0151・初陣の苦さと現実
次の日、食堂で朝食を食べた一行は、町を出て東へと歩いて行く。もちろん道中で魔法の訓練を行うのだが、丁度都合よくゴブリンが現れた。それも間違いなくレッサークラスだ。高校生達の初陣にはこれぐらいでいい。
「都合良くレッサークラスのゴブリンが現れたから、あの三体は君達だけで戦うように。なあに、普通に戦えるから落ち着いて冷静に戦えばいいだけ。影二はカバー! いい? 誰にも傷を負わせないように!!」
「えっ!? 三体も居るんですけど!? それを完全に防げっていうんですか? そんなの無理でしょう!?」
「やれば、出来る! そもそもお前のスキルなら何の問題も無い。とにかくひたすら強く念じろ! お前にとってはそれが一番重要なんだ!!」
一番前に美輝が出て、その左後ろに影二が居る。二人は近いが、これは影二が美輝を庇う為に意図的にこのような並びにしてある。そして美輝の右後ろに槍を構えた四郎が居て、美輝の後方に弓を持った紗枝が居る。
この隊列は高校生達が考えたものだ。全体の把握を紗枝が行い、四郎は敵の牽制と魔法。影二はとにかく庇い、美輝が物理アタッカーとして攻撃する。各々が持っているスキルを考えた際にこれが一番良いと判断したようだ。
確かに間違っていないし、ここまでクレバーに物事を考えるというのはミク達にとって少々驚きであった。影二達の星にある創作物が良い意味で影響したのだろう。自分達の強みを感情を排して考えられている。
まあ、考える事までしか出来ていないが、考えられただけマシであろう。高校生四人は、今ワチャワチャと戦闘中だ。レッサークラスの木の棒ぐらいしか持っていないゴブリンに対して必死に剣を振っている美輝。
へっぴり腰で槍を突き出している四郎。庇う事しか考えていない影二。味方に当たりそうで矢を放てない紗枝。ハッキリ言ってグダグダである。最下級とも言えるレッサークラスに対してコレなのだから呆れるしかない。
已む無くミクが「しっかりしろ!」と威圧を篭めて大声を放つ事で、やっと冷静になった四人。ゴブリンが怯えてしまったのは御愛敬というところだろう。ようやく冷静になった四人はキチンと敵と相対していく。
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ふぅ。目の前にゴブリンとやらが居るにしても、戦いというものがここまで冷静で居られないなんて。知りたくはなかったけど、知って学ばなければ死ぬ。そう言われた以上間違いは無いのだろう。気を入れ直さないと。
それにしても剣が重い。多分だけど、パニックの時に無駄に振り回したからだと思う。空振りは体力を無駄使いするので極力するなと言われていたのに、何も活かせていない。初めてだという言い訳はここでは効かないし、そんな事を言っていたら殺される。
自分が今冷静なのか、冷静なフリなのかすら分からない。でも、こっちから動いても駄目。向こうが動くのを待つしか……。自分から攻撃して当てられる自信が、今は全く無い。左のゴブリンが私に攻撃をしてきた。一旦後ろ、って影二!?。
影二が盾を構えて体当たりしてくれた御蔭で一体転んでる。今がチャンスだ。真ん中のゴブリンが慌てて木の棒で攻撃してきた。コレをかわして……今!!
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八双に構えていた美輝はゴブリンの木の棒の攻撃をかわすと、即座に”踏み込んで”袈裟切りを放つ。その場で適当に振るのではなく、正しく踏み込んで殺す一撃を放った。
たとえ咄嗟といえど踏み込めたのは見事と褒めるべき事だ。たとえ【勇剣術】が作用していたとしても、踏み込むのは簡単な事では無い。相手に近い場所で攻撃するという事は、空振りをすると途端に自分の身を危険に晒すという事。
残りのゴブリンは起き上がろうとしたところを影二のメイスにカチ割られ、もう一体のゴブリンは四郎に何度も突き刺されて死んでいた。やっと勝ったものの、高校生達の顔色が悪い。特に前衛三人。
「お疲れ様ー。自分の手で生き物を殺したのはどんな気持ち? まあ表情を見れば分かるけどね。だから一つだけ、殺す事を躊躇すると死ぬよ? 自分でなくとも誰かを死なせる。だから殺せる時に殺せ。それは鉄則」
「ミクの言う通りだ。情けをかけるな、殺せ。それが出来なければ、お前達の誰かが死ぬ。それだけは覚えておけよ? 欲に塗れた奴は恩を仇で返すぞ。そんな奴等に情けをかければ、大切なものを奪われる」
「「「「………」」」」
「分かったところで頑張ろうか? ゴブリンの死体は高く売れないから放っておくとして、心臓付近に魔石があるから抉って取り出す。はい、ナイフ。自分達でやる」
「「「「………」」」」
凹んだ後に顔を引き攣らせ、それでもゴブリンの死体を解体していく四人。魔石を取り出したら【清潔】を使い、綺麗にして背負い袋の中へ。そしてまた歩いて行く。
「それにしてもレッサークラスのゴブリン三体で、あそこまで苦戦するとは思わなかったよ。レッサークラスなんて唯のザコなのにね。ちょっと訓練内容を考え直した方がいいかな?」
「そういえば先ほども言ってましたけど、レッサークラスって何ですか? 何となく敵の強さなんだとは分かりますけど……」
「魔物には等級があってな、レッサークラス、ノーマルクラス、ハイクラス、グレータークラス、アーククラス、そしてアンノウンとある。それぞれの位階において下位、中位、上位と分かれるのだが、アンノウンだけは無い」
「えっ!? 無いんですか? ………ああ、だから”アンノウン”なんですね。昨夜影二から聞きましたから何となくは分かります。ミクさんがアンノウンなんでしょう?」
「その通り。人間種はランクに当て嵌めにくいけど、魔物は当て嵌めやすいから区別されてる。大体は魔力や闘気の量で区分されてるけど、根本的な強さも加味されて決まっている。ミクは間違いなくアンノウン。それも究極の」
「「「「究極?」」」」
「そもそもアンノウンという存在自体がほぼ分かっていない。そういう区分があるくらいだ。そのなかでもミクは神々に鍛えられている。そもそも神に鍛えられるという事自体があり得ないのに、鍛えられたのはアンノウンだ。だから究極だと言える」
「「「「あ~……」」」」
「ま、神どもは都合良く使う為にそうしたんだし、そんな私でも神どもを敵に回すと滅ぼされるしかないからね。結局のところ、私にとってはあんまり意味の無い区分なんだよ。で、さっきのは実力的に最下級のレッサークラスなの」
「それに俺達は苦戦してしまったと……」
「そう。最初に影二が刺されたのはノーマルクラスだった。つまりアレより弱いゴブリンでも、さっきのような体たらく。とてもじゃないけど実戦は無理。真面目に訓練しないと死ぬしかない」
「「「「………」」」」
『そもそも死ぬと言っているのは冗談でも何でもなく本当の事だ。別の星の者とも言えるお前達が生きていくには冒険者をするしかない。この星の人の仕事を奪うならば人間種同士の争いだ。お前達にそれが出来るとは思えん』
「えーっと、たとえば農業なんかだと大丈夫なんじゃ?」
「初年度から税が払えるの? 道具も無いのに土地を耕せるの? そもそも魔物が出る中どうやって土地を持つの? 良い所まで耕したら奪いにくる奴等が沢山居るけど?」
「「「「………」」」」
「土地は財産だぞ? 他人の財産を奪おうとする奴など幾らでも居る。そういう奴等から守り抜いて農業をしている訳だ。で、お前達は誰の助けも無くそんな事が出来るのか? レッサークラスのゴブリンで何とかという弱さなのに?」
「この星に複製された以上、後はどう足掻いてでも生きていくしかない。その覚悟が無ければ”死ぬ”」
「「「「………」」」」
ようやく高校生四人は、自分達の立場を正しく理解したらしい。




