0127・ベイオン家とクロン家
そろそろ昼に差し掛かろうかという時間なので、ミクは食堂に行く事にした。昼食を注文し席に座ると、複数人の男達が入ってきたようだ。そいつらはミクを見つけると真横のテーブルに着く。
鬱陶しい連中がまた来たのかと思っていると、先に向こうは両手を挙げて争わないというジェスチャーをしてきた。
「すまねえな。俺達はアンタと争う気は無い。むしろウチの馬鹿がアンタに突っ掛かったそうで申し訳ない。オレの名はガルナトス・ベイオン。アリューシャの兄だ。実はな……アンタに聞きたい事がある」
「アリューシャの居場所? まだクロン流の道場に居ると思うけど、行ってみたら?」
「やっぱりそうか……。あー、いや勘違いしないでくれ。アリューシャとウィーデリオの仲を裂こうとかは考えていない。そんな事をしたらアリューシャに殺されてしまうからな」
「じゃあ何が目的なの? わざわざ下っ端まで連れて来てさ。敵対の意思があるようにしか見れないけど?」
「それは、すまん。コイツらはオレの身を守る為について来てくれただけなんだ。アンタがとんでもなく強いって聞いたから。それはともかくとして、オレとしてはむしろアリューシャとウィーデリオをくっ付けたいんだよ」
「ん? ………思ってたのと逆なんだけど、どういう事?」
「ああ。実はオレも親父から結婚しろと催促されてるんだが……ヴァルディナ・クロンと付き合ってるんだよ。ウチの親父はやたらクロン流を敵視しててな。向こうはウチに対して何も無いっていうのに」
「ふーん……食事も終わったし、一緒に付いてってあげようか? その方が行きやすいんでしょ」
「す、すまねえ。助かる!」
食事を終えたミクは、ガルナトスと共にクロン流の道場へと移動した。最初ガルナトスが来た時にアリューシャとウィーデリオは警戒したが、実はガルナトスとヴァルディナが付き合っていると聞いてビックリしていた。
慌ててウィーデリオはヴァルディナを連れて来たが、ガルナトスの近くにミクが居た事で勘違いし掛けた。そこはアリューシャとウィーデリオが説明し、何故か居たクロン家の両親の説得で納得したようだ。
それはいいのだが、ヴァルディナは興奮が治まった後で突如吐き出したのだ。慌ててガルナトスが介抱するも、ミクはハッキリと現実を突き付ける。その方が手っ取り早そうなので。
「吐いてるとかよりも、そこのヴァルディナって妊娠してるけど? そもそも私の【魂魄感知】にお腹の中の反応出てるしさ。それなりに大きくなって来てるんじゃないの?」
そう言われたヴァルディナは何とも言えない顔をした後、素直にガルナトスの子供だと白状した。自分の両親にも、ガルナトスの両親にも納得されないだろうと、密かに産むつもりだったらしい。友人にも頼んでいたそうだ。
この事に父親は激怒、何故話さないんだと言い、母親は産まれてくる子供に大喜びしている。ちなみに話さなかった事に怒っているだけで、父親の方も孫には喜んでいる。
両親が喜んでくれるとは思わずヴァルディナは泣き出してしまい、状況が二転三転してしまったガルナトスはついて行けていない。アリューシャにケツを蹴られて、ようやく正気に戻ったくらいである。
慌てているガルナトスはヴァルディナの両親の前で、結婚したい旨を報告し、父親から盛大に殴られていた。理由は、付き合っている女性の妊娠に気付かないとは何事だ、という話のようだ。結婚自体は構わないらしい。
ついでにアリューシャとウィーデリオの結婚もどさくさ紛れに認めさせていた。もちろんアリューシャが。こういう時の女性は強かなものであるし、男は口を出すべきではない。
このまま放っておいても大丈夫だろうと思ったミクは、シレーっとその場を離れて居なくなる。他人が幸せなのはいいが、ミクが居ても仕方がない。何より暇でしょうがないミクはさっさと離れたかったのだ。だって関係無いし。
適当に夕方まで町中をフラフラしつつ、良い気分のまま食堂に行く。夕食をとって宿の部屋に戻るも、上機嫌でヴァルと話す。
『この町に来たのは正解だったね。ペイダ町はクソみたいなチンピラ流派があったけど、こっちじゃ幸せそうなのが居ただけ。ベイオン流の奴等が認めなくてもあの二人が家を出ればいいだけだしね』
『そうだな。あの二人はベイオン流のナンバー1とナンバー2だ。出て行かれたら大打撃になるだろうし、折れるしかないだろう。折れなければ強制的に当主交代ぐらいはするんじゃないか?』
『だろうね。そもそも流派の名前と技が残ればいいだけで、今の当主が必要かと言えば要らないだろうし。ここの流派はまともっぽいから大丈夫そうで助かるよ』
本当に胸を撫で下ろしているのはヴァルなのだが、ミクの機嫌が良いと精神も楽なので何も言わないヴァルだった。
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次の日。宿の更新をしないで食堂に行き、朝食を注文して席でゆっくり待つ。朝の客の会話の中に、昨日の二流派の話があったので選別して聞く。
「昨日、ベイオン流の当主が息子に交代したんだってさ。何でも嫡男が新しく継いで、クロン家のお嬢さんが輿入れするらしい。何でも隠れて付き合ってたらしく、既に妊娠してるんだってさ」
「へー……。あそこの当主っていえば、確かクロン家を目の敵にしてなかったか? 息子に叩き潰されて無理矢理に当主交代をさせられたのかねぇ。とはいえクロン家のお嬢さんを妊娠させたってなら、責任とるのは当たり前だろうしな」
「それだけじゃねえらしい。前の当主は入り婿だろ? だから必死に自分の所を盛り上げようとしてたらしいんだけど、孫が出来るってんで奥さんが叩き潰して当主を交代させたんだそうだ。おっかねえよなぁ」
「……あれ? 前の当主の奥さんっつったら<槍の乙女>じゃねえか。そりゃボコられるわ。勝てる訳ねえだろうよ」
どうやらアリューシャやガルナトスの母親は本家の血筋であり、同時に女傑だったらしい。頑なに反対してた前の当主も、本家の血筋の人には勝てなかったうえ、実力でも勝てないならどうにもなるまい。
他人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死ぬと言うが、死にはせずとも、無理矢理引き摺り下ろされる事はあるようだ。悲しい結末だが、「孫見たい」のパワーには勝てないのだろう。きっと。
朝食を終えたミクは町を出て少し離れると、ヴァルの背に乗って東に出発する。サンテ村、ドック村、ヨミテ町と進み、今日はここで泊まる。他の冒険者や馬車もあるのでここ最近はあまり進めていない。
仕方がないのだが、どうにかしたいミクとヴァル。とはいえ事故を起こす訳にもいかず諦めてもいる。酒場で食事をしていると女性が舞台に行き歌い始めた。今日はそれをスルーすると、女性は銀貨を入れた男性の下に行く。
そのまま食事を終えて部屋に戻ろうと思った時、白耳族の男性がナイフを使ったジャグリングを披露しているのが見えた。試しにミクは銀貨を入れると、白耳族の男性は何故か驚いている。
そのまま宿の部屋に一緒に行き話を聞くと、白耳族は男女共に大抵男性に買われるらしく、女性に買われたのは初めてとの事だった。ミクとしては普通の男性が知りたかっただけなのだが……。
肉塊は一切加減をせず、白耳族の男性から搾れるだけ搾ったようだ。男性は気絶するように眠ってしまっている。
流石に可哀想になったミクは、気絶している男性に<精力剤>を多少注入してから肉体を停止したのだった。




