0124・肉塊という存在と本質
夕食を終えたミクは堂々と宿に戻って部屋に入る。感知系のスキルは切らしてないが、隠れている奴は宿の中まで追いかけては来なかった。何処の部屋に泊まっているかの確認はするんじゃないかと思っていたのに拍子抜けだ。
ミクはそう思っていたが、それは間違いである。宿の中まで確認に行けば誰かが気付く可能性もあり、思っているよりもリスクが高い。特に気配や魔力を隠している者など完全な不審者である。そういう意味もあって追跡は宿の前までだったのだ。
ベッドに横になり肉体を停止すると、あとは最低限の監視で時を待つ。ヴァルも丸くなって分体を停止した。
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夜も更けた頃、宿に押し入ってきた連中がいる。その者達は一目散にミクの部屋を目指して移動し、部屋の前まで来た。鍵を外から開けて中に入ってくる。他の鍵は宿にあるマスターキーだけである為、これで宿の関与は確定だ。
侵入者はミクに近付いたが、近付く事しか出来なかった。その状態で倒れ落ち麻痺毒で動けなくなる。他の連中も全員動けなくなり、ミクはベッドから起き上がると部屋の扉を閉めた。これから尋問の始まりだ。
「お前達は何処の何者? それと、何が目的で侵入してきたかを話せ」
「オレはヨッド流の門下生。師範代に言われてこの部屋に泊まっている女を攫ってこいと命令された。宿の息子が門下生なので、そいつに言って鍵を持ってこさせた。一番後ろで倒れている奴だ」
「ヨッド流の師範代っていうのは、フェイル流の道場でボコられた奴? それとも食堂で歯を四本折ってやった奴? どちらか言え。それと、気配や魔力を消して尾行してきた奴は誰だ?」
「師範代は鼻の骨を折られ、歯を四本折られたそうだ。それと気配と魔力を消したのは、おそらくダルト流の<影刃>だろう。師範代がダルト流に頼んだとか聞いている」
こいつはコレ以上の情報を持っていなかったので他の奴からも聞いていく。大体は同じだったが、一人だけ詳しい奴がいた。そいつから更に深堀して聞いていく。
「ダルト流の<影刃>には、おそらく女が云々という頼み方をした筈だ。その方法ならアイツは必ず乗る。何故なら奴の好みはスレイノートだからだ」
「その女はダルト流の一族に関わりがあるの? それともダルト流の門下生?」
「<影刃>は男だ。ダルト流の一族に連なる男で、男にしか興味の無い奴。あの男は相当強いが、その自分を屈服させてくれる男を求めていると聞いた」
「何でお前はそんな事を知っている? それと、それは有名な話なの?」
「俺は師範に聞いた。師範は昔<影刃>に挑んで負けた後、尻を滅茶苦茶に犯されたらしい。一部の者達は奴が男にしか興味の無い奴だと知っている。オレのように掘られた者から聞いたそうだ」
「成る程ね。もう聞く事は無いから、さようなら」
ミクは最後の一人の脳を喰らい本体へと転送。後をヴァルに任せて百足姿で窓から出発。まずは聞き出したヨッド流の師範代の所へ行く。とある家の中で十数人が待っており、事前情報の通りミクを犯す気だったらしい。
その家に侵入、纏まっている部屋の中に麻痺毒を散布して身動きをとれなくする。次にこの家の中に居る者を全て麻痺させ、一人ずつ順番に確認していく。結果、全員がアウトであった為、容赦無く脳を喰らい転送した。
ヨッド流はこれでいいとして、次はダルト流の<影刃>とかいう奴だ。コイツはダルト流の嫡男であるにも関わらず、流派を継ぐのは辞退し冒険者になった男らしい。理由は何となく分かるが……。
一人暮らしをしている様なので、その家に侵入して麻痺毒を散布する。すぐに麻痺したので調べると本人だと判明。脳を喰い荒らして転送した。この男は尾行しただけとも言えるが、だからといって逃がす気は無い。
逃がせば不審に思われるし、こういう時には出来得る限り潰しておくに限る。それに負けた相手のケツを無理矢理掘るような奴だ、殺しても神から文句は言われないだろう。性犯罪者だし。
全てを喰らい終えたら宿の部屋へと戻り、ヴァルと交代して肉体を停止する。後は朝まで待つだけだ。
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次の日の朝。肉体を起動させたミクは宿を出て食堂へと行く。朝食を注文して食べていると、周りを兵士に囲まれた。いったいどういう事だと思うも、兵士は一方的にミクについてこいと言うばかりで説明をしない。
その事に「イラッ」と来たミクは、朝食を食べてからだと言い切る。周りで聞いていた連中はミクが堂々と言うので拍手喝采だ。どうもこの町の兵士は横暴な者が多く、町の人には嫌われているらしい。
そんな事を考えながら食事をしていると、テーブルの上の食事を兵士が全て下に叩き落とした。
「そんなに食べたきゃ落ちた物を食べろ。俺達兵士に楯突いてこのあ………」
この兵士達は愚かに過ぎる。使い魔として生み出されてから初めて、ヴァルは心の底から嘆息した。たとえ肉ではなく食事だとしても、<喰らう者>であるミクが食事を台無しにされて、黙っている筈などないのだ。
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ミクが本気で激怒している。それは食堂の中だけに留まらなかった。町を覆う程の圧倒的な殺気と殺意の塊がそこに顕現する。それは弱い者ならば認識しただけで気を失う程の、圧倒的過ぎるナニカであった。
特に近い、否、近過ぎる食堂の者は例外無く全て気絶。それしか助かる方法が無かったのだ。そうしなければ発狂して己の心が壊れると分かっているが故に、皆の体が最低限の機能を残して精神を停止した。
だが肉塊は許さない。自らの存在意義を否定したゴミどもを決して許しはしないのだ。<喰らう者>にとって食すという事は、己の存在意義そのものである。それを否定した者には死あるのみ。
肉塊は近くの気絶した兵士を左手で持ち上げ、右手で鳩尾を突き上げる。あまりの衝撃と苦痛に咳き込む兵士。そして目の前の怒れる肉塊を認識したその瞬間、人間種としての人格は壊れ発狂した。
「!#&※A!※!!※※D*?※!##?※*N※Y※!」
もはや何を言っているのか理解不能であるが、真なる肉塊を目の前にすれば仕方がない。こうなるのは当然とも言える。真なる肉塊とは見た目ではない、その本質なのだ。
どれだけ美しく数多の者を魅了する容姿をしていても、その薄皮一枚下は星を滅ぼす肉の塊。意味不明かつ理解不能な存在であるアンノウンなのだ。ヴァルドラースがミクの事を”深淵”と表したのは完全に正しい。
ここの愚かな兵士達は”深淵”を暴いてしまったのだ。その愚劣なる行動の結果、彼らは責任をとらされる事になった。唯それだけの事である。
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全ての愚か者が責任をとらされた後、ミクは食堂を出て町の入り口へと歩いて行く。その頃には門番は回復していたが、ミクに対し武器を突き付けてきた。その事に「イラッ」としたミクは、多少の殺気と殺意を解放する。
その途端、門番はただ立ち尽くして震えるだけとなった。その門番に鉄のプレートを見せてからミクは町を出る。彼も理解しただろう、<魔窟>の中には触れてはいけない怪物が居るのだと。
ある程度の距離を離れたら、ヴァルは大きくなりミクは乗る。更に東へと進んで行くのだが、ヴァルは「もうどうにでもなれ」とヤケクソ状態だ。それも仕方のない事であろう。誰が他人の食事を勝手に叩き落すと思うのだ。
やっている事が完全にチンピラと同じである。ヴァルにしても、まさか兵士があんな事をするとは予想外であった。
尚、あの兵士達は、実はヨッド流の門下生である。ミクが言った通りチンピラ流派だったのであろう。




