0121・フィランオルド帝国
帝国を東に進み、国境の町グラッタに入った。帝国という国は厄介な領土になっていて、国の中央付近で南北に分かれている。そこに山脈が連なっている所為なのだが、その所為でぐるっと回ってこないと首都には行けない。
既にその事は聞いているものの、細かな地理は聞いていないので冒険所ギルドへ行く。相変わらず子供のお絵描きレベルの地図を見せられながら説明を受けるも、やはり魔導国で聞いていた地理で間違い無いようだ。
ギルド内の者を見てみると、鉄が豊富な帝国だからか鉄の胸鎧を着けている者が多い。中には上半身の用の鎧を着けている者も居る。とはいえ、ミクからすれば重い鎧を着けて動きを鈍らせてまで、鉄の防具が必要あるのかは疑問である。
正直に言えば逃げる際に邪魔になるだろうし、体力も多く奪われていく筈。攻撃を受けない事は基本なのだから、保険で身に着けるにしても革鎧ではないかと思っている。ミクならば着けても問題無いだろうが、鉄はそれなりに重い物だ。
そこまでの重りを付けて狩りをする理由が分からない。コレに関しては王国や商国に魔導国では革鎧が多かったので、帝国特有の事情なのだが、今のミクはそれを知らない為に不思議に思っている。
すると、近くに居た女冒険者が話し掛けてきた。
「どうしたんだい? 周囲の者をジッと見てさ。喧嘩を売っている訳じゃないのは見れば分かるけど、何か不思議なものを見る目をしてて気になったんだよ」
「ん………まぁ、いいか。何でここの冒険者って無駄に鉄の鎧とかを着てるの? あんな音がするし重いし、無駄に手入れの面倒臭い鎧。私からすればアレを身に着ける理由が分からない」
「そこまでボロクソに言うかい? まあ、言いたい事は分からなくもないし、多分だけど魔導国から来たんだろ。それなら、その疑問も分からなくはないけどね。私達からすれば、あんたみたいに毛皮だけの方があり得ないんだけど?」
「これはネメアルの毛皮だから、鉄や鋼ごときじゃ傷一つ付かないよ。鑑定ではドラゴンの牙でさえ切り裂けないって出たぐらいだし。仮にネメアルの毛皮を持ってなくても、わざわざ重くて疲れる鎧を着る理由は分からないけどね」
「………本当かどうか分からないから毛皮は無視するけどさ、重いし疲れるってのは分かるよ。とはいえコレは帝国特有の事情があるのさ。分かりやすく言うと、兵士や騎士になっても困らないようにだね」
「は? ………なんで冒険者なのに兵士や騎士になろうとするの? そもそも最初から兵士や騎士を目指せばいいじゃない。何でわざわざ冒険者を経由するのか理解出来ないんだけど」
「だから帝国特有の事情なのさ。帝国では幾つか冒険者から成り上がった貴族家があるんだよ。正しくは騎士爵から準男爵、そして男爵だけどね。それでも冒険者から騎士爵は割と現実的なのさ」
「うん……。いや、だから、最初から兵士か騎士を目指せばいいじゃない。騎士は無理でも兵士なら問題無いでしょうに。何で冒険者を挟むのよ。私はそこが知りたいんだけど?」
その時、横から男性冒険者が口を挟んできた。女戦士の見た目の冒険者では埒が明かないと考えたのだろう。ミクに対しての敵意や悪意は無く、むしろ説明に加わったようなものだ。
「すまねえ、分かり難いとは思うが聞いてくれ。普通に兵士になると大体は一生兵士で終わっちまうんだ。平民が騎士になるのは極めて厳しい。でもな、冒険者として名が売れていると、貴族から騎士にならないかと声を掛けられるんだよ」
「つまり冒険者として名が売れると、それだけの実力があると見做される訳だ。で、そうなると唯の一般兵とは違って良い待遇になったり、上を目指せる可能性が上がる……と?」
「そうそう。だからこそ、まずは冒険者になって名を上げようとするんだ。それが帝国特有の事情ってヤツさ。だから兵士の多くは、冒険者になってもパッとしなかった奴等なんだ。コレはコレで兵士の実力が高いって事になるんだけどな」
「ああ。元々冒険者をやってた訳だから、それなりには戦えるし体力もある。無い奴を鍛えるよりも楽だし、命の遣り取りをわざわざ経験させなくても知ってるって訳かー」
「まあ、そうなんだが……。あんたもしかして高ランクなのか? 妙に簡単に理解していくけど。ランク10から上は国家間を移動したりはしないって聞くけどな。もちろん居ない訳じゃないだろうが」
「私はコレを見れば分かるだろうけど、ランク10だよ。国同士の云々より、色々な所を旅したいだけなんだけどね。話に聞いても実際に見るのは違うからさ」
「おぉーっ!! あんた凄いじゃないか! まさか鉄のプレートだとは思わなかったよ。やっぱり実力者なんだね。ランク10なら文句無く騎士になれるよ。他の国は知らないけど、帝国なら間違い無いね」
「ふーん……まあ、興味無いから旅を続けるけど。とにかく聞きたい事は既に聞けたから私は行くよ。それじゃ」
そう言ってミクは冒険者ギルドを出た。グラッタの町の入り口に向かって歩いていると、ヴァルから【念話】が飛んでくる。
『何故ネメアルの毛皮の話をしたんだ? あそこで話した事が色々な所に伝わる可能性があるぞ。主は炙り出す気かもしれんが、面倒な貴族どもまで関わってきたらどうするんだ?』
『どうもこうもしないよ。夜の間に調べて、必要なら喰うだけでしかない。そもそも狙っているからこそ口に出したんだしね。私が滅ぼされる事はまず無いし、おそらくだけど怪しまれる事も無いと思う』
『仮にもしあったら、それはそれで参考に出来るという事か。言いたい事は分からなくもないが、目立ってまでやる事か? とは思うぞ』
『気にしない、気にしない。偶にはこういうのもいいでしょ。安心、安全、慎重も悪くないけど、それだと折角の下界が味気無い。多少は楽しまないとさ、神どもと一緒になっちゃうよ』
『………』
ヴァルはその一言に何とも言えなくなってしまった。確かに神どものやる事は無味無臭で味気無い事が多いのだ。最速最短で無駄が無いのは凄いのだが、そればっかりだと疲れるだけである。
偶に<空間の神>のように遊んでいる者も居るが、多くの神はストイックというか自分の司る領域のマニアみたいなものだ。それ故に無駄などを求めずに突き詰める。なので結果として出来上がるのは、どうしても無味無臭になってしまう。
仕方がないのかもしれないが、それを叩き込まれている二人は悲鳴を上げそうだ。それぐらい余裕が無い為、大変なのである。
その二人は置いておいて、グラッタの町を出たミクとヴァルは先を進んで行く。東へと進んで行き、ソト村、サトス村、ヴルウ村、ペイダ町まで来た。ここで昼食を食べるのだが、この町には剣術流派が3つあるらしい。
何でも帝国でも名の知れた三流派なんだそうだが、元は潰れた一流派から派生したもので、今でも三流派が自分の所が正統だと言っている。そんな面倒も抱えた町だと聞き、興味があったミク。
もちろん興味は揉め事なので溜息を吐くヴァル。確かに無味無臭よりは良いのかもしれないが、トラブルに巻き込まれに行くのもどうなんだ? そのようにしか思えないのだろう。
何を言っても無駄なのは肉塊も同じだ。そう感じつつも一蓮托生でついていく。それほど大きなトラブルにならないように祈りながら、まずは食堂に行くのだが、早速何かが起こっているようである。
剣術道場すら見に行っていないのに何故トラブルが起きるのか。思わず絶叫しそうになるが堪えてついて行くと、何やら乱闘しているようだ。
暴れ回っている連中を全員叩き潰し、それから昼食を注文するミク。やはりこうなったかと、ヴァルは諦めるのだった。




