0160・久しぶりの肉
夕食までの間は自由行動とした。ただし一度宿の部屋に入り、ヴァルを男性形態にしてからだ。四人の護衛についてもらい、その間に必要な物を買って準備しておく。特に食料関係を買っておきたい。これは本体が料理をすれば済むからだ。
そういった買い物などを行いつつ、色々と見回っていると揉め事を発見した。ミク達が覗くと予想通りに四人が揉め事に巻き込まれている。明らかに強そうではないエイジが居るので、揉め事に巻き込まれるのは必然であろうか?。
「おいおい、お前みたいなデブがまともに戦える訳ねえだろうがよ。そこのクソガキと男もだ。とっとと女二人置いてどっか行けや。丁寧に言ってやってる今の内に消えねえと……痛い目見るぜ?」
「アニキが優しく言ってやってる間にとっとと失せろや! てめえらみてえなクソガキが女連れ回してチャラチャラしてんじゃねえよ!!」
『物凄い三下だな。驚くほど頭が悪いのか、それとも無能なのか。どのみち冒険者としても程度が知れるな。お前達、自分が三下だとアピールして楽しいのか? 俺には理解できんが、お前らにだけ分かる楽しさがきっとあるんだろうな。でないと理解できん』
「「「「プッ……」」」」
「んだと、テメェ!! こっちが優しくしてやりゃあ、つけ上がりやがって!! ブッ、ゴッ!?」
「ア、アニ、ギェッ?!」
『一発ずつで終わりとは流石に弱過ぎるぞ。この程度で冒険者って、こいつら余程死にたいのか? まだ死んでないという事は運だけは良いんだろうな。いや、逃げ足だけは速いのか?』
そんな事を言っているヴァルと合流し、ミク達は食堂へと歩いて行く。その間に話を聞いていくが、どうやら武具屋を回っていた際に声を掛けてきたらしい。最初は無視していたらしいのだが、しつこくずっと声を掛け続けてきたそうだ。
「普通のナンパとは違うよー。明らかにこっちの体が目当てって丸分かりだったし、ビックリするぐらいしつこかった。なんかもう、先祖が蛇なんじゃないの? って思うくらいしつこかったのー」
「物凄い例えだけど間違ってないのがなぁ。普通ナンパと言ってもあそこまでしつこくないぜ。幾らなんでもさ、あんな視線しといて引っかかるバカが居ると思ってんのかね? 幾らなんでもあり得ないだろ」
「本当にな。幾らなんでも私達をバカにし過ぎだろう。あんな卑しい顔の奴等についていく間抜けは居ない。力で無理矢理なら出来ると思ったのかもしれないが、抵抗されるに決まってる」
「ああいうのは考えても無駄だよ、馬鹿だからね。何も考えてないと言うか、成功する事しか考えていないと言うべきかな? 失敗を疑わないというか、まあ驚くほど頭が悪いんだよ。心配しなくても、喰うか洗脳しとく」
「「「「………」」」」
「ああいった連中は、このまま生かしておいても誰も得をしないからな。ミクが喰い荒らしてしまうか、洗脳して強制的に善人にしておいた方が良い。どのみちこちらが疑われる事は無いのだ。なぜなら証拠が無いからな」
「そう。そもそもミクが証拠を残したりはしないし、気配で見つかる事も無い。どれだけ怪しくても、それだけで拘束するのは難しい。本気でやるなら暴れるだけだし、アンノウンが暴れると被害が甚大」
「神話生物が暴れるとか……この世の終わりかな? いや、冗談ですけど、冗談じゃないっていうか……。誰も勝てない人が疲労も無く、眠る事も無く暴れ回るんですよ? 尋常じゃないですって。絶対に負ける気しかしない」
「それな。誰も勝てる訳が無いっていうか、疲労が無いのと眠らないのは反則過ぎる。隙が欠片も無いじゃん。強過ぎるうえに隙が無いとか、どうやっても勝てない相手でしかない。いや、勝つ気無いですけど、想像上でも無理ですって」
食堂で夕食を頼んでからも下らない話を続け、食事後は部屋に戻る。一人部屋とはいえ、そこまで狭い部屋ではない。なのでベッドで一人、残りの二人は床となった。正直に言ってどうでもいいミクは、さっさと二人を撃沈させて寝かせる。
ネルがベッドでローネは床だ。ただし毛布を敷いているので問題は無い。ヴァルを女性形態にし、ミクは百足になってさっさと外に出る。そこまで急ぐ理由は、ヴァルが殴りつけた奴がスラムっぽい場所に集まっているからだ。
素早く窓から外に出たミクは、一気にスラムっぽい場所にある建物に入る。ガタがきているのか隙間が多く、あっさり入れるので楽なものだ。人が集まっている部屋に行くと15人くらいが話をしていた。
「で、てめえが言うにはイイ女だったんだな? オレ様達に嘘をついて利用する気なら、てめえら明日の朝日は見れねえぞ。その覚悟はあるんだろうな?」
「も、もちろんだ。あいつらの中の野郎に殴られた借りを返せりゃそれでいい。オレ達は別に何も求めちゃいねえ。あのガキどもが潰されりゃ、それで満足だ」
「ほう! そりゃいい心がけだ。そのついでに、てめえらにゃあ色々と仕事をしてもらおうか? まさか……オレ様達を都合良く使えるとか思ってねえよなぁ」
「「え……」」
もう聞く意味も価値も無いので麻痺毒を散布し、麻痺した者から貪り喰っていく。もちろん高校生達に絡んでいたバカ共も喰ったが、スラムのボスだけは尋問してから食べる。その結果、溜めこんでいる金銭があったので貰っていく。
それと、手下もまだ居たようなので、スラムに居たそいつらも貪ってから宿の部屋へと戻った。ミクにとっては久しぶりに肉が喰えた良い夜だったが、犯罪者にとっては最悪の一夜になっただろう。部屋に戻ったミクはヴァルと交代し肉体を停止するのだった。
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翌日。起動したらヴァルを男性形態にし、ネルと一緒に情報収集をしてもらう。ミクとローネはエイジ達の訓練だ。実践は経験したものの所詮その程度でしかない為、忘れない内に練習させておきたい。命の取り合いほど集中出来る事は他に無いのだ。
食堂で朝食を待っていると、何やら噂話が聞こえてくる。「スラムの組織の連中が居なくなっている」、「昨日の夜から誰も見ていない」等々。それを聞いたエイジ達はミクの顔を見るが、我関せずとミクは無視を決め込む。
それが答えなので、エイジ達はそっと視線を外す。心の中では「昨日の連中は喰われたんだな」と思っている。まあ、あっさり分かる正解なのだが、ローネがエイジ達を睨む。怪しまれる行動をするなという事だろう。
ちょうど朝食が運ばれてきたので、食事に集中する事で怪しい行動を消す。食事後は二手に分かれ、ミク達は町の外に出る。エイジとミキには戦闘訓練を、シロウとサエには魔法の訓練を行う。
何度も何度も繰り返さないと上手くならないので、休み休み練習をさせる。まだまだローネは手を抜いているが、それでもエイジもミキも手も足も出ない。特にエイジは守りながらも攻めているので、疲労は凄まじい。
【超速回復】があるので何とかなっているが、普通の盾士であれば耐えられない程だ。とはいえエイジを痩せさせる為に意図的にやっているので、あれぐらいの運動量で丁度良いとも言える。未だ太ったままだし。
それでも最初の頃よりは体力は多少ついている。それを考えると【超速回復】の影響は大きいと言わざるを得ない。ミキが休憩中もエイジは休み無く動き続けている。それもあっての体力向上だ。
短い日数で体力を増やすには、ここまでの運動と回復能力が必要という証明だろう。シロウとサエは、それを見て顔を引き攣らせているが……。




