ギルドなスクールのヤツら 2
枕の近くに蓋を開いて置いた懐中時計のアラームは童謡『雪の精』のオルゴール風メロディで、氷属性『アイスピクシー』をモチーフにした幻像まで映しだされる。
演出過剰だから魔力の燃費の悪い、ヨバーンに来るまでに受けた依頼の報酬の1つだ。
「ふぁ~っ」
俺はあくびしながらベッドからのそのそ身を起こして懐中時計の蓋を閉めてメロディもピクシーの幻像も切った。
パジャマで起き上がり、一応、衝立の向こうを伺う。ナスカのベッドがあるのだが、
「何を覗いている?」
部屋はベッドのすぐ向こうがリビング兼ダイニングで、その向こうに湯浴みもできる洗い場と繋がった洗面所がある。
そこから出てきたナスカに牽制された。既に着替えも済んでいて、身だしなみチェックでもしてたらしい
「別にっ、お前が寝坊していないか確認しただけだし!」
「ほう・・さっさと顔を洗って歯も磨いてこい。君も今日からバイトだろう?」
「まぁなぁ」
大人しく従って身だしなみセットをマイ桶に入れて洗面所に向かう俺。ナスカはマントを上等品に新調し、髪もすっきり纏めていた。
「研修と言ってもしばらくは座学と技能確認と試験の繰り返しだ。帰り時間は一定しないから、気にしなくていい」
「おう」
洗面所に入る。
「一階の食堂の今日の朝食セットのAは美味かった。ただあの乳女にデレデレするんじゃないぞ? 朝からだらしないっ」
「わかった」
遅番だと思ってたが、朝からシフト入ってんだ。
俺は洗面所に置いてある自分の方の陶器のコップを取って、給水タンクから水を注ぎ、この間買い換えたばかりの歯ブラシの木の先を濡らして磨き粉を降る。塩が入ってるヤツを使う派だ。
「戸締まりは忘れないように」
「はいはい」
歯磨き開始。
「行ってくる」
「もがっ」
ドアの閉まる音がした。
ずっとコンビで旅してきたが、擦れ違い生活の始まりだぜ・・
で、Aセットを頼んだ。
「お待ちどぉ様でぇす」
朝のホールはワーローズ族のオッパイさんだけだったから、運んで来るのもオッパイさんだ。
「ありがと」
この宿『銀貨3枚亭』に泊まってまだ3日目だが、さすがに『オッパイ耐性』が付いてきた。不意打ちがなければ平静を装えるぜ。
「頂きます」
テーブルの縁に両拳を置いて一礼する一般的な『兵士の食礼』をする。別に兵士でもないが男子だとわりとよくやる。
食べ始める。うん、悪くない。ハムエッグは普通だが、スープが川魚スモークなのがアクセントだな。調理し過ぎない所が、いい。
「・・・」
「うふふっ」
「・・・」
「うふっ」
「いやっ、何っ?!」
オッパイさんがずっと近くで飯食うの見てくるっ!
「実は、私も再来月から冒険者スクールに入校するんですよぉ?」
「ええ? そうなんだ。職業は?」
「僧侶でぇす」
「へぇ~、はぁ~」
基準がよくわからないからアホみたいな受け答えしてるぞ、オイっ。
「私はぁ、ワーローズ族のラクスミ・エバーヒルでぇす。お客さんはぁ?」
「ああ、俺はジュウエモン・シルバーモルト! サポーター登録では取り敢えず汎用型サポーターにしてる」
「それぇ、何も決まってないヤツじゃないですかぁっ、ジュウエモン君! うふふ」
ドッ!
「ごふっ」
笑った拍子に背中をはたかれたんだが、力強っ。川魚の身、吹きそうになった。ホントに僧侶??
朝食を済ませた俺は短期のバイト先に来ていた。
サポーター業と家の粉屋の手伝い以外だと初バイト! ちょっとでも稼ぎたいのと、密度の高い世間を見れるのがいいとギルドで紹介してもらったのは、
「新人っ、21番! 13番! 36番! 上がったよ!『ピンク』も皿下げなさいよぉっ!!」
黒い肌のちょっとお姐なフロアチーフが怒鳴りまくるっ!
「あっしたぁっ!」
「うぃッスっ!」
俺と、ギルド支部でゴネてたピンク髪の女子は慌てて料理を運びっ、皿を下げに行く!
開店準備の時点で戦場だったがランチタイムが始まるともはや地獄っっ!!
俺達は激務で有名な倉庫通りの労務者向けの食堂『山賊殺し』で働くことになったっ。
ギルド系の店らしいが、スクールに入る前にここのシゴきに耐えられず田舎に帰る人がチラホラいるというブラック職場だっ!
「そういや名乗ってなかったな、俺もスクールに入る予定のジュウエモ」
「あたしはルペサリタ・ティンクルトーチ! ハーフフェザーフット族! 17歳! ジョブ盗賊! ナンパなら後にしてくんないっ?」
「いやっ、そういうワケじゃっ」
早足で並んで進むタイミングだったから!
そこへ、
「今日から奇遇だな、お二人さん。『俺が』来たよ?」
脈絡無く、ホールの制服を着た金髪のイケメンの人間族が謎のポーズで現れた。
コイツこの間ナスカをナンパして追っ払われたのだ。
「まさに新星っ! 魔法使いジョブ! テオ・オールドキャビネット! 二十歳! 後衛職としてスクールの首席を取ることを宿命付けられている男なのだが、なぜか女に金を持ち逃げされた為にっ、哀しみを抱えながらもこんなパンピー用の食堂に」
「くぅそぉっ忙しいのに長々しいわっ、おっりゃーーっっ!!!」
「ぶっはぁっ?!」
キレたルペサリタにヒップアタックを顔面に喰らってブッ飛ばされるテオとかいう魔法使いっ。
「・・取り敢えずフロアチーフんとこ行った方がいい、つーか、なんでいきなりこっち来た??」
「りょ、了解っっ」
残念なイケメンはほっといてっ、俺とルペサリタは自分の仕事に戻ったワケだ。
・・それから約3週間程、俺達は山賊殺しで働きつつ、時間が合えば銀貨3枚でラクスミとも話し、たま~に顔を合わした研修漬けのナスカにテオが『超塩対応』される日々を過ごした。
普通の飲食バイトより給料も良かったが、これだけの激務に慣れてくると判断力、瞬発力、忍耐力、その他フィジカル全般上がった実感があったぜっ。
『世に働き、飯を食う人々がいる』
と体感もできた感じ。
ラクスミも含めて短期バイトを終えた俺達は、入校前の最後の訓練を兼ねたサポーターの仕事をする前に、ギルド系の有料訓練場で4人揃っていた。
『結構デキる方の飲食店員』に仕上がってる状態から『冒険者候補生』のモードに切り替えようぜ? と、軽く模擬戦をすることになったのさ。
全員、自前の訓練着とレンタルした木製の簡単な武器を装備だ。
「借りたコートのこの距離で模擬戦だと、前衛職のジュウエモンが有利過ぎんだわ」
「俺、前衛職なのか?」
「フッ、両手に軽く酒樽抱えられるヤツは前衛職と考えるべきだろうね」
「私、酒樽はぁ6個持てますよぉ?」
「ええ~?」
俺とテオとルペサリタの声が揃ったりしたが、結局、ルペサリタ&ラクスミVS俺&テオでチーム戦をすることになった。
「女子チームが勝ったら、ヨバーンの恥じらい奢ってもらうかんね!」
「あれ、美味しいですよねぇ」
「俺達が勝ったら、そうだな。フッ、『ジュウエモンが普通にナスカさんと同室で寝泊まりしてるがどうなってんだよ??』問題をハッキリさせてもらおうかっっ」
「はぁっ?! 別に俺達っっ、つーか、それじゃ勝っても俺にメリットがっ」
「やってやんよーっ!」
「パフェ御馳走様でぇ~すっ!」
「めくるめくメロドラマっ、暴いてやろうじゃないかぁっ?!」
勝手にバトりだす3人っ。
「お前らなぁ!」
ほんと別に何も無いと客観的に解説させられるのが嫌過ぎるっ。俺は全力で勝ちに行くぜ、コンニャロー!!