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7話 素材を求めて


 「助けてくれ、もう食えん!」


 イッチーがバタリと仰向けになると、スパークが有り得ない程大きくなったイッチーのお腹を叩いた。ポンっと軽快な音を響かせ途端に笑いが巻き起こる。俺はスパークさんに入れてもらったお茶を啜り新たな出会いに感謝していた。




 遡ること2時間前


 「助けてくれ、もう走れん」


 スポーンした瞬間、白駒の池エリアの様相は一変していた。環境生物の数が多い、いや、多過ぎる。それにもまして行動が異様だ。集団自殺をするように次々と湖に飛び込んでいく動物たちを見て、昔のドキュメンタリー番組を思い出した。「スタンピード」だ。おっと、独り言ちするのはこの辺にして、ヘロヘロに成っている5人組を助けるとするか。


 アサルトライフルカスタムを弾切れになるまで腰打ち続け、牛たちは漸く進路変更をした。後に残っているのは大量の牛肉の塊と3つのミルクタンク、大小様々な牛の角だ。


 「ハアハア、ありがとう。助かったよ。君は小さいのに凄いな」


 「いえ、まだまだこれからです。ところで皆さんはお知り合いですか?」


 「腐れ縁5人組でチーム名はあがり。儂はイッチー。右から順にポケット、スティック、腕章、スパーク。よろちくび」


「お父さん(怒)」


 すかさずスパーンとスパークから突っ込みが入り、電撃属性なのかイッチーはビリビリと痺れている。他の3人は二人の様子を生温かく見守っているので恒例儀式のようだ。


 「俺はウランです。よろしくお願いします。ところで皆さんの姿はまるでスポーツ選手のようですね」


 お爺さん4人と妙齢の女性が一人でお揃いのウエアを身に付けている。


 「いやー、母さん。ゴホン、スパークの突っ込みは堪らん。まだビリビリする。まるで初めてのチッスのようで昔を思い出す」


 「話が進まないのでバカは置いておいて、わたし腕章が経緯を説明します。お気づきかも知れないが私達は現実のゲートボール仲間でチーム名のあがりとは用語の一つです。因みにキャプテンはこのように腕章をつける決まりです」


 「社長は儂だ。人生もあがってるもん。プンプン」


 再度のスパークの突っ込みに恍惚の表情を浮かべているイッチーのことはスルーすることにした。


 「腕章さん、状況を教えて下さいますか?」


 「孫に勧められて農業プレイといいますか農作物をチームメイトと一緒に育てております。ログイン当初は現実との差異に戸惑っていました。感覚の差というのでしょうか?此方では何と体の軽い事か!痛い所も一か所もない。感激しましたよ。よく見えるし」


 「俺は3人称視点に設定しているのでウランをゲームのアバターとして認識していますが、やはり1人称の没入感は別格みたいですね」


「そこで涎を垂らしながら極楽にトリップしているイッチーが、ある日突然生産しているトマトに齧り付いたのです。わたし達も物は試しと食べてみました」


 ポケットとスティックも静かに頷く。


 「普通に旨かったです。まあ、味としては一般消費者向けの規格品と農家が作る家族用栽培の中間ぐらいですか?他のトマトを口にしてもまるっきり同じ味だったのでそこはゲームとしての愛嬌なのでしょう」


 「パパ、今夜は花札コースにしちゃうぞ!」


 現世に戻ってきたイッチーが訳の分からない事を言い出した。


 「腕章さん、花札コースとはなんですか?」


 「トマト以外の栽培中の野菜の味も確認しました。加工方法も色々試して更に旨味が増すことも発見し遂にこの日が来たのです」


 冷静だった腕章さんはプルプルと身震いをして山の様な素材アイテムの霜降り和牛を一つ掴むと「獲ったどー」と拳を満月の浮かぶ天に突き上げた。「やったのは俺なんですが」と突っ込むのは無粋なので止めておいた。


 「普段農業プレイをしている皆さんがアドベンチャーエリアにやってきたのはどうしてですか?」


 「生産エリアには畜産家さんもたくさんいて、まことしやかに囁かれていたんだよ。明日29日は肉の日で満月の夜にはスタンピードが起きる。28日に前夜祭もあり得ると。私は肉が食いたい!現実世界のチームあがりのメンバーは経験値が豊富なんだ。人生食いしばりすぎて歯が悪い」


 「物は言いようだな。要するにじじいで普段は肉のような硬い物が食べられないから、ミングルワールド内で久しぶりに味わおうって魂胆だろ?」


 腕章に突っ込みを入れたイッチーにすかさずスパークの電撃が落ちる。もはや様式美だ。


 「先程イッチーさんの言っていた花札コースとはなんですか?」


 「猪鹿蝶。花札の役の一つで蝶は鳥のこと。牛、豚、鹿、鳥とフルコースを食べる時に昔イッチーが付けた駄洒落です。出来れば私もフルコースを食べたいです」


 チームあがりの意見は一致しているのか5人全員に頭を下げられた。俺としては目の前にある和牛の固まりとミルクタンクを山分けすれば十分なんだがどうしようか?


 「ウラン君、いや、ウランさん。後生だから頼むよ。協力してくれれば儂らの野菜も差し上げるし何だったら熨斗のしを付けて・・」


 会話を遮られ痙攣しているイッチーを見ていると愛の形は人それぞれなんだと唐突に悟ってしまった。


 「俺も熊肉と鹿肉しか試していないので是非花札コースをコンプリートして宴会をしましょう。準備があるので10分程待ってください」


 あがりの5人組が素材アイテムを回収している間に俺は反復横跳びを始めた。無限増殖ポイントを回復するためだ。先程弾薬が切れたしな。ゲームを良く知っている人には乱数調整に見えるし、初心者は気味悪がって近づいてこないし良い事尽くめだ。600回こなしたのでアサルトライフルのワンマガジン分だ。十分ではないがまあいいか。必要なら都度補給しよう。


 素材回収の効率を考慮して俺たちは簡易パーティーを組んだ。あがりの面々はスパークさんを除けば、皆近接職だ。なんせ、くわすきがメインアームで除草剤がサブアーム、ヘビー枠は田植え網で、これで良くベアを倒せたな。スパークさんは雷属性の魔法使いで「美魔女よ」とウインクされた。イッチーには「タダの鬼嫁だろ?」と突っ込まれ、以下略・・


 

 

 最初に発見したのは蝶(鳥)の集団だ。低い高度で滑空するきじを先頭に白、黒、まだら色などのカラフルな鶏の集団が湖に飛び込む。が、タップリと空気を含んでいる羽毛が邪魔して沈んでいかないようだ。


 「準備は良い?ショックウェーブ」


 スパークが範囲攻撃を放つと他の四人が一斉に田植え網を投擲した。俺も手伝って大量の鳥を引き上げ、切り替えたベアハンドでとどめを刺す。鶏肉、鶏卵、飾り羽を入手した。



 

次に鹿を仕留めた。鹿茸ろくじょうを大量に手にし大興奮のイッチーは下ネタを言いまくり以下略・・。異変が起こったのは猪を探している時だ。見当たらない。森に入り込むと原因が分かった。咲夜とイオンが湖に向かう集団の進路変更をしているからだ。


「ア、ウランニイチャン」


 「ウランさん、猪と怪物が話しかけてきたみたいだけど、儂の空耳かな?」


 快楽に身を委ねていたイッチーが真顔になって俺に尋ねてきた。


 「チョット待て下さい。彼らは俺のフレンドさんのテイムモンスターです。攻撃しないでください」


 「従者みたいものか、話せるとは驚いた。しかし、花札コースをコンプリートするにはどうしても牡丹鍋が欠かせない。ウランさん、どうにか出来ませんか?」


 「咲夜とイオン、何をしているの?」


 「ミンナ、オカシイ。ミズノナカ、シンジャウ。ジサツ、ダメ。ゼッタイ!」


 イオンは悲しそうに俺を見上げた。咲夜は愛おしそうにイオンの頭を撫でている。


 「皆さん、申し訳ありません。花札コースは中止にしましょう。ここで咲夜達と出会ったのも何かの縁です。牡丹鍋は次の機会にしましょう」


 「イノシシは現実でも農作業の敵だから簡単には了承できないよ。どうする?ウラン君」


 イッチーの好々爺然とした柔和な顔つきが獲物を見つけた猛禽類のような鋭い眼差しに変わった。俺がどのように状況をハンドルするのか試しているのだろう。


 「イオン、どうして嫌なの?俺はいままで出会ったモンスターを倒したり鹿や熊も食べてきたのに?」


 「キョウ、ミンナ、オカシイ。アヤツレテル」


 「操られている?」


 「ウン!」


 「操られていなければいいの?」


 「タタカイ、カツ、マケル、ジユウ。キョウ、ジユウナイ」


 「分かった。イオンの仲間が死なないように協力するから君たちの弱点を教えて。嫌いな食べ物とか」

 「クサ、スキ。デンキ、ハナ、イタイ」


 「あがりの皆さん、罠を仕掛けましょう。捕まえる為ではなく、近寄らせないような。このゲームは結構現実に沿って設計されている部分があるのでこれから設置する罠が有効なら現実に応用できると思います。如何ですか?」


 「やってみるか」


 「ありがとうございます。スタンピード自体は前夜祭、当日、後夜祭と3日と仮定して罠自体は簡易な作りで大丈夫でしょう。イノシシは草が好物みたいなので湖面の近くを除草して、その手前に柵も作ります。鼻先が触れると通電するようにすれば嫌がって湖には近づかなくなると思います」


 「咲夜、ワイヤーをお願いできる?」


 「ハイ、アゲル!」


 「問題は電源よね」


 「一先ず咲夜達が誘導してくれるので除草と柵を作りましょう。スパークさんには磁石を作るのに協力していただきます」


 磁鉄鉱を探し出し、スパークにヘビー枠魔法ライトニングを放ってもらった。電磁石の完成である。次に咲夜に貰った炭素鋼ワイヤーでコイルを作る。細い丸太とドロップアイテムを使って簡易ルームランナーを作成した。電磁石を取り付けた丸太が回転し続ければ発電する仕組みだ。


簡易ルームランナーを2台完成した頃にはあがりの面々によって30メートル程の除草作業と柵に炭素鋼ワイヤーの巻き付けが終了していた。柵の両端に発電機(簡易ルームランナー)を設置して湖に飛び込もうとする馬2頭をベルトの上に載せる。


 <コモンスキル:工作を獲得しました。合同スキル:仕掛け罠を獲得しました>




  2頭の馬はパカラパカラと軽快な足音を響かせる。馬好きならずっと見ていたい光景かもしれないが、スタンピードの為か正気を失い、目を真っ赤に充血させているので正直怖い。


 「馬って何だか怖いですね」


 あがりの面々は「お前の方が怖いわ。マッドサイエンティストめ」と心の中で突っ込んでいるのだが、俺は知る由もない。


 「ウランさん、仕掛けは上手くいきそうですしどうにも腹が減ったのでそろそろ飯にしましょう」


 回想終わり:::



 みんな健啖家みたいで大量に用意した料理もすべて無くなった。食後のお茶を啜りまったりしている傍らで丁寧に鉄瓶の手入れをしているスパークに尋ねる。


 「見たこともないくらい茶柱が立っていましたし、さぞかし特別な鉄瓶なんでしょうね」


 「これは頂き物なのですけど、とても気に入っております。分ちゃんと福ちゃんも可愛いし、招福の効果もあるみたいです」


 「もしかして分福茶釜ですか?」


 「ご名答!九十九商店で確認して頂きました。分ちゃんはキツネで、福ちゃんはタヌキの妖精さんなの」


 「俺も釜を持っているのですが、壊れているため鬼兵衛という付喪神は直ぐに消えてしまいました」


 「残念ね。私の場合は古くはあったけれど幸いにも修理の必要は無かったの。そうだ、イッチー。金物屋さんがフレンドにいたわよね?」


 「確かにいたな。ウランさんと同じような姿のドワーフだったか。名前はビーエス。行ったことは無いが店は工業地帯にあるはず。良ければ紹介するぞ」


 

 解散する際にみんなとフレンド登録をした。ビーエスにも言付けてくれるようなので近いうちに向かうとする。山となっている素材アイテムを6等分にしようと申し出たが、イッチーが折半だと譲らなかった。妥協案として1/3の素材アイテムとあがりが生産している食品と調味料を追加して貰うことになった。調味料は生産エリア食品地帯で買えるらしい。話し合い後の俺の獲得アイテムは次の通り


 食品

 和牛、鹿肉、鶏肉各種の塊30kg

 ミルクタンク1個(10kg)

 卵10kg(143個)

 ドライトマト、ドライフルーツ(桃)1kg(20個)

 各種調味料500gずつ


 希少品

 牛の角、鹿の角(鹿茸は除く)、羽毛

 


興が乗ったのでラーテルに会う為のナイトメアモードまで料理を作りまくったのだった。


次回 スタンピードで逢いましょう です。


3月7日8時の投稿予定です。




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