0146・恋人になる夜と恋人同士の夜
ここは影二と美輝が泊まっている部屋。どちらとも緊張し会話がまったく進まない。これでは駄目だと思い声を掛けるも……
「「あ、あの! …………」」
この有様である。先ほどからコレを繰り返しており話が進まないのだ。そんな矢先、遂に状況を動かすべく影二が動く。
「あー、その……。星川さんには申し訳ないんだけど……俺、殆ど覚えてないんだよ。星川さんは明確に思い出したらしいけど、俺は何度思い出そうとしても病院のベッドの上だけでさ。本当に女の子を助けるとかカッコいい事が出来たのか、自分の事なのに疑問があるというか……」
「間違い無い。今の影二君はその……太ってはいるけど、思い出した男の子の面影はちゃんと残ってる。それに、単に助けてもらったからだけじゃないよ。その前から何となく気になっていたというか、「良いな」って思ってたのも思い出したから……」
「そ、そうなんだ。でも、今の俺はコレだし……何というか、あんな事をやらかすような奴だし。その……そんな奴がこういう関係になってもいいのかなっていう思いが、有ったり無かったり……。それに複製されてるらしいから、本人じゃないとも言えるんだよ?」
「………本人の私は、多分影二君の事を思い出さないと思う。私は星川財閥の一人娘だし、群がってくる男は沢山居たんだ。だから男というだけで嫌いだし……多分、向こうの私は影二君を見ても、すぐに視界から消してしまうと思う」
「ほ、星川財閥………! それって<揺り篭から墓場まで>の、”あの”星川財閥!? ………うわぁ、世界的な大財閥じゃないか。いやいやいやいや、絶対につり合わないわー。あり得ないって……あれ? 今は違う?」
「ああ、そうなんだ。ここに居るのは星川美輝ではあるんだけど、この星では星川財閥なんて誰も知らないし聞いた事も無い。だから、私は私でしかない。だからこそ思うんだ、ここに居る私は複製でしかないんだから、好きにしてもいいんじゃないかって。私は複製であって本人じゃないから」
「あー……それは確かに。俺だって暗持影二であるけどオリジナルじゃないんだよね。複製って事はコピーな訳だし、オリジナルと同じ生き方しなくてもいい訳だ。ついでに勉強できたって生き残れないって言われたし」
「クスッ……。確かにそう。ここで生きていく為には、生きていく力強さが必要になる。だからこそ、私は影二君に抱かれたい。オリジナルと決別する意味でも、影二君と生きていく為にも……。私に生きる意味を与えてほしい」
「星川さん……」
「苗字で呼ばないで、ちゃんと名前で呼んでほしい」
「うん。分かったよ、美輝。俺もちゃんと覚悟を決める。……………こんな時にこんな事を言うのは駄目だと思うんだけど、コレどうしよう?」
そう言って影二はガラス瓶を美輝に見せる。それを見て思い出したのか顔を真っ赤にする美輝。しばし逡巡した後に、彼女は覚悟を決めた。
「私は飲もうと思う。別に影二君にどうこうと思っている訳じゃないけど、初めては嫌な思い出にしたくないから///」
「俺の事も君づけじゃなく、呼び捨てにしてよ。……ところで、俺は飲んだ方が良いのかな? 別に男は飲まなくても良いような気も……いや、ここは俺も同じように飲んでおこう。彼女を仲間外れにするのは良くない」
「……彼女///。な、何だか照れるね///。………ゴホンッ! 旦那様。これから美輝は精一杯尽くしますので、宜しくお願い申し上げます///」
「こ、こちらこそ!」
二人の初めての夜は交わりながら深まっていく。
………そういえば影二は【超速回復】を持っている。当然、精力も超速で回復するのだが……受け止める美輝は大丈夫だろうか?。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ところ変わって、こちらは紗枝と四郎の部屋。既に事後の二人はピロートークをしつつ別室の二人を心配するのだった。
「美輝ちゃん大丈夫かなー? 影二君って悪い人じゃないと思うけど、どうにも信用出来ないというか、大事な所でポカをしそう。その辺どうなのー?」
「ああ、影二はなー。確かにそんな感じの部分はあるなぁ。オレも心配だけど、周りが心配したって始まらないと思うぜ? あの二人には二人の形があると思うし。オレ達だって、オレ達の形があるじゃん?」
「そうだねー。思っている以上に慎重過ぎて失敗するところとか? それとも緊張し過ぎてヘニャったちゃんになったところとかかなー?」
「それ全部初めての時のオレの失敗じゃん! 止めてくれよ、まったく! それ以上茶化すと流石にオレも本気で怒るぜ?」
「ゴメン、ゴメン。そういう失敗をして、美輝ちゃんが嫌な思いとかしないかなーって思っちゃってさ」
「それでも、そういうのを茶化すのは良くないから止めた方がいい。本当に好きな子とするんだから、色んな事考えて緊張するのは当たり前だろ」
「ふーん/// 私を喜ばせようと思って言ってるよね? 当然、喜びますよー/// 喜びついでにもっと搾っちゃいますねー///」
「え、あれ? まだするの? ……マジで?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
更に変わって、こちらはミク達の部屋。既に撃沈して寝ているローネとネル。そして起きているミクとヴァルは他の部屋を伺っていた。
『あんまり良い事とは言えないが、聞いている限り問題無さそうだな。影二の部屋も揉めている訳では無いし、もう一部屋は恋人同士だしな。……問題が出てくるとすれば、もうちょっと後か』
「神どもが来て言ってたからね。突然複製されて召喚されたんだ、元の世界とは生活レベルが違うって。そういうのが不満になって降り積もり、やがて爆発する。その時にあの四人はどうなるのか……。まあ爆発しない可能性もあるんだけど」
『とりあえず見守る事しか出来んな。訓練もあるし、案外暴発している暇は無いかもしれん。命の恐怖も偶然とはいえ、影二の御蔭で伝えられたからな。死というものも理解しただろう』
「まあ、理解できなきゃ死ぬだけだよ。それに死んでくれれば監視する対象が減って楽になるからね。こっちとしては悪い事なんて何も無い。自分達の命は自分達で守るべき」
『早めに実戦訓練はさせたいところだな。自分の手で生き物を殺した事も無いらしいし、流石に生き死にから遠ざけ過ぎだと思うぞ。その割には知識は豊富に持っている。妙な連中だ』
「そうだね。ま、問題無さそうだから最低限だけ残して停止するよ」
『俺も大元に戻ろう。若者が乳繰り合ってるのを聞いてもしょうがない』
<消音の魔道具>で消されている筈の音が聞こえるとは、流石はアンノウンの聴覚である。意味不明だが、今さら考えても無駄でしかない。それにしても、相変わらずスペックが高すぎる肉塊だ。
そんなミクはいつも通り最低限の監視をしつつ、本体で物作りをしている。特に影二の装備なのだが、庇う際の盾を作っておいてやらなければいけない。特にタワーシールドとカイトシールドは準備しておくべきだ。
いつ強力なスキルを使う魔物が現れるかは分からない。その時になって手遅れというのは後味が悪いし、特に美輝の怨みや憎しみが自分達の方に向かってこないとも限らない。
ミクは美輝の心の中にドス黒いものがあるのは感じ取っていた。それが良い意味で影二に向かっている事も。おそらくは執着、または束縛だろうと当たりを付けている。
実はそれは正しく、星川美輝という女性の本質は結構重い。その事をミクが既に見切っているのは驚きだが、負の感情だからこそ肉塊には分かりやすかったのだろう。




