0172・問答と釈放
「あー、うん。もういいや。そのままでもいいから話をしたいんだけど、いいかい? ……うん、良さそうだね。まず、父上が死んだ時に君は牢の中に居た。これは間違い無い?」
「間違い無いけど? ……もしかして【真贋の天秤】を持っている奴でも居るの? ……ふーん、どうやら居るみたいだね。特に何の問題も無いけどさ、一言も無しにかぁ……その分は差し引いて考えようか」
「本当にやり難い……! 「ほほほ」爺、笑い事じゃないんだよ? とりあえず【真贋の天秤】を持っているのは僕自身だ。生まれつき持っていてね、その御蔭で色々な闇を暴いてこれたんだよ。ま、それはともかくとして、牢に居たのは事実みたいだね」
この【真贋の天秤】というスキル、実はかなり大きな欠陥が存在する。この星では知られていないが、実は喋った相手の精神や魂の動きなどで嘘か本当かを判別している。非常に高性能なレアスキルなのだが……。
分からなければ分からないと返すので、判断を間違う事は殆ど無いのだが、実は精神と魂の動きが無ければ真実だと判定してしまう。つまり分体に対して可能な限り関わりを薄めると、真実という判定しかしなくなるのだ。
ミクとヴァルにしか出来ないが、このスキルをすり抜けるのは難しくはない。何より、このスキルは証拠採用できないという欠点もある。スキルの所持者が嘘を吐いている場合を考慮すれば、証拠にはとても出来ない。
そういう理由で、貴族が証拠採用しないのだ。されると都合の悪い連中がそれだけ多いという事だろう。とはいえスキル保持者の好きに出来てしまうのも事実である為、仕方がない事ではあるのだが。
「一応聞いておきたいから質問するけど、君は犯人を知ってる? 「知らない」……だよねぇ。結局、彼女に聞いても分からず終いなんだけど、これ以上調べる人も場所も無いし……どうしようか?」
「それより、これで終わりなら牢に帰してほしいんだけど? まだ取り調べもされてないしさ。いつになったら始まるのか知らないけど、出来ればさっさとしてほしいね」
「ああ、いや。君は釈放だよ。そもそも威圧を撒き散らしたって話だったけど、創半神族の方が弁済したしね。まあ言葉は悪いけど、気絶者が出たのと漏らした人が出ただけだからさ。何かを破壊した訳でもないし。という事で送ってってくれる?」
「ハッ!」
そう返事をした女騎士と共にミクは部屋を出る。そもそも拘束具なども着けられていないので、特に不自由も無かった為、先導する女騎士に着いていくだけだ。
それよりもミクが出て行った室内の方が大変だった。中に居た主要な三人はホッと胸を撫で下ろし、安堵の溜息を吐く。実は必死に演技をしていただけである。
「なんだい、あの女性は!? 何であんな莫大な魔力と闘気を持つ人物を処刑だなんだって言い出したんだよ。父上の目は節穴だったけど、それにしても酷い! 喧嘩を売っちゃいけない相手だろうに!」
「……ふぅ。本当に左様でございますなぁ、生きた心地がしませんでしたぞ。アレは怪物といって間違いありますまい。創半神族の方もあまり褒められた方ではありませんでしたが、あの方が怯える筈です」
「正直に申しまして、おそらくは私が動いても何の妨げにもならなかったかと。まるで羽虫を潰すが如く蹴散らされたでしょう。おそらくは、あの方が何かをされたのでしょうが……」
「我々としては創半神族の方から聞いたように、あの女性達一行には絶対に手を出さない。それでいいね? <アンノウン>なんていう存在、初めて知ったよ。アーククラスでさえ蹴散らされる怪物って何さ、意味が分からない」
「本当にそうでございますなぁ……いやぁ、世の中は広い。一騎当千どころか、国家を敵に回して勝ってしまう方など如何にもなりますまい。ドラゴンの群れを敵に回すようなものですぞ」
「それが冗談でも何でもなく存在するなど……。かつて国を滅ぼした怪物が居たという御伽噺を聞いて育ちますが、冗談でも何でもなく実在するなど、考えた事もありませぬ」
「創半神族の方も言ってたね。アンノウンが丸くなったのか、それとも暴れるのに飽きたのかは知らない。だが、アレは絶対に手を出してはいけないものだと。そっとしておくのが一番だ……ってさ」
「そもそも若のスキルをあっさり当てられましたからな。まさかレアなうえにマイナーなスキルの名を一度で当てられるとは思いませんでしたぞ。そもそも若のスキルは公表もしておらず、僅かな者しか知らぬというのに」
「我等の監視として潜入されている王女殿下にもバレていなかったのですが、まさかこの場でバラされてしまうとは……。まあ、陛下はご存知ですから、お咎めも何も無いでしょうが。強いて言えば、登城した際にチクチク言われるくらいでしょうか?」
「それが嫌なんだけどね。……まあ、いいや。言葉は悪いけど、面倒な父上が早めに死んでくれたんだ。これからは領地の改革を行っていく。皆、頼むよ」
「「「「「ハッ!」」」」」
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宿の前で女騎士と別れたミクは、宿の部屋に戻って一息吐く。そもそも連れて行かれる前にヴァルにアイテムバッグなどは預けている為、特に持ち物も何も無い。実際には本体空間を通して様々な物は出せるのだが、いちいち面倒なので出したりはしない。
部屋のベッドに寝転んで分体を停止し、皆が帰ってくるまでゆっくり待つのだった。
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夕方になり全員が戻ってきたので、夕食を食べに食堂へ行く。久しぶりに四人に会ったが、何故か疲れきっている。いったい何があったかを問うも、大した事ではなかった。
「昨日から海のある層で戦っているのだが、ビッグキャンサーに苦戦しているのだ。アレは大きいし力が強い。無理にエイジが盾で守るよりも回避して攻めた方がいいのだが、慣れていないからか下手クソでな。凹んでいるのと疲れているのだ」
「ビッグキャンサーは防御が硬め。上手く足を潰せば難しい相手じゃないんだけど、隙を見て攻め込むのが下手。チャンスを何度も見逃がしては、攻められなくて立ち往生している」
『今だとタイミングを教えてやっているのだが、怖いからか前に足が出ないんだ。前に出て攻撃されたら回避すればいい。そうすれば他の者のチャンスになる。にも関わらず攻めないから立ち往生になるんだ』
「「「「………」」」」
「戦いの場において、現状を打破したいなら何処かで踏み込むしかないよ。安全を担保して戦うなんて不可能だから、どこかで危険を冒して踏み込むしかない。その先にしか勝利が無い事も多いからね」
「それは分かってるんですが、どうにも……。一度盾を構えて突っ込んだらぶっ飛ばされまして。それ以降はどうしても前に出難いんですよ。突っ込んでも飛ばされるだけなんで」
「あれ? 盾の使い方を教えなかったの? ………いや、ヴァルに頼めば教えてくれるよ。ヴァルは言わなかった?」
『俺は言ったぞ。ただ、ちょうどエイジがぶっ飛ばされた後だったから、ちゃんと聞いてなかったのかもしれん』
「「「「………」」」」
「エイジは明日から盾の使い方の練習ね。そもそも防ぐだけが盾の使い方じゃないから。いなす、弾く、流す、受ける。少し考えても様々な使い方が浮かぶでしょ。何で防ぐだけに使うかな?」
「あっ………しまったぁ」
急に頭を抱えたが、どうやら言われれば分かったらしい。どのみち盾を扱うにも高い技術が要求される。そういう意味でも、これから練習漬けなのは間違いの無い未来だ。
頑張れエイジ、負けるなエイジ。ミキを止める時にも必要な技術だぞ?。




