0104・レットン商会
昨夜の女性とは宿の玄関で別れ、ミクは食堂へと移動する。酒場でなくとも体を売る歌い手が居るんだなと思いつつ、朝食を注文して待つ。適当に水を飲んでいると、大柄な男と手を繋いで入ってくる昨日の歌い手の男が居た。
どうやら男性に買われたらしいが、満更でもなかったようだ。周りの客もよくある事なのかスルーしているのでミクもそれに習う。別に何かを言うつもりも何も無いのだが、どうにも周りを見て確かめてしまうのだった。
朝食後、今日は山越えの為に出発する。ヴァルの背に乗り魔物を無視してドンドン先へと進み、堀と壁に囲まれた場所を発見した。誰も居ないのでそのままスルーし、今度は山を下っていく。特に何もなく向こう側に着いた。
平坦な道を駆けると壁と堀が見えてきた。おそらくあれがギュント町だろう。ミクは町の近くでヴァルの背から降り、門番の下へ歩いて向かう。門番は警戒していたものの、ミクが鉄のプレートを取り出したら理解したようだ。
確認を終えるとあっさり通されたので、町中へと入り見回る。とはいえ特筆して何かがあるという訳でもない、言葉は悪いが平凡な町だった。食堂に入り、少し早い昼食を注文して食べる。その後は更に東へ。
パス村、トイゴ村を越えてクエロ町へと到着。ここにレットン商会の本店があるのは聞いていた。犯罪活動のような事を他にもしているのは知っているので、夜中にここへ忍び込むつもりだ。
まずは宿に行って部屋をとり、それから町中で情報収集をしていく。東の村や町の話、何か面白い事はないかなど色々聞いていき、夕方になったので食堂に入る。適当に夕食を注文して待っていると、入ってきた客がジロジロとミクを見る。
欲を向けているというより、まるで値段を確認しているかの様な視線だった。偶にあるのだが、襲ってくる可能性の高い者の視線だと気付いたミクは、夜を楽しみに待つ事にする。
商会に侵入する前に肉が食べられそうな事に喜びつつ、食堂での食事を終えて宿に戻った。部屋に戻ったミクは、すぐにベッドに寝転がり分体を停止する。楽しみでしょうがないらしい。
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それから然したる時間もせずに押し入ってきたバカども。どうやら鍵開けの得意な者が居るらしく、ドアの鍵をあっさりと開けていた。とはいえ入ってくるまでが限度であり、現在麻痺毒で麻痺しており身動きがとれない。
一人ずつ脳を操り調べると、これから行くレットン商会の従業員だった。どうもコイツらは商会を隠れ蓑にして、色々な犯罪に手を染めているようだ。容赦をする必要の無い連中だと分かったので、さっさと脳を喰らい転送する。
ヴァルに頼んで後を任せ、百足になったミクはレットン商会の店へと移動していった。
店舗の後ろに屋敷があり、それがレットン商会の商会長の家となっている。部屋に押し入ってきた連中から聞き出していたミクは窓から侵入し、一つ一つ部屋を探っていく。この時代の部屋のドアや窓などは鍵など付いていない。
宿ならば付いているが、あれは不特定多数が近くに泊まっているからだ。普通の家や屋敷の中の部屋には、鍵など付いていないし付けない。なので侵入は簡単で、寝ている者の脳を操り話を聞いて行く。
すると、レットン商会の商会長と副会長は特殊なスキルを持つらしい事が判明した。商会長は相手の心を読めるらしく、副会長は特殊なスキルで商会長の身を守っているそうだ。ミクは何となく心当たりがあったので、更に体を小さくした。
その後も屋敷をウロウロするものの未だにバレた形跡は無い。人が死に転送されているのだからバレてないとおかしいのだが、ミクは予想が外れて戸惑っている。
疑問に感じながらも色々な部屋を探っていると、男女が激しく交わっている部屋があった。
その部屋は商会長の部屋だと聞いていたので「ピン」と来たミクは、即座に麻痺毒を部屋に流し込む。すぐに部屋の中の男女は麻痺したので、中に入り脳を操って男から確認していく。
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やはり予想した通り、男は研究所でスキルを発現した一人だった。持っているスキルは【生命探知】だったが、ミクが屋敷に来た時には商会長と交わっていたので使用していない。使われなければバレないのは当たり前である。
ちなみに山賊のボスが研究所の仲間だった事は知らなかったようだ。それを喋った時には商会長の女も驚いていた。ミクは脳を食べたら転送し、今度は商会長の脳を操って聞きだす。どうやらこちらは【心情看破】のスキルを持つようだ。
そして【剛力】と【魔力過剰】は既に殺害したらしい。両者から強姦された事があるらしく、先ほどの副会長に協力してもらい毒で殺していた。それと【高速回復】はスキルを活かして冒険者として活躍していたらしいが、何者かに暗殺されて死んでいる。
そして【気配断絶】と【危険予知】だけ居場所が分かっていなかったそうだ。特に【危険予知】は仲間に入れたかったそうだが、まさか騙していた山賊のボスだとは知らなかったようで”失敗した”と口にした。
【心情看破】というスキルを持ち、人間種の醜い部分のみ見てきたからだろう。他人を利用する事しか考えていない女だった。その商会長の脳も喰らい、さっさと転送して屋敷を出る。ちなみに副会長に対する愛情などは一切無かった。
体の良い性欲解消相手でしかなく、副会長の愛情を利用していたようだ。やはり子供の頃からスキルを持つと碌な事にならないのだろう。ミクは何とも思っておらず、屋敷の者を食い荒らしているが……。
屋敷の者達を喰らった後、気分良くミクは宿の部屋へと戻る。寝ていたヴァルと交代し、事の顛末を話すと何とも言えない顔をした。その事は気にせずベッドに寝転がると肉体を停止するミク。ヴァルも狐姿になり、丸くなって停止。大元に戻った。
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次の日の朝。食堂に行って朝食を頼むと、何やら兵士が忙しなく動き回っている。食堂の中にも入ってきたし、一人一人に話を聞いているようだ。何かがあったらしい。
ミクの所にも来たので話を聞くと、どうやらレットン商会の屋敷は蛻の殻だったそうだ。
レットン商会が、何かの事件に巻き込まれたのではないかと調べているらしい。ミクが登録証を出すと不審な人物を見なかったか聞かれたので、見ていない事を話す。すると、すぐに離れて別の者に聞きに行った。
『不審な肉塊は知ってるけど、不審な人間種は知らないからねえ。私は嘘は言っていない。……まあ、そんな下らない事は横に置いといて、意外に早く知られたね?』
『そうだな。レットン商会というのが、それなりに大きな規模の商会だという事を抜きにしても早いと思う。何がしか、朝から話し合いでもあったのに出てこなかったとか? 多分だが気付く何かがあったんだろうな』
『だよねー。幾らなんでも何かないと調べたりしない筈だし、慌しく走り回ってる。そこまで調べなきゃいけない何かがあるのかな?』
『さあな。もしかしたらだが、領主か誰かはレアスキル持ちだと知っていたのかもしれない。それが突然居なくなったなら、殺されたと思っても不思議じゃないな。もしくはレアスキルを使って脅されていたとか?』
『そっちも可能性はありそうだよね。【心情看破】っていうぐらいだし、嘘を吐いてるかどうかは分かりそう』
今も兵士は走り回っているが、興味の無いミクは無視して食事を堪能していく。朝食後、ゆっくりと町中を歩いて門まで行き、登録証を見せて町を出る。更に東へと行くのだが、途中で北へと道を変えなければいけない。
そのまま東へと行き続けると帝国へ行ってしまうからだ。まずは隣のオッゴ村へと行く為に、大きくなったヴァルの背に乗るのだった。




