0012・美の化身
「ミク様。体をお拭き致しますので、服を脱がせても宜しいでしょうか?」
「うん? 脱げばいいの? じゃあ、はい」
ミクはマリロットの前で一瞬で脱いだ。正しくは脱いだというより、肉の中に収納しただけである。ついでに服や武具も含めて、全て本体が綺麗にしたようだ。
それを見て驚いたすぐ後に、マリロットは完全に思考が停止してしまった。自分の目の前には、完全な美の化身が居る。それを脳が認識した瞬間、意識が完全に無くなったのだ。美の女神は流石である。
いつも主たるカレンの体を拭くのは眷属達の特権でもあり、彼女達の日常でもあった。眷属が故に奉仕は喜びであり、またその美しさに欲情する事も日常である。吸血鬼は子を残せないが故に、性に対しては奔放な者が多い。
そんな中にあっても、身内だけで済んでいるカレン達は立派である。しかし、そんなカレンの美しい裸体を見慣れている彼女であっても、心を奪われるしかなかった。それほどの美が、そこにはあったのだ。
「あら、まだ体を拭……」
その時、自らの部屋に戻ってきた主と従者は、美の化身たる裸体を見て、もう一人の従者と同じく思考が停止した。まるで時が止まったかの様な部屋の中にあって、それを動かしたのは当然の如く怪物だ。
「脱いだんだけど、まだ立ったまま居なきゃ駄目? 何故か全く動かないし、体を拭くんじゃなかったの?」
「………あっ。は、はい! すぐに!!」
ようやく正気を取り戻したマリロットは、己の主に対する以上に恭しく丁寧に、そして繊細な力加減で宝石を扱う様に体を拭っていく。
本来ならば自分以上に優先するその姿を、他人の前とはいえ叱責せねばならぬ筈の主は、未だ美の化身の裸体を見て惚けているのだった。
「ん……ようやく話が出来そう。何でさっきから動かないの? そっちのも。後、執事も来たけど止まってる? ……変なの」
「仕方がありません。天上の美の女神もかくやという、ミク様のお美しい裸体を見れば、誰もが惚けてしまうのは当然の事でございます。我が主も大変お美しい方ではございますが、ミク様は主以上であらせられますので……」
「え、ええ。そうね……。流石に私もミクに対抗心を抱いたりしないわよ。というより、マリロットはよく拭けるわね。私はちょっと、触れるのも畏れ多い気がしてくるんだけど?」
「私も主に対して最初はそうでございました。今は慣れましたが、最初は皆が同じでございますよ? オルドラスは眷属では一番若いですが、男であるので一番大変でしたでしょう……」
「その執事は未だに動かないね。後、この体は美の女神が言って決めた姿だよ。これなら襲われやすいって言ってたから決めたんだけど、これに決めるまで何回も修正して苦労した。男の方も修正は凄く多かったね」
「うん。今、猛烈に納得したわ。美の女神が監修して作られた肉体なら美しいのは当然よ。それに貴女なら肉体を自由に作り変えられるものねぇ……。それでも怖ろしいほどの美しさだけど。それよりフェルメテ、お願いね」
「あ、はい。かしこまりました」
カレンも服を脱ぎ裸になったので、フェルメテというメイドが体を拭っていく。部屋の入り口で固まっていた執事のオルドラスは再起動したのか、慌てて持っていた盥を置くと、一礼するのも忘れて出て行った。
「オルドラスが礼儀を忘れるなんて珍しいわね。とはいえ、あれほどの美を見せられたら仕方がないか。本当に綺麗よね……下界の誰にも作り出せないでしょうし、至宝と言っても過言じゃないわ」
そのカレンの呟きに、メイド二人は何度も頭を上下に振る。それは頷きというより、ヘッドバンキングに近いほどの激しさであった。そんな中にありながらも、メイド二人は美しい裸体を傷つけない様に、細心の注意を払いながら拭っていく。
それも終わり、ミクとカレンは裸のままソファーに座って話す。その傍らに立ちながら、幸せそうな顔で二つの裸体を凝視しているメイドが二人。既に頭の中が茹だっているらしく、自らの行いを気にもしていないらしい。
そしてそんなメイド達を気にも留めないミク。話が少し進んだ時、執事であるオルドラスが入ってきた。屋敷の者は全て離れにて休ませたと報告し、カレンは「御苦労様」と労った。
4人で致す事もある為、基本的に雇われている者達は全て、外にある宿舎で寝泊りをしている。本邸で寝泊りできるのは、家主であるカレンと従者である眷属のみ。稀に友人が来た際に泊めるくらいのようだ。
オルドラスが持ってきたワインを飲み、チーズを食べながら話していく。既に執事とメイドもソファーに座り、ミクがどういう者か、そして神々が何を考えているのか。それをミク本人の口から直接聞き、その内容に深く納得している。
彼らも元々は人間種である為、その醜さと卑しさはよく理解している。最後に眷属になったオルドラスですら既に300年以上生きており、最初の眷属であるマリロットは500年を超えているのだ。理解できて当たり前であろう。
そんな彼ら彼女らにも色々な経験があり、様々な話を四人から聞く事で、ミクは何となく誘惑というものを知る。これはなかなか大変だとミクが思っていると、カレンが性的な経験はあるのかと聞いてきた。
そもそも肉塊であるミクに性欲などというものは存在しない。その事を聞いたカレンは、「是非知っておくべきよ、男女のどちらも!」。そう言ってミクをベッドに誘った。
そもそも快楽など感じないミクを相手にしても意味など無いのだが、無知というものは怖ろしいものである。もしくは怖いもの見たさであろうか?。
怪物との戦いの結果は、ミク以外の全員が白目を剥いてノックアウトされたという、誰しもが予想する通りの結果に終わった。快楽を感じない触手持ち相手に、勝てる道理など無い。
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時は過ぎて翌日。ベッドで倒れている四人を無視して目を開けたミクは、ソファーに座って服を着ていく。脱ぐのは肉に入れれば済むのだが、着るのは人間種と同じく普通に着る必要がある。
服を着終わったミクはソファーに座り、昨夜の事を考える。色々あったが、まずはワインだ。酒の中に含まれる酒精、つまりアルコールはミクには効かないらしい。執事やメイドのように酔う事も無かった。
次に行為中にカレンに咬まれたのだが、血を幾ら吸われても特に問題などは無いようだ。魔物の血を飲む事で吸収しているが、その後は取り込んで自分の血に変えているらしい。
その血は4人にとって天上の甘露だったらしく、随分と強請られた。それはいいのだが、血の神が本体の空間に来て、血をかなり奪っていったのだ。その量たるや人間種100人分を超える程である。
また一つミクが神々を恨む理由が生まれたが、神々はミク以上に頓着しない。アレらには何を言っても無駄だと、ミクも既に諦めている。そんな事をつらつらと考えていると、カレンが目覚めたようだ。
「おはよう。随分と寝てたけど、いつもこんなもの? 起動してから色々と考える余裕があったよ」
「おはよう……。昨夜は誰かさんの御蔭で、とっても”素敵な”夜だったわ」
言葉とは裏腹に不満気な目でミクを見るカレン。ミクはそんな事など一切気にせず、再び思考に耽る。その姿を見て諦めたのか、溜息を吐きながらカレンは三人を起こす。
執事とメイドは起きた瞬間「ハッ!」として、慌てて部屋を出て朝の仕事に向かって行った。少しゆっくりした後、フェルメテが持って来た服に着替えてソファーに座るカレン。
着ている服装は、いつもの受付嬢の服だった。




