0171・先代侯爵の死
「心配しなくても構わない。貴方はゆっくりと何も気にする事無く酒作りをしていてくれればいい。些事はこちらで片付けておく、だから気にしないでくれたまえ」
「何をホザいておるか! ワシは怪物には手を出すなと言うておるのじゃ! 今までの相手とは違うのだぞ、アンノウン相手では何をやろうが殺されるしかないのだ! 例え百万、いや一千万の兵でも虐殺されるしかないのだぞ!!」
「おい、創半神族の方は少々混乱されているようだ。丁重にお送りいたせ」
「おい、待て!? 聞いておるのか!! お前がどうなったところでワシの知った事ではない。ワシまで殺されるから止めろと言うておるんじゃ! 聞いとるのか、この愚か者が!!」
そう言って創半神族の男は無理矢理に連れて行かれた。ミクはこの時点で、あの男をターゲットから除外する。少なくとも止めようとしていたのは事実なので、様子見という形ではあるものの保留にした。
「フン! 黙って酒だけ作っておればいいものを……。高が酒を作る事しか能の無い分際で、いちいち面倒臭い奴だ。その価値も無ければ即刻私の領地から叩き出してやるというのに。寿命が無いだけの、大した価値も無いゴミめ!」
そういって先代領主と思しき男はガラスのグラスに酒を注いだ。それはあの男が作った酒じゃないのか? と思うミクだが、少しの間様子を窺っていると、先ほどの連中が帰ってきた。
「閣下。あの男はしっかりと家に帰しておきました。まだ「ギャーギャー」喚いておりましたが如何いたしましょうか?」
「放っておけ。唯の雑音など聞く価値も無い。私は良い気分で酒が飲みたいから、これ以降邪魔をするな」
「「「「ハッ!」」」」
そう言って出て行く男達。その後、ブツブツと下らない事を言いつつ酒を飲んでいる先代侯爵に天井から近付き、頭の上に落下して脳に即座に触手を突き刺す。後は操って様々な事を聞きだし、濃縮して混ぜた各種混合の毒を打ち込む。
その執務室から先代侯爵の隠した貨幣と、侯爵家に保管されている貨幣の半分を慰謝料として貰っていく。その後は侯爵家の屋敷を脱出し、鳥の姿で飛んでいき、再び百足の姿で牢に戻る。
牢の中のヴァルと話すものの異常は無く、それどころか見に来た者も一人も居なかったらしい。2人も【念話】で話しているのでおそらくバレないだろうが、気を付けるに越した事は無いだろう。
一瞬でミクは女性形態に、ヴァルは百足形態になって帰っていく。宿の部屋でアイテムバッグから服を出せばいいだけなので、問題は何も無い。ヴァルが帰っていくのを見つつ、ミクは分体を停止するのだった。
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翌日。分体を停止したままで居ると、慌ただしい動きをしているのを感知した。一応五種の感知系スキルを使用したまま停止しているので、何かあればすぐに察知できる体制になっているのだ。
慌ただしい動きをしているものの、ミクの居る牢には来ない。ならばと気にせず分体を停止したまま過ごすのだった。
夕方頃にパンと水が差し入れられたがそれだけで、後は何もされないというか、取調べすらされなかった。何の為にミクを牢に入れているのやら?。
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慌ただしい動きの次の日、またも何の動きも無い。いったいどうなっているのかサッパリ分からないが、他のメンバーとは【念話】で会話が出来るので外の事は分かっている。
どうやら先代侯爵が何者かに暗殺されたらしい。体の全てがドス黒くなって死んでいたそうだ。その犯人探しがされているようなのだが、一向に見つかっておらずパニックになっているらしい。
後、金銭が無くなっているという話は無いそうなので、いちいち言わないように釘を刺しておく。まあローネもネルも「言う訳が無い!」と怒っていた。二人が口を滑らせる訳も無いので冗談ではあるのだが。
この日も取り調べは無く終了。いったい何がしたいのか意味が分からない。
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あれから七日ほど過ぎた。相変わらずミクは牢の中に囚われたままだが、先代侯爵殺害の犯人は全く捕まる気配が無いそうだ。この七日で市井には結構な情報が下りてきている。
創半神族の男が先代侯爵と話していた事。だが、これは本人に否定されている。自分は牢に囚われている人物を出せと言っただけだと、そして先代侯爵の取り巻きに摑まれ無理矢理に屋敷の外に出されたと。
その事は現侯爵も認めているので、創半神族の男は犯人の候補から消えている。その後に先代侯爵の取り巻きが、先代侯爵が酒を飲んでいた事を確認しているからだ。
酒を飲んでいたが苦しむ事も無く、また酒からは毒物が検出されていないのだ。侯爵家は独自に<鑑定板>を持っているらしく、それで調べたが酒には一切毒が含まれていなかったらしい。
そして、先代侯爵の体から取り出した毒の鑑定結果はこういうものだったと発表された。
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<各種混合毒>
正に毒としか表現しようの無い毒。多くの毒が混ぜられ濃縮されており、元となる毒すら区別出来ない。これほどの毒であれば布越しに触れても、顔を近づけただけでも死ぬ。この毒の保持者は、どうやって服毒させたのであろうか?。
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鑑定結果としては微妙だが、色々な物を混ぜすぎた所為で判別できなくなっているらしい。ミクにとっては非常に都合が良いが、通常の毒、麻痺毒、即死毒。更にはそれらを濃縮したり抽出したりと色々したので、ああなったのだろう。
ある意味でとても都合が良い毒が出来上がったが、聞いた鑑定結果ならば、殺して喰らっても良かったかもと思うミクだった。それはさておき、今まで夕食を運んでくるだけだった筈が、突然牢に近付いてくる者が居る。
ミクも分体を起動し、寝転がりながらも鉄格子の先をジッと見る。すると、あの女騎士がやってきた。女騎士は牢に近付くと、鍵を開けミクを外に出す。その後は促されるままに連れて行かれるミク。さて、どうなるのやら?。
そう思っていたら、何やら最上階の奥まった部屋まで連れて来られた。ここは兵舎の中でも一番偉い奴の部屋なんじゃないかと思うが、女騎士はノックした後に中へと入る。そしてミクも入室を促されたので入った。
中のソファーには青年が腰掛けていて、その左には目付きの鋭い初老の男性が居る。また、その背後には筋骨隆々の男が隙無く自然に立っていた。どうやら目の前の青年は相当に重要な人物らしいが……。
とりあえず、いつも通りに話す事にしたミク。そもそも彼女が頭を垂れなければいけない者など、この星には存在していない。何よりミクは、神に対してさえ頭を下げる事など無いのだ。
「で、ここに呼んだ理由はなに? 何か物々しいんだけど、いちいち面倒な事なら牢に帰してくれる? 私さ、面倒な事ってやる気ないんだよね」
「………えーっと、何となくは分からないか? 目の前に居る方が誰かとか?」
「何となくは分かるけど? でも、それを斟酌してやる理由が無い。いつまでも取調べ一つ始まらないしさ、散々放っておいて次はここ? あまりにもバカにしてない?」
「それは申し訳ない。我々としても父上を殺害した犯人を捜さなければいけないので、小さな事に構っている暇が無かったのだ」
「だったら、その小さな事に構わなければ良いんじゃない? ……だって、小さな事なんでしょう?」
「………」
「ふふふふふ……。若、一本取られましたな。相手の方が一枚上手のようですぞ? いや、ありがたい。侯爵家という看板があれば上手くいく、などと思われては困りますからな」
「爺、ここで小言は止めてくれないかな。………はぁ。申し訳ない。父上が勝手にそなたを処刑しようとした事、そしてその後に父上が変死体となって発見された事で、そなたの事が埋もれてしまっていたのだ。本当に、申し訳ない」
「………で、それはいいとして。結局、何の用なの?」
「あー……それよりも、まず座らないか?」
「どんな罠があるか分からないのに座るバカは居ないし、後ろで立っている奴が隙無く構えているのに座るバカは居ない。二重の意味で座る理由が無いね」
話し合いは最初から難しそうである。初老の男性は嬉しそうにしているしで、青年は厄介な事になったと、内心で頭を抱えるのだった。




