0108・王都デウス
「せいなる力ね。聖なる力なのか、それとも単なる精力なのか。せいなる力という一言だけじゃ分からないね。おそらくは精力の方だと思うけど……」
「ん? ……何故そう思うの? 先ほどの話は何となくで分かるけど、どうして聖なる力だと思わないのか分からない。何か精力だと思う理由がある?」
「商国で少年が不良兵士に利用されてたんだけど、その子はサキュバスが<精気酔い>する程に濃い精気を持ってた。サキュバスの知り合いであるフェルーシャは、その少年の祖先に悪魔が居るって断言してたんだよ」
「あぁ、成る程な。ならば可能性は高いだろう。どこでどうしたのかは知らんが、精気の力が非常に強い悪魔が神聖国を牛耳っている訳か。どうりでアーククラスの吸血鬼であったヴァルドラースが暴走する筈だ」
「アーククラス……! そこまでになった吸血鬼が暴走するなんてあり得ない。もし暴走するとしたら、強力な浄化魔法を使われたうえで、強力な呪具でも使われない限りは絶対に起きない筈」
「正にその通りの方法だ。それで暴走したヴァルドラースは、襲ってきた者を皆殺しにしたらしい。……という事は、その悪魔は他の奴を煽ってヴァルドラースを襲わせ、その後はヴァルドラースの領地を乗っ取った訳か」
「そして、そこに神聖国を作った。……その割には神聖教とかいうエセ宗教のトップになってるし、王にはなってないんだよねえ。ズル賢いといえば、その通りなんだけどさ」
「悪魔なら受肉した後も寿命は無い。その言い訳用に教皇という立場になったのかも。そうすれば年老いなくても変ではない。悪魔だと言っているのは神罰を落とされない為……だと思う」
「ああ、我々神の子を騙ると即座に神罰を受けるからな。その程度の姑息さは持っているという訳か。そして小賢しいからこそ、神々が怒り狂っていると……。魔界にも帰れぬのではないか? ソイツは」
「既に魔界の本体は神罰を受けて滅んでいる? だからこそ、物質界に必死になってしがみ付いてるっていう可能性は高そう。どのみち私が喰えば終わるんだろうけど、逃げないようにしておかないといけないから、すぐには無理だね」
「周辺国の工作員や裏組織を潰してからでないとな。奴等がよからぬ事をして厄介な事になりかねん。そういった可能性さえ潰していかんとな。どのみち逃げたところで意味は無い。我々に対し、何処そこに逃げたから追いかけろと命が下るだけだ」
「ん。神の目から逃れる事は不可能。塵になっても追跡される。創半神族にも、そう伝わっている伝承があった」
とにかく死んだ男を喰らったミクは、ローネやネルと共にヴァルに乗って王都へと移動する。そこまで遠くはなかったものの、それなりには離れていた。そんな距離を移動した四人は、王都の前の列に並んで待っている。
周りからジロジロ見られているが、圧倒的に見られているのはミクだ。これは当たり前だが、次に見られているのはヴァルだったりする。大きくなったり小さくなったりする使い魔だから仕方がない。
しかし、その後に注目されているのはネルである。どうも小さい事に視線を奪われる連中がそれなりに居るようで、高身長で貧乳の方は注目されないらしい。もちろん注目する者は居るが、きっと物好きに分類されるのだろう。
王都の門を潜った後も不満タラタラのローネは文句を言っているが、ミクもネルもスルーしている。ヴァルは最初から会話に混ざる気は無い。誰が見ているか分からないからだ。
王都の表通りを歩いていると、それなりに高級そうな宿があったのでローネはそこに泊まりたがった。ミクとしては襲われやすい宿が良かったのだが、ネルも居る事を思い出して高級宿に決める。
中へ入ると流石は王都の一流宿と言える内装で、その宿のロビーにマリロット、フェルメテ、オルドラスが居た。カレンとヴァルドラースは居ないらしい。とりあえず部屋をとってから話そうと思い、三人部屋をとる。
それなりの値段はしたが、未だに賭けの時のお金を使い切っていないので余裕だった。支払い後、三人に近付くと向こうも気付いたようだ。
「久しぶりー。マリロット、フェルメテ、オルドラスの従者三人が居るのに、カレンとヴァルドラースが居ないってどういう事? 何かあったの?」
「御久しぶりでございます。夕方まで一旦休んでいたのですが……カレン様の我慢が限界に達してしまいまして………」
「成る程。部屋で盛っているのか。相変わらず愛に狂った吸血鬼は始末に負えんな。私と同じように鍛えられても知らんぞ。神は一切の情け容赦が無いからな」
「流石に貴女ほど酷くないわよ。ここ最近は村や町での聞き込みとか、バカな連中に絡まれて禄に無かったから限界になっただけ。七日ぶりだったのよ。それぐらい良いでしょう」
「ふん。既に夕方だろう。この後でもいいではないか。それすら待てなんだのであれば、偉そうな事など言えんだろう。私などミクが商国に出発した日から無いわ。徹底的に叩き込まれてな」
「「「「「………」」」」」
流石に神のやった事に対してツッコミを入れる程、吸血鬼主従は愚かではなかった。その時、ヴァルドラースがミク達の中に知らない人物を見つける。
「こんにちは、お嬢さん。私はヴァルドラース・ルスティウム・ドラクルと言います。お嬢さんはミク殿かローネレリア様のお知り合いですか?」
「私の知り合いでも、ローネの知り合いでもないよ。彼女はネル。自己紹介は自分でした方が良いんだよね?」
「ん。私の名はネルディリア・アトモスト・ヴァイヘルム・ドヴェルク。名前にもある通り、種族は創半神族。宜しく、アーククラスの吸血鬼」
「「「「「………」」」」」
「まあ、驚くだろうな。私もミクの本体空間で驚いたからな。永きに渡る私の人生の中でも、創半神族に会ったのは初めてだ。お前達でも会った事はあるまい」
確かに珍しい種族であるし、会う事など滅多に無いだろう。それに相手が創半神族だと分かるのも稀だ。それはいいのだが、何故ローネが踏ん反り返っているのだろうか? 皆が悩んだ後スルーする事に決めた。
「そういえば、ここに居たって事は夕食に行くんだよね? 終わったら部屋に行くから、ちょっと情報交換しようか?」
「ええ、分かりました。こちらとしては渡せる情報が多くはありませんが……」
「共有しておかないとマズい情報もある。そちらの情報云々は二の次だな」
「分かりました」
そういってヴァルドラース達を見送る。自分達も夕食に行くかと言い、四人で適当な酒場に入った。ローネもネルも酒を注文していたが、ミクとヴァルは水を飲むだけである。
ネルは不思議に思って聞くも、アルコールが効かないと聞いて可哀想な者を見る顔をしてきた。ミクが疑問に思って聞き返すと、案の定な答えが返ってくる。
「酒精で酔えないなんて人生の八割は損している。間違い無い。私達がそうではなくて良かった。酔えないのなら気にならないのかもしれないけど、私はコレ無しでは生きていけない」
「山髭族の連中も同じ事を言いそうだが、祖先であるネルも変わらんのだな。私も酒は飲むがそこまでではない。流石に修行の間はそれしか楽しみが無かったから飲んでいたが……」
「神からの修行……どんなものであっても受けたくない。流石にとんでもないのが分かる」
「ローネは性欲が強過ぎて色ボケしてたから、叩き直されてただけだよ」
そうミクが言うと、ローネは木製のジョッキに口を付けながら横を向き、ネルはジト目でローネを見るのだった。




