0017・子爵家の屋敷にて
子爵の屋敷の前に着いたミクは門番に誰何されたので、自分が冒険者である事とギルドマスターからの手紙を預かってきたことを話す。すると、手紙を見せるように言われたのでこれを拒否する。
「この手紙は、必ず子爵様にのみ見せるようにと命じられてる。だからこそ見せる事は出来ない」
「ならばこちらも通す事は出来ん。よく分からぬ冒険者など、そもそも通す気も無いがな。まあ、お前が体を使ってどうにかすると言うのなら、我等も考えん事もないのだがな……」
そう言って門の左右に居る門番はニヤニヤしだす。おそらく子爵に取り次がないと、ミクが困るとでも思っているのだろう。下種な事を考えるものである。子爵にバレると首が飛ぶだろうが、その辺りは理解していないようだ。
そして、そもそも怪物がこんな奴等の思い通りになる訳がない。むしろ彼らの予想の圧倒的斜め上を突き抜けていく。
「ん、分かった。なら押し通る。ここで騒ぎを起こせば子爵も出てくるだろうし、派手に騒げばいいから楽なもの」
そんな、彼等が全く予期していなかった一言を、あっさりと言い出すのだった。そしてそれを理解した瞬間、彼らは持っていた槍をミクに突き付けようとしたが、それより速くミクは懐に入り担ぐと放り投げる。門へ。
ガァンッ!! と派手に門にぶつかった門番は、痛みに呻いているが、まだ屋敷からは誰も出てくる気配が無い。左の門番を適当にいなしていたが埒が明かないので、左の門番の懐に入って門に投げつけた。
ガァンッ!! という音が再びすると、流石に中から人が出てきた。犬耳が頭に付いた初老の男性で、オルドラスと同じく執事服を着ている人物だ。
「これはこれは、美人なお客さま。いったい当家に何の御用でしょうかな?」
「バルクスの冒険者ギルド、そこのギルドマスターからの手紙を持ってきた。子爵様にのみ渡すようにと厳命されている。そう言ったら、通りたければ体を使えとか下種な事を言われた。だから投げた」
「………ほう、この者どもがですか」
「ぐ、ち、違います執事長! この女が勝手に言っているだけです!」
「私はどっちでもいい。帰ってカレンに報告するだけ。後はカレンと話し合えばいいだけで、私には関わりの無い事」
「カレン様のエスティオル家は、王国に於いて侯爵家相当の御身分です。お怒りになられれば、こちらが破滅してしまいますよ」
その一言を聞いた門番二人の顔は真っ青になり、ガタガタ震え始めた。それを鋭い視線で見ていた執事長は、どうやら何があったのかを大凡察したようだ。ミクに向き直り話を始める。
「ハーランド様にお渡しする手紙を見る訳にはいきませんし、何かその手紙を証明する物や話などはありませんか? 流石に何も無しに通す訳には参りません」
「ん~~~……あっ! この手紙にはクソ豚の事が書いてある。そうカレンが言ってた」
「クソ豚………で、ございますか?」
「そうそう。えーっと確か………そう! オルドムとかいう奴。そいつがアロマット商会の馬車を、盗賊に襲わせてるって内容だったと思う」
「!? すぐに中へ! ハーランド様の所へ御案内いたします!!」
執事が先導する形ですぐに子爵邸の中へと入れられたが、驚いていたからだろう、その場から門番が血相を変えて逃走した事を気に留める者は居なかった。
子爵邸の中に入ったミクは、案内されるままに子爵の執務室へと進み中に入った。中には椅子に腰掛けた男性がおり、服の上からでも筋骨隆々なのが見て取れる。
唯の人であれば気圧されたりするのかもしれないが、ミクにとっては肉が多そうという印象ぐらいでしかなかった。
ミクはその人物の目の前まで歩いて行き、とりあえず聞く事にした。
「貴方が子爵様?」
「うむ。私がハーランド・ウェル・クレベスだ。そちらはいったい何方かな? 君ほど美しい女性を、私は見た事が無いが……」
「私はミク。ランク1の冒険者。カレンがこの手紙を子爵の下まで持って行けと言ってたので、その依頼を請けた。この手紙は子爵本人にのみ渡せと言われてる」
「ふむ、分かった。受け取ろう」
ミクから手紙を受け取った子爵は、封蝋を見てカレンからの手紙だと確認。封蝋を外して中の手紙を読んでいく。その顔は精悍な顔つきであったが。今は怒りで真っ赤に染まっている。
「バリオット! すぐに兵を集めオルドスを捕縛してこい!! 家の者も全てだ! 証拠を隠す暇を与えるな!!」
「ハッ!」
冷静に落ち着いて、しかし素早く一礼をして部屋を出て行く執事長。ミクはそれを見送ると自分も部屋を出て行こうとする。しかし、それに待ったを掛けたのは子爵であった。
ミクを呼び止めた子爵はソファーに座るように言い、カレンへの手紙を書くので届けてほしいと依頼をする。ミクはこれを了承し、ソファーに座り待つ事に。
ある程度の時間が経過した後で扉が開き、20代くらいの女性が入ってきた。
「父上、駄目だ。オルドスの家は蛻の空だった。私達が踏み込んだ時には既に逃げていたらしく、主要な者は誰も居ない状態だ。屋敷に残っていた者が話すには、我が家の門番どもが血相を変えてやって来たと言っていたぞ」
「………私はバリオットに命じた筈なのだが、何故イスティアが行っておるのだ。お前の事だからどうせ無理矢理について行ったのであろうが、そろそろ多少は落ち着かんか?」
「若い頃、私以上に暴れていたという父上の言葉とは思えんな。あのカレン様にさえ喧嘩を売ったと聞いた事があるのだが?」
「それは若気の至りというヤツだ! 若い頃には誰しもあるものであり、おかしな事ではない。20代にもなれば落ち着いておったわ!」
「ふむ。私は他にも色々聞いているのだが、それはここで話す事ではないな」
そう言ってチラリとミクを見るイスティアという女。それに対して一切反応をしないミク。お互いに何の反応も無いまま時間が経ち、子爵は手紙を書き上げて封蝋をする。そしてミクを呼び、至急この手紙をカレンに届けてくれと頼む。
「すまぬが出来得る限り早く頼む。この手紙を読めば、エスティオル卿であればすぐに動くだろう。報酬は………金貨1枚。これで頼んだ」
「分かった。私は言われた通り運ぶだけだから、”出来る限り”早く運ぶよ」
怪物の口から猛烈に嫌な予感のする一言が吐かれたが、ここに居る誰も理解出来ない為スルーされてしまう。もしここにカレンが居れば、「そんな頼み方をするな!」と怒っていたであろう。
怪物の、怪物による、怪物らしい行動が始まる前に、その行動を掣肘する人物が現れた。何処かから拍手が聞こえてくる気がするが、おそらく気のせいであろう。
「父上、私もこの者についていくぞ。カレン様に久しぶりに御会いしたいし、手紙がキチンと届いたか見届ける必要がある。それといちいち面倒な心配は要らないぞ、私はランク8なのだからな」
「………ふぅ。エスティオル卿に迷惑は掛けぬようにな。それと……ミクとかいったか。じゃじゃ馬が迷惑を掛けるが、すまんな」
「ついてこれるなら構わない。ついてこれないなら置いていくだけ」
「ほう。そこまで言うならば、私より高ランクなのだろうな?」
「ん? 私はランク1。少し前に登録したところ」
「むっ! 登録したてか……それでは実力が分からんな。まあ、移動すれば分かるだろう。では、行こうか!」
どうやら随分と強引なこの女性と一緒に、バルクスの町まで移動しなければならないらしい。ミクは面倒くささを感じながらも、顔には出さないのであった。




