0100・フェルーシャとの別れ
十分に鑑定を楽しんだミクは王と第一王女に御礼を言って王城を出た。ミクが声を掛けた時にも呆然としていたが、その間隙を突いて逃げたとも言う。鑑定板のルールというか使い方もある程度学べたので、ミクにとって実りある時間だったろう。
王と第一王女にとっては違うかもしれないが。ミクは帰りの道を早歩きで急ぐ。貴族どもが何を言ってくるか分からないので、いちいち関わりたくないのだ。だからこそ急いで貴族街を抜け、平民街まで戻ってきた。
一息吐いたミクは、適当に辺りをブラブラしつつ買い物をする。言い訳用に旅に必要な物を買い、アイテムバッグに詰め込んだら宿に行って一日だけ部屋をとる。その後、早めに酒場に行き夕食を注文すると、目の前にフェルーシャが来た。
助けた少年も連れているが何かあったのだろうか?。
「いえ? 特に何も無いわよ。ウチの傘下の娼館で働かせているわ。まあ、当然裏方だけどね。表に出すと男娼と勘違いされて買われる恐れがあるから流石に出せないわ。それより、ミクはリリアルが絶倫だって知ってたの?」
「??? ごめん、何を言ってるのか分からない。私はその子が喰えないからフェルーシャに預けただけ。他は特に何も考えてない」
「ああ、そうだったの。この子リリアルは、おそらく祖先に悪魔がいるわ。その所為だろうけど精力絶倫なのよ。どの系統の悪魔が入ってるかは定かじゃないけど、どうも精力関係の力を持つみたいね」
「へー……。まあ、私にとってはどうでもいいし、興味も無いけどね。それより、そんな話をするって事は何かあったんじゃないの?」
「そこまでの話ではないんだけどね。自分の素の実力で戦わないと、これ以上強くなれないじゃない? それで練習相手にしようと思ったら、濃い精気の所為で<精気酔い>を起こしかけたのよ。それで中断せざるを得なかったの。まあ、その御蔭で発覚したんだけど」
「よく分からないけど、その話に私は関係無いよね? 何で私にしているのか分からないけど」
「そうなんだけど、少しぐらい聞いてくれてもいいじゃない。ま、とにかくリリアルの祖先には悪魔が入っているわ。多分こっちで受肉したんでしょうけど、まだ生きてる可能性もあるから気を付けなさい。一応」
「ああ、そういう事ね。一応ありがとうと言っておくよ。仮に悪魔がいたところで、私にとっては大した相手じゃないけどさ。それより、私はこの国を出て行くから」
「急ね。こっちこそ聞かなきゃいけないじゃない。何かあったの?」
「第一王女の呪いを治したら王城に行く事になって、そこで鑑定板を出してきたから遊んでたんだけどさ。私の持ち物を調べてたら神の名前っていうか、ナントカの神って出たから適当に逃げてきたの」
「……何やってんのよ。というか、神の関わった物を持ってるのなら、出さなくても分かるでしょうに。何でいちいちそんな事をしたの?」
「鑑定結果がどう出るか気になったんだよ。ここで調べておけば、次から色々考えられるからさ。そしたら神って出るんだから、しょうがないでしょ。まあ、ネメアルの事も出たけど」
「ネメアルって、確か<天を貫く山>に居る獅子の魔物だったわね。とんでもない強さの獅子で、魔剣や魔槍を持った者達でも全滅したって聞くけど………倒したんだ」
「首の骨を圧し折って殺したよ。武器が全く効かないから、あの時はそうするしか勝つ方法は無かったしね。その後、ネメアルの牙とか爪を使って解体したんだ。毛皮とかも持ってるけど、今は羽織ってない」
「迂闊に見せびらかすと碌な事にならないから止めておきなさい。それで、この国から出てどこに行くの? ここから東へ行くと神聖国だけど、早速行くの?」
「行かない、行かない。一旦王国に戻って東かな? 魔導国に行ってみようと思ってる。というか神聖国の近隣国、つまり王国、商国、魔導国、帝国を回ってから、最後に神聖国に行く気だよ」
「成る程。それぞれの国にある神聖国系の裏組織を潰してから、最後に行くって訳ね。暗躍を潰してからの方が良いのは確かだし、遠回りだけど一番良い方法だと思うわ」
「でしょ? ……そうそう<堕落の園>とかいう危険な薬物を栽培してた奴等を潰しておいたから。<堕落のオーセス>ってそこのナンバー2だったらしいけど、知ってた?」
「………ミクが潰してくれたのなら良いけど、知ってたわ。正確に言うと、何処かの紐付きなのは知ってたけど、ジャンキーどもを生み出してる所だったとはね。で、潰したってどういう事?」
ミクは適当な会話をしながら【念話】で詳細に話す。途中から呆れた顔を向けてくるが、リリアルだけは分からず食事に集中している。全てを聞いたフェルーシャは溜息を吐いた後、全てを放り投げた。
「神様の命ならしょうがないわね。それより食事も終わったから帰るわ。ミクに会って色々あったけど、まあ感謝してる。それじゃ」
「失礼します」
そう言ってフェルーシャとリリアルは酒場を出て行った。酒場でするような話ではないが、周囲に聞こえていても問題無い。神の事を聞いたとしても誰も本当だとは思わないだろうし、本当に関わりがあったら迂闊な事は出来ない。
神聖国の関わりでも、それを詳しく聞こうとするのはスパイぐらいだ。むしろ怪しいとなる。そういった意味でも、二人は態とそういう会話をしていたという事だ。
ちなみに各国の位置だが大まかに言うと、南西に王国、北西に商国、中央下に魔導国、中央北に神聖国、東に帝国となっている。帝国は国土が広いのだが、その反面土地があまり良くない。あくまでも農業では、だが。
代わりに工業は発達しており、鉄の掘削は盛んに行われている。周辺国で最大の鉄国家だ。そして神聖国は逆に鉄製品が厳しい。特に鉱山が無いのが痛いと言える。他の国は普通程度だが、潤沢にある訳ではない。
王国は農業、魔導国は魔石、商国はワイン、帝国は鉄。神聖国だけが何も無いのだが、ヴァルドラースの時代には色々あったらしい。なので国内開発も何もせず、適当に指示しているだけなのだろう。
『<神聖教>とかいう邪教が蔓延る国なのだから当然ではあるが、最低限の政治すら出来ないなら奴等は何をしているのやら。戦いの神が召喚させた奴等を奴隷にしたとか言ってたけど、それって<幸福薬>でしたのかな?』
『おそらくそうじゃないか? 相手に無理矢理いう事を聞かせるなんて呪具以外は無理だろうしな。奴等が使える物と考えるなら、<幸福薬>での洗脳が一番分かりやすい。だからこそローネが殺しに行ったんじゃないか?』
宿の部屋に戻って、既にベッドに寝転がっているミク。ヴァルもベッドの上で丸くなっているが、まだ二人とも肉体は停止していない。
『本体空間で聞いたら、それが事実みたいだね。<幸福薬>で狂わされてた五人を始末したらしいけど、もはや狂った殺人鬼みたいにされてたっていうのは流石に……』
『無茶苦茶だな。戦いの神が鉄槌を下せと言う筈だ。そもそも召喚された連中は神聖国を良くする為に神が呼んだんだろう? 奴等にとっては都合の良い駒か。……神聖国の田舎町に居たところを殺害?』
『そこにターゲットでもいたのかな? それとも…………いやいや、農業をしてたって。……ああ、普段は隠す為に普通の事をさせてたって訳ね。で、仕事があれば殺人鬼になって殺すと』
『本当に碌なものじゃない。そのうえ神が発現させてやっていた五人の【スキル】も、洗脳で都合良く利用してたと。どこまでも最低な連中だな』
どれだけ言葉を尽くしても尚、足りないほどのクズどもである。それを再確認しつつ、肉体を停止して本体空間に戻るミクとヴァルだった。




