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0020・何も起こらぬ平穏な日々?




 ミクがカレンに報告を行ってから10日ほど経過した。


 その間に起こったのは、バルクスの町の大規模な粛清であった。何といっても、侯爵家相当の家柄であるカレンがブチギレているのである。徹底的な根絶やしは当然であろう。


 そもそも子爵の手紙にはバルクスの町のみだが、裏組織に関する事、並びにギテルモ商会に関する事は、一時的に全権委任すると書かれていたのだ。それを利用しないカレンではない。


 とにかくミクに手を出した奴等は許すまじ、ミクの体を凌辱した奴等は死すべしと暴れ回った。ついでに眷属達も暴れ回った。特にキレていたのがオルドラスであったのが、何とも言えないところではある。


 彼の想像の中のミクは、果たして男女どちらの姿なのであろうか。聞きたくは無いが、疑問に思う主とメイド達であった。


 尚、日々の暮らしにおいて毎日ミクと致しているので、彼の嗜好を当然ながら主従は知っている。……これ以上は何も言うまい。


 ミクも脳を弄って協力しつつ、バルクスの町の裏組織の者達がすべからく根絶やしにされた頃、バルクスの町に一人の女性がやって来た。その女性は巨大な狼に乗っており、そこから降りると町の門番の下へ歩いてくる。


 門番が恐怖を感じていると狼はみるみる小さくなり、小型犬ぐらいの大きさになって女性の後ろをついて歩く。更に怖くなった門番が震えていると、女性が冒険者の登録証を出して門番に渡す。



 「えっと……ゼルディアン・ノル・シュタームさん。………黒髪黒目で漆黒のドレス。まさか、<魔女ゼルダ>……」


 「あら、魔境に近いこの地でも知られているのね。それで、通っていいかしら?」


 「ど、どど、どうぞ! あ、登録証お返しいたします!」


 「はい、御苦労様」



 魔女ゼルダと呼ばれた女性は颯爽と歩いて行く。漆黒のドレスを着ているが、肌に密着し過ぎていて体のラインが丸見えである。


 しかし、これこそが<魔女ゼルダ>の正装であった。ブラックアラクネクイーンの糸から作られた、高い防御力と抗魔力を持つ非常に優秀な防具である。


 そんな服というか防具を着け、惜しげも無く体のラインを見せているのは自信の表れだ。彼女は他人に見られても問題無く、むしろ見せびらかす程であった。


 何故なら節制し鍛え、自ら作り上げた理想の肉体だからだ。彼女は自分の体に絶対の自信を持っている。それは彼女の誇りと言ってもいい。


 男を誘惑してこその女である。その信念を自らの師から習った彼女もまた、男を誘惑する事を己のアイデンティティーとして生きている女性であった。


 そこはそれぞれの生き方だから良いのだが、この町には彼女以上の美の化身が居る。その化身は前から普通に歩いてきたのだ、誘惑も見せびらかしもせず。


 新しく買った革のジャケットを羽織り、面倒だからと、自分で作ったチュニックのままの姿でテクテク歩いてくる。その美の化身を見た瞬間、彼女は天地が引っ繰り返る程の衝撃を受けた。


 たとえ服の上からでも彼女の目は誤魔化せない。多くの女性達と競い合い、その勝負の殆どに勝ってきたのは伊達ではないのだ。


 自分など歯牙にもかけないであろう、人間種の至宝とも称すべき肉体が、何も着飾らずに歩いているのだ。彼女のアイデンティティーにとって、それは許せない事であった。



 (あんな……あんな格好………許せない。何故あれ程の肉体を、あんな野暮ったい服で覆うのよ! あれは至宝とも言うべきものでしょうに! 私が一からコーディネートしてあげないといけないわ!)



 そんな事を考えている魔女。この女性は本当にランク14の<魔女ゼルダ>なのだろうか? 実力者にはアレな者が多いと言われる冒険者だが、それにしても酷いと言わざるを得ないであろう。



 (彼女に自分の肉体が如何に素晴らしいかを教えなければいけない! なのに何故……何故私は動けないの? まさか……私でさえ、あの至宝に魅了されている!?)



 何とも残念な女性である。不思議にバトル漫画的なノリではあるものの、内容は信じられない程に下らない事なのだから、誰しもが聞けば呆れるであろう。


 <閃光>はきっと頭を抱えるに違いない。ソレが魔女に相談していた怪物なのだから。お前はいったい何を考えているんだと言いたくなっても、頷ける話である。


 そんな魔女に驚かれている美の化身は、他人に興味ありませんという感じでテクテク歩いて行った。どうやら怪物は町の外に出て魔物狩りに行くようで、荷車屋に向かっているようだ。それを見送る事しか出来ない魔女。


 妙な邂逅で始まる二人の出会いであった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 『主! ……主! 何かの精神攻撃を受けたのですか主! しっかりして下さい!』


 『え? ……ああ、ゴメンなさいね。ちょっと驚くべき人物が居たから。それにしても……あれ程の美しさを誇る人物が、こんな片田舎に居たかしら? この田舎にあって一番とも言えるのは、吸血鬼の<黄昏>くらいの筈』



 驚きから回復した魔女は、己の使い魔であるアルガと共に歩き始めた。アルガは狼の姿をしているが使い魔である為、魔力の供給さえしてやれば幾らでも復活出来る存在である。


 <魔女の秘法>と呼ばれる特殊な術で作られていて、魔女の魂の一部に領域があり、そこにアルガの大元が存在する。


 故に肉体を持たず魔力体として現界しており、その形で存在が一時的に固定される。それだけに魔力体が消えると大本へと戻るだけで済む。


 肉体の能力よりも魔力や精神を鍛えなければいけない魔女にとって、使い魔は絶対に必要な自身を裏切らない護衛である。魔女とは種族であり、そうではない存在だ。誰でも魔女になれるが、その道は長く険しいうえに才能が無ければ絶対になれない。


 ほんの一部の才能ある者だけが辿り着ける、永遠の寿命を持つ存在。それが魔女と呼ばれる者達である。ある意味で吸血鬼より珍しい存在なのだが、そんな彼女は至宝の事は忘れて、一旦<閃光>の宿に行く事にした。



 「いらっしゃ……なんだ<魔女>かよ。アルガに乗ってきた筈なのに遅かったな」


 「随分失礼な言い草ねえ。貴方が来いと言うから来てあげたっていうのに……いったい誰に言っているのかしら?」



 魔女はこれみよがしに片手を上げ、魔力を集中してみせる。



 「ちょ、ちょっと待て! お前は俺の店を壊す気か!? 落ち着け! 落ち着け、魔女!! 事情が変わったんだよ!」


 「まあ、いいわ。言い訳を聞きましょう。私も貴方の下らない話を聞いている場合じゃないからね」


 「ん? まさか………お前ここに来る前に<美の化身>と会ったろ。彼女だよ、俺が言っていた女性っていうのは。どうせお前の事だから、男を誘惑するには云々とか彼女に言う気だろ? 止めとけ」


 「何で貴方にそんな事を指図されなきゃならないのよ! あの子の体は人間種の至宝とも言って良いものなの! もっとアピールしなきゃ駄目に決まってるでしょ!!」


 「んな事を考えるのは、お前とお前の師匠だけだ! 世の中に二人しかいねーっての! それよりも彼女は<黄昏>の客人だ。ウチの宿に泊まったのは最初の日だけ、後はずっと<黄昏>の屋敷に泊まってる。迂闊な事は止めてくれ」


 「なら冒険者ギルドに行けばいいわね。<黄昏>に先に話を通しておけば問題無いわ。じゃあ、これで話はおしまい!」


 「え? 俺の話を聞い……俺の話を「こっち三人前追加ねー!」聞けよ! って、ちょっと待ってくれ。あーもう、クッソ! 揉め事起こすんじゃねーぞ、魔女!」



 こういった時に被害を受けるのは、大抵常識人と相場は決まっているのだ。憐れ、<閃光のガルディアス>は高ランクだが常識人だった。


 むしろ彼の方が正しいのだが、世の中とはままならないものである。


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