表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

9話 新たな家族

※5月7日以下の文章を修正しました。2032年はうるう年の為、2月29まであることを失念しておりました。

次回1.20のアップデートは3月1日/1月3日14時 → 3月1日/1月3日15時

「ウラン、逃げるぞ」


「勿論、逃げます」


 俺の目の前にはレイドに参加か拒否するかの選択肢が表示されたが拒否した。経験値も無限増殖pもすっからかんなので出来ることがない。所有している武器が通用しないのも明らかなので時間の無駄だ。キャラロスト覚悟でナイトメアモードに特攻するような命知らずが、デスアタックを繰り返して攻略の糸口を掴もうと長時間拘束されるのが目に見えているからだ。


「ラーテル様が戦いを放棄したことは意外でしたが何とか脱出できましたね。」


「うむ、九頭竜ヒュドラは初めて遭遇したが眷属神さまと同じくらいの畏怖を感じた。体が強張ってしまう相手とはまだ戦えぬ。本能に抗うには経験も理由も足りぬ」


レイドの参加を拒否したことで強制的に湖周辺から森の中ほどに飛ばされた。大きな脅威から逃れられた安堵感からか経験値を横取りされた恨みが徐々に蘇って悔しさを吐き捨てる。


「もう少しで初ユニークモンスターの撃破だったのに、あの蛇野郎!いつか必ず復讐してやる。皮を剥いだら唐揚げ、白焼き、ありとあらゆる方法で堪能してやるぞ」


「余も眷属神さまに知恵を拝借しておこう。討伐するのは一緒だぞ、抜け駆けは許さぬからな」


「九頭竜に遭遇する条件が定かではないので俺も色々と調べてみます。ところで、ラーテル様の言う眷属神さまとは雷系統の総大将で雷神様ですか?」


「如何にも。先日、余のレベルアップを祝って雷鼓を一つ下賜かしして下さった。豪快だが賢く気風が良く何よりも強い。眷属であることは余の誉れだ」


「ラーテル様に守護して頂いているので俺も眷属の一員として恥じない行動を心がけます」


「現段階ではウランはあくまで余の給仕係だ。それ以上でもそれ以下でもない。今後の働き如何では場を設けて雷神様に紹介してやろう」


バッサリと眷属ではないと否定されたので少し傷づいたが、気を取り直して本題の分化について確認する。


「そろそろお暇の時間ですが、分化はどうしますか?」


「そうだな。皆で決めるから待っておれ」


ボンと効果音と共に普段より一回り小さいラーテル10体が現れジャンケン大会が始まった。1体だけ背中の模様が違うのが本体のラーテルだろう。


「ジャンケンポン、ポン、やったー!」


早々に勝負に敗れた本体ラーテルは恨めしそうに勝者のラーテルを睨みつけている。本体が俺に同行する気でいたのが驚きだ。


<ラーテルとフォスター(里親)契約を結びますか?>


補足説明にテイムと違うのは養育義務が発生することと、将来3者の合意が有れば分化独立したモンスターがプレイヤーの家族枠になることだ。


「ラーテル様、テイム契約でなくフォスター契約で間違いないですか?」


「テイム契約は一人前のモンスターが自ら申し出るもの。今の分体には十分な判断能力が無いので今回はフォスター契約が妥当だ」


敗者のラーテル9体と勝者1体は再統合したのちに2体に分化した。本体の雰囲気が少し冷たく感じる。


「戦闘能力が落ちるのを少しでも抑えようと、同行させる余の分体には精神的な弱さや甘えの部分を多く担ってもらうことにした。苦労するかもしれんが宜しく頼む」


ジャンケンで勝ったことの意味がイマイチ把握できていなかったようで全身真っ黒の小型のラーテルは不安げに俺を見上げる。


「精神年齢は人年齢で3歳弱といったところだ。戦闘能力はレジェンダリー級のレベル2相当だろう。精神力に依存する人化も使いこなせるまで時間が掛かる」


「俺はウラン。宜しく」


「うん、しってる。わたしは何だっけ?らーたる?」


「ラーテルは余の名前だ。ウラン、別の名を授けるが良い、いや、あだ名が適当かな」


「統合した際に混乱しませんか?」


「所属するコミュニティ毎に愛称が違っても不思議ではあるまい」


「君の愛称はハニカム、いや、ハニカ」


「ウランおじさん、ハニカだよ。こんにちは」


「こんにちは」


「ウラン、ハニカには経験値もカロリーも必要だが愛情も注いでやって欲しい」


ハニカは俺の周りのゆっくりと一周するとピョコンと頭に飛び乗る。しっくりしなかったのか最終的には右肩に落ち着いた。仄かに息遣いを感じて昔飼っていたオカメインコを思い出す。


「ではウラン、ハニカを頼む。お供え物も忘れるでないぞ」


「ねーちゃん、バイバイ」




こうして俺たちはナイトメアモードの終了後、直ぐに工房に戻った。現実時間は1月2日午前5時8分/ゲーム内時間では1月29日午前2時32分でこの後の予定を大まかに決める。右肩に乗るハニカは俺の右頬にピッタリと体を寄せ微かに震えている。まずは安心させることが第一だな。


「ハニカ、ここが今日から君の家でこれからは俺が親代わりだから改めで宜しくな」


ハニカを優しく右肩からコの字型に配置された事務机の上に移動して伝えた。


「ウランおじさん、わたしお腹が空いちゃった。何か食べたい」


空腹を訴えることが出来る程度には落ち着いてきたようで、机から飛び降り周りを探索し始める。俺は階段を降り1階でホットケーキを焼き、ストックしてあるメニューから特製ハンバーグを取り出した。ジュラから貰った鱗を仕切りのあるプレートに加工し配膳する。


「ハニカ、ご飯を用意したから食べてもいいよ」


「一緒が良い。一緒に食べよ」


ドライトマトとシイタケを混ぜ込んだ特製ハンバーグに目玉焼きの黄身が絡まって旨い。


「お肉、美味しい」


「これはハンバーグっていう料理だ。今日は家族になった記念日だからこれから29日はハンバーグの日にしよう」


ご飯を食べ終わると寝てしまったハニカを2階のベッドに移して本格的に行動を開始した。地下一階に神棚を整えてハニカと同じメニュー9体分をお供えすると瞬く間に転送された。2階に戻りベッドでへそ天状態のハニカに思わず笑みがこぼれる。ワークステーションを立ち上げアップデートの告知が有ったので確認することにした。


To all

来る2月1日はVer.1.10にアップデートするためメンテナンスが行われます。現実時間では1月2日9時から10時までの1時間で強制的にログアウトされるのでご承知ください。次回1.20のアップデートは3月1日/1月3日15時から予定しております。これからもミングルワールドをご愛顧頂けますようによろしくお願いいたします。アップデート内容は以下の通りとなります。


1.IDE(interactive data exchange:双方向データ交換)による味覚分野を開放します。

2.レジェンダリー級以上のテイムモンスター若しくはフォスター契約を締結しているNPC/モンスターをコンパニオンとしてダウンロードすることが出来ます。


 尚、公序良俗に反するデータ交換を発見した際には誠に勝手ながらアカウントを廃止させていただきます。脳波トラッキング機能により同一人物によるアカウントの再取得は不可となりますので十分ご注意ください。




 俺は約款を確認することにした。IDEに関して現実世界でもHMDを着用しながら食事を取ると味覚データをアップデートすることが出来るようだ。上位オプション機器であるセンサースーツを着用し好みのレシピをダウンロードすると、料理工程をトレースするようにサポートしてくれるので、現実でも食材やキッチン機器が揃えばほぼ同じ料理を味わえる。


 2030年に実装された6Gによりデジタルペットは徐々に認知され始め、AR(Augmented Reality:拡張現実)も時を同じくして普及している。コンパニオンをダウンロードできればスターターパックに同梱されたヘッドホン付のスペシャルグラスとセンサーグラブでゲーム内外でもいつでも一緒だ。


 凄いアップデートだな。俺の収入では300万もする最上位の入出力デバイスであるパワードセンサースーツは買えないが、コンパニオンに限れば初期オプションでも十分楽しめそうだ。メンテ後に食糧の買い出しを兼ねて一緒に外出するとして、まずはハニカが目覚めたら紹介して貰ったビーエスを訪ねて破損釜の情報収集する。それまでは料理と甘味のストックを増やすことにした。




「ウランおじさん、喉乾いちゃった」


俺の右肩に飛び乗ったハニカが、興味深そうに料理作りを見つめる。丁度食事メニューが一段落したので蜂蜜入りのホットミルクを一緒に飲むことにした。


「よく眠れたか?」


「うん、柔らかくて気持ちよかった」


そういえばモンスターは日頃どのように過ごしているのだろう。ゲーム的に考えればモード毎にリポップさせれば済むが、モンスターと会話が出来ることから細かく設定されているはずだ。ラーテルも俺が「消える」とか言っていたので、ナイトメアモードは常時パラレルに存在していて該当時間だけ資格のあるプレイヤーに参加が許されると推測できる。


「ハニカはいつもどうやって過ごしていたの?」


「ご飯食べてお昼寝して時々ケンカしてエライ人に会ったり色々だよ」


「イタッ、こら噛みつくのはケンカの時だけにしなさい」


暫くは甘噛みだったので放置していたが、少し本気を出したようだ。虹色の泡になって残機が1つ減少し耳たぶに穴が空いている。アドベンチャーエリア以外でもFFフレンドリーファイアが有効なのか。これからの事もあるので簡単な取り決めをすることにした。


「ハニカ、これから一緒に生活するから2つ約束をしよう。1つ、知らない人にはついていかない。2つ、本気で噛みつかない」


「はーい、ごめんなさい」


「あとは、ケンカ(戦闘中)の間は俺から離れないこと」


「わたし、ケンカ好きじゃない」


世界一獰猛で勇敢な動物であるラーテルの言葉とは思えなかった。


「俺は無理やり戦わせることはしない。けれど自身を守るために戦う方法は覚えておいてほしい」


「頑張る」


「じゃあ、これから一緒に出掛けよう」



 生産エリア工業地区の大通りから一本外れた裏道にビーエスの金物屋が有った。店名は「おれのみせ」で鉱石oreを直読みしたのだろう。店構えとしては商店街にある眼鏡屋さんの趣がある。


「いらっしゃい、ってモンスター」


「初めまして。あがりの皆さんに紹介して頂きました俺はウランとこの子はハニカです」


「テイムモンスターの同行はアドベンチャーエリア限定じゃなかったか?」


俺はフォスター契約のいきさつを含め本来の目的である破損釜の修理用素材について伝えた。


「岡山由来とあるので破損釜は通称鬼の釜で間違いないだろう。しかし、鬼の角はさておき、純鉄は概念みたいなもので現実でも特殊精錬で5N(ファイブナイン99.9996%)がやっとだ。ゲーム内だから製錬の技術まで要求しないと思うけど、ドロップアイテムとして設定するなら地下を探すのが一番の近道だろうね」


既に白地図の岡山県が開放されているので次の目的地が決まった。


「ありがとうございました。早速向かうことにします」


「待った。迷惑じゃなければついて行ってもいいかい?このゲームのアドベンチャーエリアはアイテムや情報を入手することによって解放されるけど、情報主に同行しても同じ扱いになる。僕の目標は47都道府県の制覇で、因みに僕は群馬県と地元の北海道を解放済みだ」


「他県への遠征は初めてですけど是非。俺は破損釜を手に入れたことによって岡山県と愛知県、地元の長野県の3県が開放されています」


「じゃ、準備する間に店内を見て行ってよ。ウランさんは同業者だけど武器専門なんでしょ?」


「まだ始めたばかりだし、方向性も実は固まっていない。但し、本当の専門家が実装されているので刀剣や鎧関係はやるつもりはないかな」


「だよね。鍛冶神が店番しているから僕は笑っちゃった」


ビーエスが奥に引っ込んだので店内を物色することにした。金物屋と聞いていたが鉱石は展示するほどの種類は無いようで、自作の品が数点並べられているのみだ。気になる物は金属製のバックパックで、戦闘中にハニカを背負うのに使えそうなので試しに入ってもらった。


「暗いから落ち着く。けど寒い」


金属が直接肌に触れるので冷たいと言いたかったみたいだが反応は悪くない。Askとなっているのでビーエスが戻ってきたら聞いてみることにした。


「お待たせしました」


炭鉱夫スタイルに変身して現れたビーエスを見て、俺は少しだけ警戒度を上げた。決めつけは良くないが、形から入る人とは昔からあまり相性が良くないんだよな。


「良く似合ってますよ。ところで金属製のバックパックはおいくらですか?俺もハニカも気に入ったので購入したいです」


「ゲーム内での物価がまだ定まっていないので時価としていますが、正直分かりません。要らない人にとってはガラクタですし、欲しい人にとっては必需品と思えるからです。ウランさんはお幾らだと思いますか?」


「5万エンでどうでしょう?戦闘中ハニカが避難するためのベース用素材にピッタリです」


「ベース用ってことはこのままでは足りないってことですよね。3万エンで結構です」


「いや、俺が勝手に転用してハニカ用のキャリーバックにするだけで」


「閃いた。アイデア料で今回は1万エンで大丈夫です」


代金を支払うとビーエスは手帳を取り出し皮算用を始めた。チュウチュウタコカイナと謎の呪文を呟くのを尻目に、俺は少しでも居心地が良くなるように金属製のバックパックを調整する。


こうして新たな家族ハニカとビーエスと共に岡山県のアドベンチャーエリアへと向かうのだった。


次回 宇宙よりも遠い場所 です。

3月21日午前8時の投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ