0126・ウィーデリオとアリューシャ
「それで困っているんです。私はベイオン流で一番強いので……更にウィーはクロン流で一番強いですから余計に難しくなってしまっていて。でも今さらウィー以外の男性なんて嫌ですし……」
「まあ、それはそうなんだろうけどね。とにかく試合があるって聞いたし、そこで叩き潰せば良いんじゃない? 二人で乱入して全員倒したらこう言えばいい。この結婚を認めないなら新しい流派を興すって」
「あ~……ん~……それなら、いけるかもしれません。ペイダ町で剣術道場が三つ巴になって、面倒な事になっているのは知られていますし、そうなるぐらいなら認めて貰えると思います」
そんな話し合いも終わり、明日ウィーデリオに話してみるという事で眠りについたアリューシャ。ミクとヴァルは肉体を停止させて、本体と大元に戻るのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
次の日の朝。起動したミクはアリューシャを起こし、宿の部屋を延長したら食堂へと行く。朝食を二人分注文して待っていると、昨日殴った男とその子分らしき奴等が店に入ってきた。
そのまま真っ直ぐ来てミクに殴りかかってきたので、拳を受け止めて握り潰した。「バキャ!」とも「ベキィ!」ともいう妙な音がして、男の拳は砕ける。凄まじいまでの絶叫を上げてのた打ち回るが、ミクの知った事では無い。
そもそもいきなり殴りかかってくるなど、まともな者ではないのが分かる。ペイダ町もそうだが、帝国にはチンピラが多過ぎる。昨日の事もそうだが、この男はとにかく他人を殴らなければ気が済まないのだろうか?。
「テメェ!! 兄弟子をよくも!!!」
「お止めなさい! 昨日、私に殴りかかってきたからこそ、横から殴られたんでしょうに! 今日また殴りかかってきたのです、今度はそうなっても文句など言えません。大体、相手はランク10の方……つまり<魔窟>の方ですよ? 勝てる訳がないでしょうに」
「「「「「ラ、ランク10……」」」」」
ここでも冒険者ランク10は大きく扱われるらしい。拳を潰された馬鹿を連れてスゴスゴと帰っていった。ミクとアリューシャはゆっくり食事をし、その後にクロン流の道場へと行く。そこには練習していたウィーデリオが居た。
ミクは近くに居た門下生にウィーデリオを呼んでくるように言って待つ。すぐにウィーデリオが来たが、アリューシャの顔を見て喜んでいる。
それはいいのだが、ラブラブは後回しにしてもらって事情を説明すると、すぐにミクとアリューシャは母屋に連れて行かれた。
ヴァルも一緒について行くと、そこにはウィーデリオの両親が居た。ウィーデリオがアリューシャを両親に紹介すると喜び、新しい流派を作るなどと言わず、いつでもウチに来ればいいとあっさり言って終わる。
話がここで終わったのでミクが帰ろうとすると、ウィーデリオがミクが強いんじゃないかと聞いてきた。どうやら単に手合わせがしたいだけらしい。どうしようか迷っていると、横から自分も手合わせしたいとアリューシャが言い出す。
ラブコメが急にバトル漫画に代わったが、ミクは二人の挑戦を了承し訓練場へと移動する。剣術道場と同じく青空道場というか、屋根のある所で練習はしないようだ。雨の日は普通に体を鍛えるだけらしい。
ウィーデリオの両親やクロン流の連中も見に来たが、ミクは短槍程度の木槍を持って相対する。ただ何もせず凪のように待つミクに対し、細かくフェイントを使って牽制するも効果が無くて驚くウィーデリオ。
仕方なく一旦下がりジッと力を溜めるような姿を見せる。すると周りがどよめいた。おそらくは何らかの【スキル】を使うのだろうが、何が使われても良いように構えるミク。
「【閃】」
その瞬間、閃光の如き突きがミクに向かって放たれた。この技、実は<閃光のガルディアス>が使う【スキル】と同じものである。彼は帝国に来た事など無いが、自力で習得し<閃光>と呼ばれるようになったのだ。
その閃光の如き突きを避けるミク。周りからは大きなどよめきが聞こえた。まさかクロン流の奥義が回避されるとは思わなかったのだろう。ウィーデリオも悔しそうな顔をしている。なのでミクは見せる事にした。
「そこで構えて。私が同じ【スキル】を使うから、自分との違いを把握しなさい」
「はっ!?」
「二度は言わない」
そう言うと、慌ててウィーデリオは構えをとった。しかし彼が持っているのは長槍で、ミクが持っているのは短槍である。速突きに関しては、長い方が有利であり短い方が不利になる。
何故わざわざ短槍で同じ事をするのか、そして何故ミクがクロン流の奥義が使えるのかウィーデリオは疑問を持ったままだった。それが悪かったのだろうか? 彼は一瞬で突かれた。
「【閃】」
その動きは閃光を超えていた。ミクの動き始めが見えた時点で、既に突き終っているのだから。
あまりにも速過ぎる突きは、そもそも回避不能であるという事を知る。何が起きたのか理解出来ぬままウィーデリオの手合わせは終わった。
周りで見ていた者達も一切理解する事が出来ず、周囲は静寂に包まれている。そんな中、ミクはアリューシャに出てくるように言うと、途端に呪縛が解けたかのように動き出すアリューシャ。
ミクを目の前にして構えているものの、アリューシャは動けないでいた。目の前の相手は相談に乗ってくれた優しい人ではなく、今は得体の知れない怪物だったからだ。先ほどの突きはアリューシャにも見えていない。
その事がアリューシャの動けない最大の理由でもあった。しかしウィーデリオの声援を受け、アリューシャは勝てないまでも自分の全力で動き出す。その【スキル】はベイオン流に伝わる奥義であった、
「【蛇竜穿】」
短槍を回しつつ左手で制御し、回転しつつ柄をしならせながら突く。それが【蛇竜穿】の正体だ。目の前の相手からすれば、ブレる槍先が視認し辛い厄介な【スキル】と言える。しかしミクは簡単に弾く。
そしてアリューシャに構えるように言ってから、とある【スキル】を放つ。それは同じものではなかった。
「【残廻穿】」
それは【蛇竜穿】によく似た、されど更に難易度が高く難しい【スキル】だった。ブレる槍先の残像だけが見え、実際の槍先は別の場所にある。その為、目に頼っていては回避できない一撃。
視認している映像が間違っているという、回避困難な【スキル】に唖然とするしかないアリューシャ。何より自身の流派の奥義よりも先にある【スキル】に、ただただ脱帽するしかなかった。
二人に目指すべきものを見せたミクは、このぐらいで良いだろうと思っているがヴァルは呆れている。そもそも片方は【スキル】を突き詰めたものであり、片方はおそらく使える様になる者はいないであろう【スキル】なのだ。
ヴァルが呆れるのも当たり前の事だ。それでも楽しかったミクとしては満足だし、この二人なら目指してくれそうなので無駄ではないと思っている。最後に挨拶をし、足早にクロン流道場から立ち去るのだった。
自分が【スキル】を見せるのは良いのだが、教えろとか言われると面倒で仕方ない。なので逃走したのだが、だったら見せなければ……と思うヴァルだった。偶にはミクも目立ちたいのだろう、きっと。
ちなみに先ほどの二つスキルだが、やはり肉塊の人外パワーなら再現出来るので【スキル】として使う意味は無かったりする。肉塊の能力が圧倒的に高すぎるが故に、こういう事が起きてしまうのだ。
ミクにとって【スキル】を覚える事は、対処方法を覚える事と変わらない。それでも他人に伝えるなら無駄にならずに済むだろう。そう前向きに考えるのだった。




