0016・領都到着
考えても分からない報告書の事は横に放り投げ、ミクは馬車を破壊して【火魔法】の【火弾】を使い燃やしてしまう。
暖をとる為ではなく、ゴミどもの痕跡を無くす為である。そもそもミクには暑い寒いは分かるが、体に支障が無いので気にもならないものでしかない。
なので暖をとるという理由で物を燃やす事は無い。ボーッと燃えていくのを見ながら、これからの事を考えているミク。
普通ならば寝床をどうするか、襲われるかもしれない魔物をどうするのか、それを考えなければいけない。そのうえ、どうにも出来ずに困り果ててしまうところである。
「これからどうしようかな……。朝になるまで魔物を探して喰ってもいいし、適当に体を停止して、近付いてきた奴が居たら食べるって程度でもいい。町に近付いて近くで寝てもいいね。どうしようかな?」
そんな事を言い出す始末だ。この肉塊に眠りは必要無いので当然ではあるが、常識とか普通を装うというのは何処かへ消えてしまったのだろう。その元凶は【落穴】で穴を掘り、馬車の残骸やら何やらを綺麗に埋めて痕跡を消した。
リュックの中には少々残した干し肉と綺麗にした水筒を入れ、普通の冒険者にまた一歩近付いたと喜ぶミク。普通とは違うという認識は有ったようで何よりだ。
ミクは【気配察知】を使い、素早く【音無】で移動し魔物に接近する。夜なので遠慮は要らず、両腕を熊の上半身に変えて生きたまま貪り喰っていく。どちらが化け物か分からない光景であるが、肉塊とは元来こういう存在だ。
色々なものを貪り喰ったが、その中には有用そうなものも幾つか居た。現在は本体が色々考えて、使えそうかどうかの取捨選択をしている。
(まずは蟷螂の魔物。コイツの鎌だけを使えば、なかなか優秀な刃物になるんじゃないかな? 剣のようにすれば有用な斬撃武器になると思う。これはいいね)
どうやら早速危険な事をやっている様で、見つけた魔物を斜めに両断していた。今のミクの右腕を表現するならば、デスサイズというのが一番しっくりくる見た目になっている。
刃の向きも横なり縦なりに切り替えられるので、反則級の武器の出来上がりとなった。
(次は鹿の魔物だけど、コイツの角はさして役に立ちそうに無い。確かワイルドディアーとかいう名前だったと思うけど、私としては使えない魔物だね。肉はそれなりだったから、売ってお金に替えても良いかも)
人間種とは味覚が違うので当然だが、ミクにとっては大きな肉という以外には特に無いらしい。普通はゴブリンなどより遥かに美味しい肉の筈なのだが……。
(他にも猪顔の人型とか、犬の人型とか居たけど意味無いね。何故か猪顔の人型は突進してきたけど、アレは何だったんだろう? まあ、いいか。それより全身を変化させたら、速く移動しても怪しまれないんじゃないかな?)
猪顔の人型とはオークの事であり、コイツらは圧倒的に雄の方が多いという特徴がある。故に人型の雌に対して種付けする為、すぐに欲情して襲い掛かるという性質を持つ。オークは人型相手ならば種が違ってもオークの子を産ませる事が可能だ。
とにかく人型の雌なら何でもよく、ゴブリンやコボルトの雌だけでは飽きたらず、格上のオーガの雌にまで襲いかかる程である。故に蛇蝎の如く嫌われているのだが、襲われる被害者が後を立たない為、何時までも駆逐出来ずに増えている有様だ。
肉は美味なのだが、襲われた被害者の事を考えると、食べられないという者が居るのも仕方がない。そこまでの迷惑魔物である為、女性の冒険者が被害を受ける一方で、オークを専門に狩る女性冒険者のパーティーもあったりする。
犬の人型とミクが言っているのはコボルトであり、特に特筆する事も無い普通の魔物だ。鼻が良く足が速いうえ、標的にされると何処までも追ってくる性質を持つ。ただし爪にさえ気を付ければ、特に強くも無い魔物だ。
(おお! 狼型になると四本足だからか速いね。これで移動して町の近くで着替えとか……駄目か。何処で誰が見ているか分からないし、バレたら言い訳不能だ。何処かで使えるかもしれないけど、普段使いは駄目だね)
意外にも踏み止まったようである。すぐに狼型から人間形態に戻り、服を着こんでいく。ゴソゴソしている間にも近くに魔物が来たのだが、触手に貫かれて喰われて終わった。周りに魔物が居ない事が分かったミクは、町への道に戻る。
そこから進んでいた方角を確認し、町への道を走って行く。【音無】を使っているようだが、足音がしないのは何がしかの配慮だろうか? しかし、夜中に信じられない速度で音も無く人が疾走しているのは、完全無欠に唯のホラーである。
そんな事など気にしないミクは一気に走っていき、夜中の内に領都の町へと到着した。町は石壁で覆われており、なかなかの大きさを誇っている。その石壁の外側に堀も掘ってあり、簡単には陥とせないであろう事がミクにも分かった。
ミクの場合は無理矢理中に入って喰らえば済むので、町を陥とす事を考える必要などないのだが。
そのミクは町の近くの道の傍で寝転がり、体を停止して本体での監視に留める。やってきたものは喰うが、それ以外には興味も無いようだ。
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朝になったのでミクは体を起こす。未だ朝焼けの出ている時間だが、早めに起きたミクは町の入り口を見ている。中から出てくる者か、外から入る者が見えたら町に近付こうと思っているのだろう。
そうしてミクが見ていると、中から商人の馬車らしきものが出てくるのが見えた。これで近付いても怪しまれないと思ったミクは、歩いて近付いていき門番に登録証を見せる。
「………ああ、確認した。通ってもいいけど、美人さんは何処で何をしてたんだ? こんな朝早くに町に来るなんて、夜通し歩いてきたのか? 流石に危険すぎるぞ」
ミクは「しまった!」と思ったが、動揺しているのは本体だけなので表情からはバレなかった。やれやれである。
「実は子爵様への手紙を預かってる。急ぎで届けなきゃいけないから、頑張った」
「そうか、子爵様への手紙な。それなら無理して急いで来るのも仕方ないな。美人さんも大変な依頼を請けたもんだ。おっと、これ以上話しているとドヤされてしまうな。美人さん、ようこそクベリオの町へ」
どうやらミクの即席の言い訳は無事に通用したらしい。子爵への手紙という言葉は強いらしく、門番は子爵の屋敷の場所を教えてくれた。ミクは町中を歩きつつ、チュニックの中の肉体からそっと手紙を出し、それをリュックに入れておく。
朝で人が少ないから出来る、強引過ぎる荒業であった。滅茶苦茶な事を人前でやっている気はするが、バレていない以上はセーフであろう。
美人が胸の谷間から物を取り出すようなものである。美の化身だと肉体の内部から取り出すのだろう。きっと。
ミクはいきなり子爵の屋敷に行っても早すぎて取り合ってもらえないと考え、食べ物の匂いのする場所へと入る事にした。樽のマークが書かれている看板が見えるので、おそらく酒場なんだろう。
その店へと入ったミクは、カウンターの爺さんに注文をする。色々なメニューを聞き、最終的に大銅貨2枚を支払った。出てきた料理はパンとスープに肉と野菜を炒めた物、それとソーセージだ。大きめのソーセージで美味しそうである。
ミクが食べている間もリアクションの無い爺さん。そんな爺さんも凄腕なのかと思っていたら、単に惚けているだけであった。どうやら警戒度は上げる必要が無いらしい。
美しい所作で朝食を食べたミクは、酒場を後にし子爵の屋敷へと行く。その段になって、クソ豚の妨害の可能性を思い出すミクだった。




