婚約破棄されたけど、大国の皇太子様の婚約者になりました。どうぞ男爵令嬢とお幸せに。
出来るだけ事象描写のみ、と拘ったつもりです。思い付いたので、書いてみました。
ヒネヒトヒライン王国の公爵令嬢カフラント・オンファンガッシャは、同国第一王子(筆頭王太子候補)のジニアス・ヒネヒトヒラインから一方的に婚約破棄された。平民上がりの男爵令嬢ノーノ・ウタリーンに嫌がらせをしたと言う理由で。否定したが(実際やっていない)、ジニアスは聞き入れはしなかった。
折しも場は学院の卒業式。会場には祝辞の為に国王と王妃の両陛下が、そして小国であるヒネヒトヒラインと比較出来ない程の領土を持つ隣国の、オーグロース帝国からも王族が来賓として、招かれていた。
卒業式では婚約者が居るならば共に入場するのが習わしだ。婚約者が居ない、或いは居てものっぴきならない理由で同伴出来ない場合は、親族と共に入場する。学院を卒業し、成人する事で新たな紳士と淑女が誕生すると言う儀礼的な意味も有り、エスコートが欠かせない為だった。
よって本来ならばカフラントはジニアスにエスコートされるべきであったが、しかしジニアスはカフラントのエスコートを拒否し、ノーノをエスコートして会場入りした。
そんなジニアスとノーノ、そしてカフラントに向けられる周囲の視線がどの様なものか、カフラントは痛い程に感じていた。
そして始まる罵詈雑言。謂れなき中傷。そして婚約破棄。まるで巷の乙女達に人気の、「真実の愛」の夢物語の様だった。
立太子こそまだであったが、順当に行けばジニアスが王太子になっていた事は違いない。と言うより、その為に結ばれた婚約だった。
オーグロース帝国の逆隣には、ヒネヒトヒライン王国よりも小国となるウベラスミア王国がある。此度の卒業式にはウベラスミア王国の誰も招かれていないが、現国王の前妻の出身国であった。先代の国王が現役だった時代に国境で、ウベラスミア王国が原因のイザコザがあり、その詫びとして当時の王太子ー現国王ーに嫁いで来た王女だった。ジニアスは彼女の息子だ。しかし、産後の肥立ちが原因で彼女は亡くなり、その後、嫁いだ後妻の侯爵令嬢が、今、座している王妃である。
王太子になるのは第一王子だと決定している訳ではないが、社会を不安定にしない為の不文律がある。第一王子が立太子するならば、それに越した事は無い。故にヒネヒトヒライン王国より小国のウベラスミア王国の、しかも外交的に立場が弱いウベラスミア王国の血を引き、更には後ろ盾を形成する母親を失ったジニアスの為に、公爵令嬢のカフラントと婚約を結ばれたのだ。
それも元・侯爵令嬢である現王妃が「直接的に後ろ盾になるのは派閥問題の為に出来なかったから」と、王妃教育の中でカフラントに頭を下げる程だった。王妃は生さぬ仲のジニアスを、国の為とは言え、自身の子供よりも優先して来たのだ。
そんな王妃がジニアスの催しを見て、どう思うのか。そんな王妃以上にジニアスの立太子に力を注いでいた国王が何を思うのか。………出来うる事なら止めたかっただろうと、カフラントは考える。
しかし思いも寄らない断罪劇場にカフラントもそうだったが、国王夫妻も驚愕に支配されていたのだろう、彼等が止めに入る前に「それならば私の妃にしよう」と割り込んで来たのだ。
来賓であるオーグロース帝国の王族が。
皇太子ポーリーガー厶はカフラントをほぼ浚う様な形で会場を後にした。オーグロース帝国の素晴らしい馬車でカフラントはジニアスに対する自身の感情を口にした。ジニアスはノーノを虐めた理由を嫉妬だと宣ったが、カフラントはジニアスに恋情を持っていなかった。そもジニアスはカフラントからしてみれば、バカ過ぎて何をやらかすか分からない存在で、ノーノとの浮気も白々と見ていた、と言うのが本音だ。婚約者の立場に在る者として苦言を呈していたが、ジニアスは妄言としか思えない返しをするので、頭痛を感じていたくらいだ。
勿論、公爵である父にも両陛下にも報告はしていたが、「学生時分のお遊びだろう」と返されたし、カフラントも「流石に成人してまでもやらかさないだろう」と思っていた。
結果はああであったが。
ポーリーガームはそんなカフラントの話に相槌を打って聞いていた。何時も冷たい目で見てきたジニアスとは違い、ニコニコと柔らかな笑みを浮かべたポーリーガームは即座に王も公爵も婚姻を認めた事を喜んでいた。「カフラントならば、皇太子の妃に相応しい」と述べた。
そんなポーリーガームは実はカフラントの初恋であった。
昔、まだジニアスとの仲がそこまで悪くなかった頃に初対面となり、密かに想ってきた。勿論、その頃にはジニアスと婚約していたので叶う事はないと封じ、忘れたつもりだった。しかし、今、この馬車の中、鮮やかに当時の想いが容易に溢れて来る。彼女は確かに幸福の中にあった。
オーグロース帝国。その国には昔、戦争狂の王が居た。現在は概ね平和で、周辺国とも上手くやっているが、広大過ぎる国土を治めるには苦労も多い。皇帝の負担を軽くする為に、後宮は必須であった。この辺りは一夫一妻のヒネヒトヒライン王国やウベラスミア王国とは事情が違った。
オーグロース帝国は一夫多妻国であったのだ。
そして大国オーグロースの男爵は下手をすれば小国の王族も気遣う程度の権力を持っていたりもする。
そして例え小国であっても、次期王妃となれば、その教育は幼少から行われる。そうでなければ間に合わないからだ。成人までに必要最低限を教育され、成人後には婚姻し、王太子妃として国の闇や影を含む、機密を学んで行く。
ならば帝国は?
勿論、幼少時から教育を受ける。次期皇太子に宛行われる婚約者は5名。この中の1人が貴族院在学中に次期皇太子妃に選ばれ、次期皇后として教育される。残り4人は次期皇太子側妃として、次期皇妃として、皇后の補佐となるべく教育される。5人で協力する事が求められるので、競争はしても、不仲になってはならない。それを勘違いする者は落とされるし、勘違いする程度の者にしてやられる者も落とされる。
そして婚姻後はいよいよ政務が始まる。必要に応じて、皇妃は自分達の手足になる者を引き入れる。ーー新たな妃として。更に帝国は広大な為に皇族の数も求められる。その為だけの妃も必要とされる程に。尚、皇位継承の秩序はその分、強く重んじられる。
それから帝国では公爵家、侯爵家は基本的に皇族との血が近い為に、全ての妃候補には選ばれない。近親婚姻を避けなければならないのだ。よって皇后・皇妃候補に選ばれるのは伯爵家の令嬢である。
皇妃の手足に選ばれるのは、指揮系統の確立の為、伯爵家からは選ばれない。子爵家から選ばれる。更に産めや増やせや用の妃は男爵家以下より選ばれる。帝国では皇妃の手足になる妃を代妃、産めや増やせやの妃を妾妃と呼ぶ。
そんな皇族の歴史書に記される皇帝妃の名は、余程の事が無い限り、側妃までである。……カフラントの名は無い。唯一の記述はポーリーガームの皇后の日記だ。
「妾妃カフラント。礼儀も分も弁えぬ妃。病没。享年(以降掠れて読めない)、」
子に付いては、後世に伝わっていない。
※ウベラスミア王国とのイザコザとその影響について
ウベラスミア王国で酷い水害が有り、周辺国に援助を願い出た。帝国が助けに入ったが、以来属国となる。間にヒネヒトヒライン王国があったので、国として維持しているが、そうでなければオーグロース帝国の一領地となっていただろう。
帝国の救助部隊はヒネヒトライン王国を横断し、ウベラスミア王国に向かった。兵士を迎えようと民達がヒネヒトラインとの国境に集まって来たが、難民と誤解した現地の兵士が民達を受け入れる気は無いと攻撃を開始。その後に帝国の救助部隊が到着したので、攻撃は止んだが、犠牲者は出た。
帝国は「ウベラスミア王国から王女を娶り、産まれた男児を王位に着けろ」と提案。ヒネヒトライン王国はこれを受諾。ウベラスミア王国は実質帝国の一領地でありながら、飛び地となる為、帝国の完全な庇護下には入れない弱小国となるも、ヒネヒトライン王国に血を入れられる事になる。
当時の、ヒネヒトライン王国王太子はオンファンガッシャ公爵家の令嬢と婚姻していたが、この様な事情と一夫一妻制度の為に離縁せざる得なかった。しかし離縁は妻の体裁が悪くなるので、まだ子が居ない事を幸いとし、婚姻を白紙に戻す形となった。その為、王太子と公爵令嬢の婚姻歴は、公式には記されていない。無かった事になったのだ。
その後、公爵令嬢に王家の総力で嫁ぎ先を与えようとしたが、公爵がそれに納得せず、出戻った彼女は行かず後家となる。
新たに王太子妃となったウベラスミア王女の死後、再び王家に縁付かせたかった公爵だが、令嬢は精神を病んでいた。「王家のせい」と公爵は主張するが、新たな嫁ぎ先を潰され、「『王女と離縁しろ』と迫る父の無理難題を止められないと気に病んでいた事が原因」と周囲は話す。正解がどちらであるかは不明。
結局、後妻となったのは侯爵令嬢であった。
※ノーノ関連について
オンファンガッシャ公爵家の領地を代理で治めているのがウタリーン男爵家。領民に無理矢理に手を出して、産まれたのがノーノ。責任を取る気は無かった男爵だったが、公爵から命じられて、駒に出来そうなノーノの事を思い出す。手籠めにされたに関わらず、ノーノを愛して育てていた母親からノーノを奪い、ノーノには母親を人質に言う事を聞かせていた。しかし途中で死亡、男爵家からノーノには知らされる事は無かった。
卒業後、全てが解決し、ノーノの素養を見抜いた王家の命令で、帝国公爵家の養女となる契約を結んだ上で、王妃教育を受ける。
※現オンファンガッシャ公爵の企み
本来ならば王妃であった姉が精神を病んだまま、亡くなった事で王家を恨んでいる。「ジニアスを国王にする」事を認めない、外交を軽んじる派閥の代表家。
王妃の実家が侯爵家の為、公爵家の圧力に対抗するのは大変。ジニアスの婚約者にカフラントを宛てがったのはこの為で、頭を下げたのは「公爵家を重んじますよ」パフォーマンスである。
公爵も「王妃に娘を着けるなら」と一旦は引き下がるパフォーマンスで応えたが、それは策略。「侯爵家も気に入らないが、王女よりはまだマシ」とジニアスではなく、侯爵令嬢王妃の産んだ王子と婚姻させようと企んでいた。その為にジニアスにハニートラップを仕掛ける事に。「見目麗しい令嬢を見付けろ」と派閥内の末端(トカゲの尻尾切りの為)に命じる。
そのハニートラップ要員こそがノーノであった。
しかしジニアスはノーノの必死さに「只のハニトラでは無さそう」と違和感を覚えて、結果的に公爵の企みを看破、両親に報告。流石にこれ以上は問題だと、公爵家排除に動いていく。同時に「お勉強しか出来ず、婚約者を勉強マウントでバカにする」タイプとは言え、努力を続けていた事には違いないカフラントを救おうとしていたが、カフラントはバカにしているジニアスの言葉を妄言扱いし、聞く耳を持たなかった。それでもジニアスにとって、初恋相手であった(ほぼ身内しか知らないが)、素養に乏しく、次期王妃に値する能力を持たないが故に何も知らないカフラントまで連座で処理するのは哀れだと、個人的に友好が有った帝国のポーリーガームに相談。そこには、カフラントがポーリーガームへの好意を隠しも出来なかったにも関わらず(故に以降、ジニアスは己の感情を隠し、それ以前からジニアスの気持ちを知る者以外、他の誰にも悟らせなかった)、それをも「国の為の政略婚姻だから互いに恋情は無い」と言う建前で許し続けたジニアスの心理も関与していたかどうかまでは不明。
卒業式前に公爵夫妻と企みに加担していた跡継ぎの嫡男を捕らえる。そして変装した王家の影を公爵家として潜入させていた。カフラントの婚姻を了承したのも影である。
カフラント嫁入り後、公爵一家は処刑された(毒杯を賜った事になっています)が、カフラントに報告する者は公式には存在していない。
※その後のヒネヒトライン王国とジニアスについて
失恋(初恋)を乗り越えたジニアスは、相思相愛となった帝国の公爵令嬢を娶り、一旦はヒネヒトライン王国の国王となる。
しかしオンファンガッシャ公爵家の派閥自体はまだ生きている為に、問題が幾度も生じる。帝国との繋がりを強めた方が国の為になると判断した事が重なり、「帝国に支配されたがっているウベラスミア王国に対して真摯に謝罪する為」と言う名目で、敵対派閥を完全に切る。反乱を予期して、予め帝国の一部になる事を条件に帝国から借りた兵を含む人材で反乱を押さえた後、ウベラスミア王国と共に帝国の支配下に入る。
その後はポーリーガームとの友誼とウベラスミア領との領地外交を利用して、ヒネヒトライン領を大いに発展させて行く。一領主となりながら、「花より実を取った賢君」として、帝国の歴史書に記される。
※おまけ
ジニアスと真実の愛を結んだ帝国公爵令嬢ノーノとの子は、帝国内に混乱無き産業革命を起こし、孫は血を流す事無く国の民主化を進めた。
ひ孫は男女平等化を図り、それ以降も福祉の発展に力を注ぐ政治家や企業を起こす者も出たとされるが、家系図に残っているのは孫の代までとされる。
お読み頂きありがとうございます。大感謝です!
☆
名前の元ネタ
ヒネヒトヒライン
「小さい+下僕」の耳で聞いたドイツ語より。小国である事と将来は帝国の一部になる事を揶揄った名前です。
カフラント・オンファンガッシャ
「勉強しか出来ない頭でっかち」を単語に分断。耳で聞いたドイツ語より。
ジニアス
鬼才。耳で聞いたドイツ語より。
ノーノ・ウタリーン
英語+日本語。NO脳足りん→アホじゃないデスヨ的な。
オーグロース
日本語+耳で聞いたドイツ語。王+大きい。作中内、一番立派なお国です。
ウベラスミア
お任せ。耳で聞いたドイツ語より。思うより長かった。
ポーリーガー厶
一夫多妻。耳で聞いたドイツ語より。ポリガミと聞こえたが、余りに名前らしくないので、ポーリーガーミ→ポーリーガーミー→ポーリーガーミンまで考えたが、打ち間違えてポーリーガームにしてしまった。「まあ良いや」でポーリーガームに。
☆
帝国に身1つで嫁いだカフラントについて。
帝国貴族とカフラント自身の権威差は勉強と言うより、状況から察しなければならない事。「現状の一番上の妃が、伯爵令嬢出自ならば公爵令嬢出自の自身より下、私が皇后」とか考えていたとしたら……。
そもそも惚れてる男からの求婚で浮かれて、身1つでの婚姻(=後ろ盾が怪しい)になっている事に気付いていなかったとしたら……。
脳内花畑で勉強してた筈の帝国の一夫多妻制度やポーリーガームが既に婚姻していた事も吹っ飛んでいたとしたら……。
と、想像して下さい。