0201・ジーム町に到着
カーム町を出発して三日目、現在ジーム町への街道上を歩いている。カーム町の東にルノ村、そしてその東にメセデ村があるのだが、何故かルノ村とメセデ村の間にある森に賊が潜んでいた。
肉へのフラストレーションが溜まっていたミクは、コレ幸いにと森の中に入り喰い荒らしている。麻痺させた後で情報を聞きだし貪った人数は35人。多く居たものの、近くの村や町で集められたゴロツキでしかなく、碌な情報を持っていなかった。
ミクが肉を貪ってきた事に関してはエイジ達ですらスルーしている。第一に賊である事、第二に人を襲う為に集められている事、第三にアンノウンを止められる訳が無い事。これらの事情から何も言っていない。
また、もう一つ付け加えるなら、エイジ達も既に色々な経験をしてきている事がある。つまり奇麗事では済まないという現実だ。その純然たる事実がある以上、この星ではヤマト皇国の現実は通用しない。
今はもう、それが骨身に沁みているエイジ達であった。ちなみにミキは最初から奇麗事を言う気などない。まだエイジの事が分かっていなかった時から、彼女は容赦というものを持ち合わせていないのだ。
ある意味で上に立つ者に相応しいと言えるが、成熟した社会では寛容さの方が求められる事も多いので難しいところである。それはともかく、エイジ達も現実というものを理解していっている最中だ。皇族の事もその一環だと思えばいい。
「美徳を持つ者に、その範囲を狭めろというのは難しい。とはいえ、そうしなければ本当に守りたい者を死なせる。本末転倒としか言えない以上は、範囲を狭めるしかない。臨機応変にすればいいだけ」
「結構大変ですけど、言っている事は分かります。ちゃんと優先度を付けろという事ですよね。優先するべき者と他の者を一緒にするな。そう考えれば確かにそうだというのは分かります。消防の人だってそうだし」
「レスキューの人だって、山岳救助の人だって、医者だってそうだぜ。トリアージっていうんだっけ? 軽傷、重傷、重体、死亡って分類されるの。重体の人から治療しないと死んじまうからなー」
「それまでは軽傷の人でも五月蝿かったら看てたんだっけ? 助けなきゃいけない人が居るのに、五月蝿く言って邪魔ばかりするから治療せざるを得ず、結果的に医者なのに見殺しにしてしまう事があったらしいね」
「確かそうだったと思う。トリアージが出来てからは、軽傷で騒ぐ人に「黙ってろ」って言えるようになった筈。そもそも軽傷なんだから治療なんて後回しで良いんだよな、目の前で死にかけてる人が居るんだし」
「それでも自分を優先しろってバカは居るけどな。そういう奴は、自分が重体になった時に見捨てろって言ってる自覚が無いんだよ。そいつの言ってる事は、そういう意味なんだからさ」
エイジもシロウも口に出しながら自分を再び納得させている感じだろうか? そんな事をしながらも二人は現実に順応しようとしているのだから立派である。あの日、召喚された者の中で何人が順応しようと努力したのであろうか?。
その努力を怠った者は、おそらく既に死んでいる筈である。そういう意味でも彼らのやっている事は正しいのだ。つらつらと考えつつミクが歩いていると、再び感知範囲内に大勢の賊を発見した。また皇族の命を狙っている連中だろうか?。
とはいえ肉が食べられるミクは、喜び勇んで賊どもの下へと向かう。麻痺毒を散布して情報を聞きだし貪り食っていくものの、こいつらは唯の盗賊だった。数がそれなりに多いので中堅規模の盗賊団だろう。既に喰われて全員死亡しているが。
それにしても、今までの国と違って盗賊の多い国だ。急に増えた感じはあるが、ミクにとっては都合の良い国とも言える。肉が喰えてストレスの減ったミクは上機嫌で歩いて行く。誰もツッコまないが、人間種の踊り食いをしてきたのは聞こえていた。
ボリボリゴリゴリバリバリという音が聞こえていれば、何をしているかは想像が付く。ローネ達は平然としているが、エイジ達は若干顔が青い。
「想像するから怖くなるのだ。今度ミクについていくと良い。どういうものかを目の当たりにすれば、怖くなど無くなるだろう。唯の現実であり事実だからな」
「い、いやー……流石にそれは………」
流石にエイジ達もホラー映像というか、グロテスク映像を見たくはないらしい。まあ、人間種の踊り喰いだ。見たくもないだろうし、気持ちはよく分かる。麻痺している為に抵抗出来ないとはいえ、そういう問題でもないだろう。なので激しく遠慮した。
そのまま進みジーム町へと到着。門番に登録証を見せて中に入ると、宿へと直行する。二人部屋が一つ足りなかったのでミク達だけは三人部屋になった。仕方なく諦め、食堂に行って夕食を注文する。
席に座って雑談をしようというタイミングで、近くのテーブルからの会話が聞こえてきた。
「何でも今年の帝国武術大会には、昔の召喚者の子孫の方々が出るんだと! 剣のカーター流とか、槍のジョンソン流とかが揃うらしい! いったいどんな大会になるんだろうな?」
「「「「ブッ!」」」」
剣や槍の流派の名前を聞いた瞬間、エイジ達4人は吹き出した。いきなり何なのかと驚くが、エイジ達は笑いながら話していく。
「俺達の故郷だと、古い時代には<影流>とか<一刀流>とかあったんですけど、まさか人の名前の付いた流派があるとは思いませんでしたよ。それも外国人の名前で流派って言われてもね」
「オレ達が来ているくらいだし、色々な国の人達が来てたんじゃないか? 昔の人なら剣の流派とか槍の流派とか興していても不思議じゃないだろ。昔の戦争は剣とか槍とか使ってたんだし」
「まあ、それは確かにそうだけど、向こうって流派があったのかな? 何か聞いた事が無いんだけど……。もしかしたら在ったのかもしれないけど、歴史に残らなかったのかな?」
「弓とか槍とかあったけど、そのうち簡単な武器が主流になって無くなったんじゃね? フレイルとかメイスとか斧とか使ってたんだろ、確か。剣だってあんまり使われてなかったって聞いた事があるぜ?」
「そういうのは私も聞いた事があるよ。どうしても誰でも簡単に使える武器に変わっていくんだって。農民を徴兵したりするようになると、簡単な武器じゃないと使えないからだって聞いたよ」
「まあ、そうなるよねー。サエだって弓を使うけど、コレだって狙った場所に飛ばすのは簡単じゃないし、狙い撃ちはもっと難しいし。最近はようやく狙った所に中るようになったけどさ、最初は大変だったよー」
「武士だってメインは弓であって刀じゃないって聞くし、どこでもそうだけど戦争だと遠距離武器なんだよな。相手から攻撃されない所で、相手を一方的に攻撃する。それが有利なんだけど、その割には武術って言われると近接武器なんだよなー」
「一応槍の流派もあるみたいだけど、確かにそうだな? 弓だって武術だし流派だってきちんとある。でも武術って聞くと、真っ先に剣とか槍とかを想像するんだよ。なんでだ? 何か不思議な気がする」
「対処のしようが限られるからだろう。お互いに矢を射て回避しても、つまらんし盛り上がらんぞ? 剣と剣の戦いだと見応えがある。つまり面白いかどうかだ。面白いものは流行し、やがて当たり前になる」
「当たり前だから、皆が同じものを想像すると。まあ言葉は悪いですけど、弓の試合って地味ですから分からなくもないです。オリンピックのアーチェリーだって見ようと思わないし。それならフェンシングの方が見るかな?」
「まあなー。とはいえ本命は陸上だけど」
何だか最後は悲しい話になったが、食事を終えた一行は宿に戻り、それぞれの部屋に入って行った。




