0122・ペイダ町の剣術流派
誰かは知らないもののボコボコにして鎮圧したミク。自身が食事をするのに邪魔だという理由からだが、確かに邪魔だったので他の客も助かっている。なので気にしていないのだが、ボコボコにされた側はそうでもない。当然怒る訳で……。
「テメェ!! 俺達が何処の誰だか分かってんのか!! ヨッド流に喧嘩売って生きて帰れると思うなよ……! お前ら! この女ブッ潰すぞ!!!」
「「「「「おうっ!!!」」」」」
さっきボコボコにされたのを忘れたのだろうか? 随分と頭の悪い連中である。結局ボコボコにされただけではなく、今回は血祭りに上げられたチンピラども。調子に乗っていたバカは、鼻が潰されて歯が4本ほど折られている。
流石にこの結果には周囲の人もドン引きしているが、ミクは一切気にしていない。すると、元々喧嘩をしていた片方の男が起き上がり、食事中のミクに御礼を言ってきた。
「すみません。助けていただいた様で感謝します。この者どもは急に殴りかかってきまして、おかげで抵抗できずに殴られ蹴られる羽目になってしまいました。本当にありがとうございます」
「それはいいんだけどさ、何で食堂なんかで殴られてたの? 流石に何も無い赤の他人を、いきなり殴ったりはしないでしょう。殴りつける以上は何か理由があるんじゃないの?」
「ええ。私はフェイル流剣術道場の当主の一族なんですが、ウチはかつてあったウォーガル流の正統後継の剣術道場となります。この事は町中では知られているのですが、どうしても正統後継という看板が欲しいのか、残りの二流派が……」
「ああ。力尽くで正統後継という名前を手に入れようって事ね。正統後継の道場なら人は多いんじゃないの? 何故か一族の者なのに一人で居るみたいだけど」
「正統とはいえ唯の剣術道場ですから、人を連れ歩いたりはしませんよ。それとウチは門下生が少ないんです。他の二流派から嫌がらせを受けてまして……」
「成る程ねー……。面白そうだから見に行っていいかな? バカどもの所為で、何だかとても面白そうな事になりそうだし」
「はあ……。別に見学であれば、何方も拒みませんが……」
足下でそっと溜息を吐くが、もう巻き込まれているので無駄かと考えを変えるヴァル。今のまま進むなら、巻き込まれたうえで方向を制御した方がマシだ。そう思い、色々と想定しながら対処法を考えていく。
そんなヴァルを無視して食事を終えたミクは、青年について行き食堂を出た。慌ててその後を追う。つくづく苦労するポジションは大変だ。
青年が紹介してきたのは立派な道場だった。門下生が少ないなら寂れているのかと思ったがそんな事は無く、むしろ立派でお金を持っている事が分かる。何故かと思ったら、各貴族や領主軍に剣を教えに行く事も多いそうだ。
その事も他二流派が嫉妬してくる理由らしい。元々あったウォーガル流には一人娘しかおらず、三人の弟子の一人に娘と奥義を託したらしい。それがフェイル流の始まりなんだそうだ。残りの二流派はその時の弟子達が作っている。
ヨッド流とダルト流。ヨッド流は集団剣術らしく、ダルト流はスキルに偏重しているらしい。フェイル流は元々のウォーガル流と同じく、剣術の基本を教えるそうだ。そもそも基本が出来ていなければ強くなれないのは当たり前の事である。
他の二流派はその辺りの事すら分かっていないらしい。何とも言えないミクは呆れるしかなかった。そんな話を青年の兄である師範から聞いている。父親は弟子と共に領主軍に教えに行っているそうだ。
そんなタイミングで、入り口から多くの者が訓練場にズカズカと入ってきた。訓練場は母屋の前にある庭のような場所で、今はミク達以外は誰も居ない。
「よお、フェイルの師範。今日ウチの門下生がよ、お宅の弟に暴力を振るわれたらしいんだがよー。お宅はウチと喧嘩するつもりなのかい? だったらこっちにも考えがあるんだけどなー」
「何あのチンピラ? 今日食堂で暴力を振るってたのはヨッド流とかいう奴等じゃん。私の目の前で鬱陶しい事してたから叩き潰したけど、今度は更に頭のおかしいチンピラを連れてきたの?」
「………テメェか? ウチの奴等をやってくれたのは。女だてらに多少は強ぇみてぇだが、世の中には上が居るって事を教えてやんよ!!」
「それよりアイツ馬鹿なの? ウチの奴等をやったって言ってるけど、フェイル流が関係無いって知ってたって事だよね? 自分からバラすって相当頭が悪いと思うんだけど……チンピラならしょうがないかー」
「テメェー!! ブッ殺してやる!!」
男が真剣を手に攻めてくるが、ミクはフラフラした動きでかわし続ける。袈裟、水平、逆袈裟、突き。どれもフラフラした動きのミクには当たらず空を切るだけだ。掠りもしない状況にイラつくチンピラ。
一応この動きは【歩術】の【流水】というのだが、特筆するような動きではない。ミクにとっては……。本来なら最低でも数年は修行せねば得られない動きであり、それを青年とフェイル流の師範は理解している。
「ハァ、ハァ、ハァ。テメェ、回避し続けて俺を消耗させようなんて姑息な真似しやがって……お前ら囲め。この女はここでゼッテェ殺す」
「止めておいた方がいい。危なければ介入しようかと思ったが、そちらの美女と君では実力が違いすぎる。彼女の動きの真髄が分からないなら、君の目は節穴だ」
「ハッ!! ご高説垂れやがって。お前ら行くぞ……戦いってのは勝つ事が全てなんだよ!!!」
近くにいた七人も加勢してきてミクを囲むが、そのどれもが当たらない。かわして体が崩れたところを押されて盾にされる。その結果、味方を切るという事が起きて迂闊にミクを攻められなくなった。
そうすると、今度はミクが前に出て攻撃を加えていく。ある者にはストレートを顔面にお見舞いし、ある者は股間を蹴り上げてやり、ある者には肝臓を突き上げてやった。周囲には痛みに呻くバカどもが転がっている。
そんな中、最後までワザと狙わなかったチンピラが、何を勘違いしたのか突っ込んできた。走りながらミクに剣を投げつけてきたので、素早く回避したのだが、チンピラは無理矢理抱き付いてきた。どうやら動きを止める気らしい。
「ヘヘヘヘヘ……。幾ら上手くかわせようが所詮は女。男の敵じゃねえッ!?」
ミクの背後から抱きつく形だったのだが。自分から跳んで相手の背中と後頭部を地面に叩き付けた。当然相手は激痛に腕を外してしまう。腕が外れたミクは起き上がりついでに股間を踏んで攻撃し、その後はストンピングを連打する。
他の連中も居るのでコレが一番隙の無い攻撃なのだ。チンピラは腹を中心に踏まれ、腕で守ると顔を踏みつけられる。傍目には一種の御褒美に見えなくもない状況が続き、最後には青年と師範がミクを止めた。
「相手は気を失っているようですので、流石にこれ以上は……」
「確かに真剣を使ってきたのは大問題なのですが、これ以上やれば死ぬ可能性があります。……ええ、もちろんヨッド流の者が悪いのは当然です。おって領主様に報告をしますので、どうか引いて下さい」
二人の声もあってようやく止めるミク。地面で呻いていた連中も、チンピラが一方的にボコられたからだろう。今は怯えた表情をしており、起き上がってくる気配が無い。
ミクはそんな連中を鼻で笑いながら止めてやる事にした。その後、フェイル流の師範が彼らにチンピラを連れて帰るように言い、彼らはチンピラを背負って連れて帰る。
その背中にミクは声を掛けた。
「気絶したフリをしてるそこのザコ、文句があるなら私を襲ってこい。ただし……次は殺す」
その一言でヨッド流の連中は逃げ帰っていき、その後姿を見ながら青年と師範は呆れていた。どうやら二人は、気絶したフリだとは分かっていなかったらしい。




