てきたら共に酒場へ。中に入って朝食を注文するも、客が殆ど居ない。
エイジ達は周りを見渡すも、何となく理解したのか雑談を始めた。ミク達は元々適当な雑談をしていたので怪しまれる事は無い。その後、運ばれてきた食事を食べていると鉄の鎧を着たゴブリンが入ってきた。
真っ直ぐにミク達の下に来て話を聞いてくる。どうやら最初から疑われているらしい。それは構わないと思っているミクだが、何故エイジ達の方には行かなかったのだろうか? そんな事を気にしていた。
「そこの女、お前が昨日この酒場にて強烈な威圧を行ったと詰め所に報せがあった。間違いないな?」
「さあ? 私は威圧しようとしてないんで、単に怖がっただけじゃないの? 威圧スキルは持ってるけど使ってないよ。そもそもあの系統のスキルは使えば魔力反応が必ずあるからね。そしたら兵士は気付く筈だけど?」
「ムッ……確かにそれはそうだ。だが、威圧を行われたという報せがある。これはどうする気だ?」
「そんなもの、それを前提にされても知らないって言うだけだよ。勝手にそっちが言っているだけで、私は威圧スキルなんて使ってないからね。勝手に怖がっただけじゃないの? 昨夜、酔っ払いが絡んできたし」
「……本当か?」
その時、横に来ていた酒場の店員に兵士が尋ねたので、慌てて店員の女性が答える。ちなみに女性ではあるが当然人間種ではない。見た目は人間種に似ているが、角が一本額から出ている。
「え、ええ……間違い無いです。昨夜お客さんに絡んだヤツが居て、そいつに対してお客さんが怒ってただけですね。流石に凄い怒気でしたけど、お前を殺して食うぞと言われたら怒るのも当然かと……」
「そんな事を言ったのか……。まあスキルを使ったりした訳じゃなく、怒った怒気で周りが怯えただけなら文句は言えん。そんな事は酒場なら幾らでもあるからな。しかし、私が事情を聞いているのに堂々と飯を食うとは……」
「そもそも朝食を食べに来てるんだから当たり前でしょうに。あ、店員さん。昼食に食べられそうなのもお願い。そもそも私達はこの地のダンジョンに来ただけだからね。それ以外は興味も無いよ」
「そういう事か。人間種が何故王都に居るのかと思ったら、ダンジョン目当てだったとはな。まあ、それなら分からんではない。ただ、お前達は目立つ。気を付けた方が良い。ではな」
そう言って兵士達は去っていった。思わず驚くローネとネル。人間種の国の兵士よりまともだったからだが、そこで驚くという時点で、どれだけ人間種の国の兵士が腐っているかよく分かろうというものである。
朝食を食べ終わり、昼食の代金も支払ってサンドイッチをアイテムバッグに仕舞ったら、ミク達は王都を出てダンジョンへと移動していく。周りに居る連中は魔物ばかりだ。ダンジョン内で襲ってくるかもしれないが、それはそれで構わない。
そうなれば殺し合いで終わる話であるが、人間種嫌いのダンジョンマスターがどう出るかは分からず、そこを警戒するミクとヴァルだった。




