0116・魔導国内の動き
ここは魔導国にある、とある屋敷の一室。執務机の椅子には貴族が座り、その前にあるソファーには男が座っている。座った男の目付きは鋭く、かつ人を射殺せそうな程に殺意を漲らせていた。
「それ程までにお前が怒るとは珍しいな、<影縛り>。いったい何をそこまで怒る事があったのだ? 確か……私からの依頼を請けて動いていた筈だろう。アレにお前が怒る事など無い筈だが?」
「依頼は失敗だ。俺が気付いた時には既に手遅れだったと思われる。色々な奴に聞いていって、ようやくターゲットが出没する場所を特定した。その時には既に研究所の跡地には居なかった」
「研究所……? なるほどシュテンハイムが主体となって侯爵一派がやらかしたヤツか。……という事はターゲットは研究所の被害者か。何と言う事だ、我が国が生み出した怪物がエドゥナウを殺したなど……」
「別の意味で阿呆どもは喜びそうだがな。それはともかく、研究所の一角に誰かが殺されたと思わしき残滓が残っていた。なので、おそらくはターゲットは何者かに殺害されたとみて間違いない。かつて【高速回復】持ちは殺害したが、他の居場所は分からなかったというのにな」
「ここ最近立て続けだからな。山賊のボスだった男は、おそらく【危険予知】。レットン商会の商会長と副商会長は【心情看破】と【生命探知】。そしてこの二人が【剛力】と【魔力過剰】を殺害していた。そこまで判明したが、分かったのは死んだ後だ」
「まあ、レアスキル持ちが暴れ回る結果になるよりはマシだ。そう思うしかない。問題はこれらの連中を殺した奴が居るってこった。ついでに侯爵一派を殺害したのもコイツだろう。怪しいのは既に居るしな」
「ほう……! 既に犯人に目星を付けるとは流石だな。……で、証拠はあるのか? 無ければ裏でとなるが、それは難しいとしか言えんぞ。被害が出ていれば許可が下りる可能性は上がるが、被害者が被害者だからな」
「まあな。国にとってはクソどもが都合良く死んだというのが正しい。むしろ犯人など無視して各家を操れるようにするだろうよ。そんな事は政治だからどうでもいいが、鼻先でウロチョロされるとな……」
「言いたい事は分かる。とはいえ、犯人の目星が付いていても難しい事は多い。唯でさえ、我が国はよからぬ実験をする国だと思われている。一部の愚か者どもの行った、目を覆いたくなる陰惨な実験の所為でな」
「それはともかくとしてだ、王都に有名な吸血鬼が来ているぞ。俺が犯人だと思ったのもそれが理由だ。王国に居る筈の<黄昏>が何故か王都に居てな、俺も自分の眼で見て仰天した。が、問題はそれだけじゃない」
「どういう事だ? お前が勿体をつけた言い方をするのは珍しいな」
「その<黄昏>が隷属している可能性がある。俺もエドゥナウから聞いた事があるが、相手が己よりも強者でない限り、己を吸血鬼にした相手以外に隷属する事は無い。基本的には」
「ああ、それは私も共に居たのだから聞いていたさ。………つまり、王国の<黄昏>よりも強者である可能性があると、そういう事だな?」
「その通りだ。そして非常に整った顔をして貴公子のような立ち居振る舞いだった。それを見た時に、ある言葉が浮かんだんだよ。……<青の鮮血>ってな」
「バカな! <青の鮮血>は300年ほど前に殺された筈だろう! 確か……そうだ、神聖国の王都がある場所! あそこが<青の鮮血>の領地だった筈だ。既に神聖国がある以上、<青の鮮血>は倒された以外あるまい!!」
「ああ。でもエドゥナウはこうも言っていた。「誰も<青の鮮血>が亡くなったところを見ていない、その死体さえもだ。だから我々吸血鬼は今でも生きていると信じている」とな」
「確か<黄昏>という吸血鬼はグレータークラスの上位と言われていた筈だ。アーククラスさえ近い吸血鬼が従う相手となれば……」
「アーククラス以外はあり得ないだろうな。そして<青の鮮血>はアーククラスだ。吸血鬼は浄化魔法で弱体化するとはいえ、それでもアーククラス。そう簡単な事じゃ倒されないだろう」
「それは我が国の中に、いや……王都に怪物が居るという事になるんだが? お前は正気で言っているんだな?」
「俺はいつだって正気だ。信じたくないのは分かる、何より俺自身が一番信じたくない。エドゥナウの仇をとる筈が横から掻っ攫われ、挙句の果てにはアーククラスの怪物とか……いったい何の冗談だと言いたいぐらいだ」
「すまん。……とはいえ、本当に<青の鮮血>かは確かめねばならんな。すまないんだが、どこに泊まっているかぐらいは調べてあるのだろう? 情報を頼む」
「ああ。流石に何も無しに来たりはしないし、向こうは自分の姿を隠しもしていない。それよりも気を付けろよ。<黄昏>の従者すらグレータークラスの可能性がある」
「………これ以上、驚かせるのは止めてくれないか? 幾ら親友でも殴りたくなってくる」
「フッ。久しぶりに親友と呼んだな、ロールウェド伯爵?」
「お前こそ珍しく笑ってるじゃないか、ウリュウ。我等の親友が亡くなったのだ、仇を討ちたい気持ちは分かるが……。エドゥナウも、お前まで死ぬ事は望むまい」
「……そうだな」
そう言ってウリュウと呼ばれた人物はソファーを立ち部屋から出て行く。親友を見送ったロールウェド伯爵は溜息を吐くも、親友が危険な事をしなくなった事に安堵するのだった。
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ここは魔導国のスラム。酒を飲みながら適当に過ごしている人物に、怪しげな男が接触する。
「ここは<断ち割り>殿の隠れ家で間違い無いでしょうか?」
「あん? ……下らない仕事でも頼みに来やがったか? 貴族も、その使いっ走りも分かってねえな。金なんぞ魔物を狩れば幾らでも稼げるんだよ。稼げねえバカに頼め。いちいちオレ様んトコに持ってくんじゃねえよ」
「………金貨30枚でどうでしょう? それならお気に召して頂けるかと」
「んで、残りの70枚は自分の懐か? お前もバカの仲間かよ、下らねえ。今まで何度そういう事があったと思ってやがる。寝言は寝てから言え、ボケ」
「………ふん! 後悔するなよ!!」
「何だ? 今すぐ死にたいならそう言えや。なら、さっさと殺してやったのによう……」
「ヒィッ!?」
<断ち割り>という男が斧を持って立ち上がっただけで逃げて行った男。その男を見て鼻で笑う<断ち割り>。
「王都にやたら綺麗な女を侍らせてる優男が居るが、アレに手を出したら殺されるんだよ。そんな事も分からねえクソどもからの仕事なんぞ請ける訳がねえっての。アレに手を出したら、たとえオレ様でも絶対に殺されるな」
そう言いつつ顔が笑っている<断ち割り>。しかし何を思い出したのか、突然背筋を震わせる。
「あの優男ならまだマシだ。だがあの美女……アレだけは駄目だ。絶対に手を出しちゃいけねえ。アレの前じゃ死ぬしかねえ、他に道が無い。いったい何なんだ、あのバケモンは? シャレにならねえし、オレは絶対に近付かねえぞ」
再び背筋をブルッと震わせると酒を飲み、酒に逃げる男。
<断ち割り>こと、バンデア。彼は今まで自分の勘を信じて戦ってきた。そしてその勘は彼を裏切った事が無い。その彼の勘が勝てないと判定したのがヴァルドラース。そして絶対に殺されるしかないと判定したのがミクである。
彼の勘は今回も彼を裏切らなかった。彼が自身の勘を裏切るまで、勘は彼を助けてくれるだろう。




