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8話 スタンピードで逢いましょう

6話を一部変更しました。

「まあね」

「まあね。属性についてもう一つ。ドロップ時、武器自体に属性が付与されたものもある。この場合、属性ソケットも増設できるが、同系統の勾玉しか装着できない」

<ピンポンパン♪ナイトメアモードに移行します。本日は肉の日(29日)、満月によるスタンピードの重なった特日の為にキャラロストが免除されます。張り切って行きましょう!>


 通常のモード移行の警告音とは違いハイテンションなアナウンスだ。これを聞いて命知らずなプレイヤーはそこかしこで雄叫びを挙げる。張り詰めていたエリア全体の空気が弛緩したものに変わると直ぐに各地で戦闘が開始された。


前回感じた悪寒と違い今日は背中に視線を感じる。振り返ると銀色と金色のメッシュを黒髪に入れた着物美女が俺を見下ろしていた。重ね合わせた衣の数が多いので十二単じゅうにひとえかもしれない。


 「ど、どちら様でしょう?」


 動揺が顔に出ないように努めて冷静に尋ねた。俺の職場であるスワ精密は美人が多いと近隣では評判の会社で、とりわけ品証部は群を抜いている。客先で謝罪する機会が多いからと入社当時の先輩が言っていたのを覚えている。そのせいで無駄に審美眼だけが上昇しているその俺も、人生で初めて呼吸も忘れる程の美女が目の前に佇んでいた。


 「何時まで呆けておる!間を空けずに来た心掛けに免じて、余に見とれておったことは不問にする。故に、約束の食事の準備をせよ。肉はたらふく食ったから甘味が欲しい」


 「もしかしてラーテル様?」


 「もしも案山子もへったくれもなく、雷獣ラーテルだ。普段は生存や戦闘に特化するためにエネルギーを蓄えておる。しかし、特日とやらのお陰でこうして人化を果たせることができた。初めての変身であるが、うぬの反応からまあまあのミテクレのようだのう」


 調味料もあるし赤銅のフライパン+3を使って桃のドライフルーツを入れたものとシンプルに蜂蜜入りの2種のクッキーを焼き上げた。お供には蜂蜜入りのホットミルクで、穴熊殺しの完成で渾身の出来栄えだ


 「美味、大好物の蜂蜜の風味が良い。味のバランスを取るのがウランは上手だの」


 冷静な口調とは裏腹に、クッキーに齧り付く表情は3時のおやつを食べる無邪気な子供そのものでギャップが凄い。ほっこりする。


 「ラーテル様、つかぬ事をお伺いいたしますが人化にはどれほどのエネルギーが必要となりますか?」


 「生命力の十分の一だから、余の場合は5万カロリーだの」


 今なら手元には十分な量の食糧がある。牛肉なら13.5kg相当のカロリーを使用すればラーテル様に逢える。眼福だが、今回はスタンピードに立ち会えた棚ぼたの入手なので数回で使い切ってしまうし、今後の冒険を考えると料理バフは欠かせないので愚策だろう。


次にご尊顔を拝謁できるのは満月の周期に合わせた一か月後か。遠いな。懊悩おうのうしている俺の顔を見て別の方法を提案してくれた。


 「降格するが分化の能力もある。その場合は仮に十体に分化すると人化に必要なのは5千カロリーで十分だ。試したことが無いのがレジェンダリー級になるので日常がちと面倒になるな。しかし、余の姿に感動してクッキーを拵えてくれたのであろう?こんな美味い物が食えるなら少々の危険は何でもない」


 折角の提案を断るのは野暮だろう。


 「実は立ち上げた工房に神棚を作る許可を頂こうと密かに考えていました。今後、定期的に訪ねるのが難しくなるでしょうからお供え物でご勘弁頂けないかと。分体か神棚かいずれかご考慮頂けないでしょうか?」

 

 「神棚は許可するのでお供え物を欠かすべからず。此方へ転送されるので9体分だ。残りの1体は同行させよう。1月に一度は統合しないと、分体に独立した意識が芽生える恐れがあるから頭の片隅にでも入れておいてくれ。さて、分化はウランが消える直前に行うからそれまで腹ごなしにひと暴れするとしよう。うぬの実力も把握しておきたい」




 ドドドと地響きがしてナイトメアモード最初に会敵したのはモールラックという8体の大型土竜もぐらだ。スクラムを組んで此方へ向かってくるから迫りくる肉の壁が暑苦しい。陣形は変形魚鱗で8体合わせてレジェンダリーモンスター級だ。


 「最大火力のベアーバイトを食らいやがれ」


 所持武器は上限いっぱいまで強化済みだ。一発9,500ダメージをたたき出す金属製のイワナがフロントロー3体の土竜を壊滅した。続いて手榴弾を全て投げ込む。5発の累計ダメージは700。既に変形魚鱗は崩壊しているがセカンドローの勢いは衰えない。


 「新作武器のお披露目会だ。愛用度も稼がせてもらうぞ」


 アサルトライフルカスタムでセカンドロー中央の2体を打ち抜くと、逃げようとする残った3体も処理した。


 <モールラックを撃破しました。経験値とエンを6万4千獲得し変形魚鱗の陣を習得しました。ドロップアイテム:フェイクドラゴンの鉤爪を獲得しました>


 初レジェンダリー武器は俺の戦闘スタイルではない近接戦闘特化の物だ。


フェイクドラゴンの鉤爪レジェレベル1:ダメージ140 

土属性が付与された禍々しい鉤爪。連続攻撃を与えると耐性値を超えた瞬間に出血ダメージを与える。初期スキルソケット(レジェ)


 フレーバーテキストを確認して興奮している俺をラーテル様はバッサリと切り捨てた。


 「何だかチマチマしておるな。雑魚処理に不足はしないが、単体でレジェンダリー級のモンスターが相手だと苦戦するかもしれん」


 確かに今までは安全マージンを取りすぎていたかも知れない。これからは近接戦闘も意識していこう。


 「丁度よい。身の程見知らずの若造達がやってきた。ウランよ、よく見ておくのだ。但し、耳は閉じておけ」


幼体のぬえ、オルトロス、ハーピーのパーティーがやってきた。それでもそれぞれがレジェンダリー級なので俺だけならば苦戦必至だろう。


3体は俺に狙いを定め、ハーピーは上空で踊り始め、オルトロスと鵺は溜めのモーションを取っている。何かしそうだ。俺は急いで経験値を無敵化に割り振った。


 「雷鼓」


 口の動きから「らいこ」と読み取れた瞬間、凄まじい雷鳴と音圧で俺は5メートル程吹っ飛ばされた。急いで起き上がり状況を確認する。ハーピーは頭蓋骨を破裂させ絶命している。ラーテル様は優雅な足取りで意識を失っている鵺とオルトロスに歩み寄り、微かに青み掛かる手刀で首を切り落とし終了した。


完勝だった。これが一般的なユニークモンスターの強さなら桁違いだ。


 「驚いているようだが、余の初撃に耐え、あまつさえ電光石火を回避したウランの方が奴らよりも数段上だ。しかし、よく見ておけとは言ったが余の顔を見るのではなく戦闘中は敵に注意を払っておけ。馬鹿者」

 

 すかさず余分に焼いておいた蜂蜜入りクッキーを渡すと、ラーテル様は相好を崩して「このバカモンが」と呟きながら齧り付く。暫くするとラーテル様は食べかけのクッキーを丁寧に包み懐にしまった。和気藹々とした雰囲気が霧散して途端に俺は膝を折る。物凄いプレッシャーを感じた。


 「俺にもよこせ」


 先程まで俺の頭が有った位置を薙ぎ払いの一撃が通過した。風圧で体が抑えられる。状況を把握しようと振り返る姿勢を取ろうとすると人化を解いたラーテルの背に乗せられ暴力の正体と対面する。


 「やはりお前か。火輪ベア」


 二本足で立ちあがった巨大な熊は振り下ろした右手を舐めている。二階建ての一軒家ほどの大きさで、その胸には炎を連ねたような輪の文様が5つ絶え間なく揺らいでいる。


 「ラーテルか、人とつるむとは相変わらず物好きだな。懐に隠し持つ食い物をよこせば命だけは助けてやるぞ」


 「お前の話は信用できぬ。その胸に刻まれている5つの火輪紋章が同族食いの証だからだ」


 「言ってみただけだ。疑わず信じた者が刹那でも安寧を感じることが出来れば、ある意味助けたと言えるだろう」


 クックックとあざ笑う火輪ベアをラーテルは切り捨てる。


 「いずれ決着をつけねばならぬと思って居った。ここで蜂蜜争いに終止符を付けてやる。ここでは互いに手狭であろうから湖周辺の開けた場所を決戦の場としようではないか」


 「お前を倒した後は後ろのちっこい奴も食らってやろう」


 俺はラーテルに耳打ちして仕掛け罠を設置した方向に誘導してもらった。




 湖面は沢山の動物で6割ほど埋め尽くされている。それらを目当てに多様なモンスターも群がり、チームを組んだプレイヤーはキャラロストの心配が無いからか格上のモンスターを討伐するために戦闘を繰り広げている。特日にふさわしいカオスだ。  


 「ダブルスラッシュ」


 火輪ベアは口から吐き出した炎を両爪に纏わらせ空を切り裂く。X形の灼熱の真空波が柵の右手に陣取ったラーテルに向かう。電源だった馬たちの姿は既にない。左にステップすることを予想していたのか火輪ベアの右剛腕が振り下ろされる。このままではラーテルに直撃だ、マズイ。


 「巨大化」


 ガキーンと金属音が響き渡り、受け止めた俺の体は7m吹っ飛ばされた。モールラック戦で獲得した経験値を無敵化に全てつぎ込んで、なお虹色の泡が一回発生し残機を使ってしまった。


 「うわー!ウラン。死んでしまったのか」


 予め伝えてあるためか、ラーテルの棒読みが酷いがこれで火輪ベアから俺の存在は無くなったはず。フェイクドラゴンの鉤爪を装着して早速罠に取り掛かる。地面を豆腐のように掘り進め、幅2mほどのコイル柵を3面追加した。ラーテルとの戦闘に集中していた火輪ベアも自らを取り囲む4面の柵に漸く気づく。


 「小賢しい。俺相手に死んだふりで通用すると思ったか?この程度の策など無きに等しい」


 それぞれのコイル柵に繋がった編み上げた4本の炭素鋼ワイヤーは地中を通っている。退避用の穴に身を隠したラーテルに手渡すと俺は地上に出てアサルトライフルカスタムを全弾打ち込む。バフ効果があるとはいえユニークモンスターである火輪ベアには効かない。キンキンと弾かれていく。


 「今です」


 俺がラーテルにタイミングを伝えると、一本のワイヤーに通電した。弾かれて今にも地面に接地し消失してしまう弾丸に指向性が生み出された。600の弾薬が一面の柵に吸い寄せられる。


 「お遊びはこれで仕舞いか?」


 「スイッチ」


 張り付いていた弾丸が対面に移動する。アサルトライフルからの射出するスピードを凌駕する指向性弾丸が火輪ベアを貫く。胸には大きな穴が空いて残り3つの紋章が真っ赤に発光しだした。東西の柵でも繰り返し、青い炎を纏った残り一つの紋章を残すのみ。


 「最後はこいつだ」


 ベアーバイトを構えて止めをさそうとすると唐突に火輪ベアの姿が消えた。目の前に壁が出現したと思ったが鱗で覆われている。遅れて衝撃と共に火輪ベアを咥えた巨大な蛇が湖の方へ引っ込んでいった。


 <パンパカパーン!レイドモンスター九頭竜ヒュドラが出現しました。レイドに参加しますか?Yes/No>


「俺の、余の、経験値がー」


 二人の叫びが深夜の白駒の池エリアでこだまするのだった。


次回 新たな家族 です。

3月14日午前8時に投稿予定です。

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