0123・フェイル流の奥義
「何と言いますか、真剣を持っている相手であったのに加勢をせず申し訳ありません。一応謝罪はしておかないといけないので、今しておきます。ただ、明らかに弱い者虐めではありましたが……」
「弱かろうが強かろうが、真剣を持ち出した以上は殺されたって文句は言えないよ。私が殺さなかっただけで、あの剣を奪って殺しても良かったんだしね。まあ、そこまでする価値も無い連中だったけど」
「それにしても、食堂で助けていただいた時もそうでしたが、凄まじい強さですね。あの回避の時の動きを見れば分かりますけど、何処まで修行すればあんな事が出来るのか……」
「うむ。確かに凄い動きだったな。似た様な動きは我が流派にもあるが……ちょっと待て。助けていただいたとは、いったいどういう事だ?」
青年が師範に説明し、師範は頭を叩いて無理矢理下げさせた。まずは助けてもらった御礼が先だろうと怒りながら、二人共ミクに頭を下げている。ミクはすぐに頭を上げるように言い、あんな乱入者が居たんんじゃしょうがないと言った。
「それはそうですが、ヨッド流の者どもが来るまでにも時間はあった筈です。にも関わらずコイツは……っと申し訳ありません。私はスレイノート・フェイル。ここフェイル流の師範をしており、この愚弟の兄となります」
「愚弟って……いえ、何でもありません。自分はアルバノート・フェイルと言います。食堂でも強かったですし、先ほども強かったですけど……未だ本気じゃありませんよね?」
「まあねえ。……ああ、私はミク。一応鉄のプレートのランク10ね。ほらコレ。ここペイタ町には剣の有名な流派があるって聞いたから見に来たんだけど、まさかチンピラ流派があるとは思わなかったよ」
「「………」」
いや、アレは単にアイツらがチンピラだっただけで、チンピラ流派ではないだろう。そう心の中でツッコむヴァル。兄弟も同じ様な事を思ったのか、何とも言い辛い表情をしている。そんな二人は気を取り直し話していく。
「しかし大丈夫ですか? アイツらは素行が良くないと聞きますし、犯罪紛いの事を仕出かすとも聞きます。何処の宿に泊まっておられるかは知りませんが、気を付けて下さい」
「大丈夫、大丈夫。今まで何度もそんな事はあったし、その度に叩き潰してきたから問題無い。バカは死んでも治らないんだから、殺すしかないんだよ。だいたい女性一人の部屋に忍び込んでる以上、殺されたって文句は言えないしね」
「まあ、そうでしょう。幾らなんでも女性が一人で泊まっているうえ、そこに忍び込んでいるのです、悪質な犯罪者として殺されても文句は言えないでしょう。ヨッド流の連中はともかく、ダルト流の連中は……」
「アイツらは訳が分からないよね。とにかく色んな事をしてスキルを覚えたら、今度はそのスキルがどう剣術に活かせるか。そんな事ばっかりやってる。スキルが使えたって基本が出来てなきゃ強くはなれないのにさ」
「まあ、そう言うな。初代様が受け継いだ奥義の事もある。それをダルト流の連中は超えたいのだろう。だからこそあんなにスキルに傾倒していったのだ。ある意味で仕方のない事だろうさ」
「そういえばウォーガル流とかいうのから奥義を受け継いだって聞いたけど、それって何なの? さっきの話からすれば【スキル】の事なんだろうけど」
兄弟は顔を見合わせ悩んだ後、言葉を選びつつも切り出してきた。フェイル流の奥義でもあるので、色々と制約があるのだろう。それは仕方ない。
「これは我がフェイル流の奥義ですので、決してお教えする事は出来ません。ただしスキル名程度ならばお伝え出来ます。ウォーガル流から受け継いだ奥義の名は【雷切り】と言います」
「ああ、あの高速の振り下ろしかー。アレが奥義なの? ………基本を大事にするぐらいだから分からなくもないけど、せめて【木の葉返し】ぐらいは使えて欲しかった。流石に高望みなのかなぁ?」
「「………」」
何で知ってるの? という顔をしているので、ミクは木剣を借りて【雷切り】を兄弟の前で使う。このスキルは簡単に説明すると、極めて高速な袈裟切りとなる。無駄を削ぎ落とし、最速最短で振り下ろす。
力を込めるのではなく、速さを極限まで追求した斬撃。それこそが【雷切り】と呼ばれるスキルである。目の前であっさり使われて凹む兄弟。そんな兄弟を無視して【木の葉返し】も繰り出すミク。
こちらも高速の斬撃ではあるが、正しくはVの字に斬る技である。木の葉が落ちてきて風で吹き上がるが如く、素早く返して切り上げる。ただし最下点で止まらず、流れるように切り上げるのがポイントだ。
高速での二連撃とも言えるのが【木の葉返し】とも呼ばれるスキルである。ちなみに両方ともミクは一度見ただけで使えるようになっており、そこまで肉塊にとって難しいスキルではない。
魂の容量は膨大だが、ミクにとっては必要なスキルではなかったりする。スキルも長く使わなければ忘れ、使えなくなってしまう。肉塊は意図的に忘れる事が出来るが、今はとりあえずで残してある程度だ。
それを言えば兄弟が何を言ってくるか分からないので黙っているが、肉塊にとってはスキルが無くても再現できてしまう。なので、そこまで重要ではない。中にはスキルでないと出来ないようなものもあるのだ。
「まさか奥義まで使える方だったとは……。どうりで強い筈です。私でさえ何とか発動出来る程度であり、貴女ほど使い熟す事は出来ません。本当に凄まじいですね」
ガックリして溜息を吐いている兄弟に挨拶して、ミクはさっさとフェイル流の道場を出た。流石に可哀想な事をしたが、それでも【木の葉返し】を見せたのだから許してほしい。そうミクは思っている。
『言いたい事は分からなくもないが、奥義をあっさり使われたら凹むのは当たり前だと思うぞ? 奥義というのは基本的に目標のようなものだろう。それを外部の者が知っているうえ、それ以上のスキルを目の前で使われたらな……』
『それはまあ、そうなんだろうけどさ。古い時代のものなんだろうけど、もうちょっと頑張ってほしいとは思う。幾らなんでもアレが奥義とは……ちょっとレベルが低いと思わなくはないね』
『主とは違い、神に教えを受けた訳ではないのだから仕方ないのではないか? もちろん、初代から進歩していないのはどうなんだという主の言いたい事も分かるがな。人間種というのは早々進んだりしないんじゃないか?』
『それでも天才みたいなのが出てくると一気に進みそうだけどね。それを考えるとダルト流とかいうのが最終的には超えるんじゃないかな? 努力し続けているみたいだし。基本は大事だけど、それだけじゃねえ……』
そんな話をしながらミクは宿へ行き一人部屋をとる。その後、食堂に行き夕食を頼んで待ちつつ感知系のスキルを使って監視する。宿への道を歩いている最中に尾行している者がいたのだが、結構なスキルを持っている様なのだ。
少なくとも【気配察知】と【魔力察知】には引っ掛からなかった。なかなかに優秀な人物のようだが、【精神感知】【魂魄感知】【存在探知】にはバッチリ反応がある。なので所詮その程度止まりだ。
それでも今までの裏組織の連中よりは優秀なのだから、褒めてやってもいいと思うミクだが、ヴァルに言われて少し考える。
『尾行のヤツだが、ヨッド流とかいう奴等が、ダルト流とかいうスキル偏重の奴等に頼んだんじゃないか? だから気配と魔力が隠せる奴が尾行しているんだと思う』
そのヴァルの言葉に考えたミクだが、襲ってくれば殺すという結論に変わりは無いので放置する事にした。
どのみち何処の誰であろうが、暴いて喰らうだけである。




