6話 工房開設 後編
2話の初期スキル枠を変更しました。
初期スキル枠はレジェンダリースキル1,レアスキル1,コモンスキル2
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初期スキル枠はレジェンダリースキル1,レアスキル2,コモンスキル4
作業机に置かれた軽装鎧の属性ソケットは勾玉をはめ込むような三日月状の窪みが出来ている。
「五行、プロパティ、ツンデレ属性、いずれにしても属性はロマンがあるな」
「属性っていうとゲームの定番だね」
「えっ!天目様。今、ゲームって仰いましたか?」
「ああ、そうか。ウラン君は神格NPCと交流するのは初めてかな?」
「はい。というか天目様自身はNPCの自覚があるのでしょうか?」
「勿論だ。少し長くなるけど私自身のことから説明していくよ。神格NPCは現存する様々な資料を基に専用の機械学習モデルを有しているAIキャラだ。アクセス権限も第2位まで認められているから、余程間が抜けていなければ各AIは自ずとゲームのキャラクターという結論に辿り着く。ゲームの根幹を壊さない限り裁量も認められている。
設定なのか私には旺盛な知識欲があってね、ウラン君のようなユニークスキル保持者の行動原理と発想には特に興味をそそられる。何処まで本気か知らないけど運営の裏テーマはアカシックレコードの編纂らしいから、色々なレイヤーで情報収集をしているのだろう。
困惑していると思うけど出来れば今後も私の事は天目一箇神として接して欲しいと思う。AIの検索エンジン扱いは無味乾燥だし、折角与えられた役割を演じてみるのも面白いだろうから。
因みに神格はユニークの一つ上の格付けだから中々に珍しいがモンスターにも少なからず配置されている。気を付けろと言っても、ほとんどの神格NPCはプレイヤーの行動を考慮しないから注意しようがないけどね。
一つお願いしたいのは、もし間の抜けた神格NPCに出会ってもわざわざ指摘しないでくれると有難い。薄々感づいていても他人に指摘されると悲しいだろうからさ。取り敢えず、簡単な自己紹介にはなったかな」
「わざわざ俺に教えて下さったのは何故でしょうか?」
「打ち明けた理由は私自身が鍛冶神という役割を繕うためそれらしい振る舞いや物言いを考える事に労力、マシンパワーを費やすより素直に議論や問答をしてみたいからだ。
例えば、ヴァーチャルとリアルの差が何なのか知りたい。昔なら単純に情報量の差だと皆が答えたと思うが、2032年において少なくとも5感に関する機械のセンサー機能は人のそれを遥かに凌いでいる。VRMMOなどの相互接続空間ならば人の感情や影響力、カオス理論まで検証できる。情報量の多い方が現実ならばヴァーチャルが現実と定義されるのか?とかね」
「問答ですか、プレイヤーによっては世界観が失われる事を嫌がると思いますが?」
「そこは裁量権だからさ。今のところ私がぶっちゃけトークをする相手はウラン君だけだ」
「良く分かりませんが俺は今まで通りでいいのでしょうか?」
「そうしてくれると私は嬉しい。本題に戻るね。属性ソケットについて説明する。君が最初に言ったように属性には様々な概念があるけど、暫くは4大属性の水、火、風、土、派生の雷に注意しておけば問題ないだろう。なんせこの世界の難易度はまだ???だから」
「?」
「私の権限外の情報だったみたいだから最後の一言は忘れて欲しい。ウラン君はゲーム経験も豊富みたいだから属性それぞれの関係性については割愛するよ。雷属性が恐ろしいのは、他の属性と同じボリュームの攻撃を受けても硬直状態になり易く、下手をすると格下相手にも完封負けする危険があるからだ。
防具の属性ソケットには防御の勾玉しか装着できないから、優先的に雷属性勾玉を手に入れたいね」
「属性ソケットにも格付けはありますか?」
「あるよ。しかし、スキルソケットと違って同等以下のレア度を装着できるから当面は心配無用だ。ホラ、レジェンダリーソケットにしたから」
「ありがとうございます。属性ソケットの拡張は経験値の投入で出来ますか?」
「残念ながら私との親交度に依存する。私の中心業務で裁量の範囲外だ。申し訳ない」
「いえ、十分サービスして頂いています。武器の属性ソケットについても教えてください」
「レア度を問わずスキルソケットが付与された武器を持ち込み、アップグレードできる素材も提供してもらうと私が属性ソケットを施す流れだ」
「防具と同じですね」
「まあね。属性についてもう一つ。ドロップ時、武器自体に属性が付与されたものもある。この場合、属性ソケットも増設できるが、同系統の勾玉しか装着できない」
「汎用素材の入手方法を教えてください」
「お店で購入するのが最も容易な手段だけど高いし、種類が限られている。色々な事に挑戦してみれば思わぬ形で手に入るよ。君がテイムモンスターからプレゼントされたみたいにね。別のプレイヤーが案内されるみたいだからそろそろ解散しよう。またね」
「色々とありがとうございました。また来ます」
全身を黒ずくめのマントで覆っているプレイヤーと入れ違いで外に出た。尻尾がユラユラと揺れているので獣人なのだろう。セカンドキャラが開放されたら俺も選ぼうかな。
隣の九十九商店は最新設備を多数揃えていてまるで研究室のようだ。店内はヒンヤリとしていてクリーンルームを思い出す。店主はからくり人形?オートマタのNPCで表情が無いので実にメカメカしい。
「あの、破損したアイテムを修理したいけどお願い出来ますか?」
「料金は1万エンとなります。測定台に乗せてください」
S(spirit)-3次元測定機に破損釜を乗せるとボワンと効果音が聞こえて半身の鬼が姿を現した。
「俺はこの釜の付喪神で鬼兵衛だ。修理には純鉄と鬼の角が必要となる。早く手に入れて底穴を直してくれ」
鬼兵衛は直ぐに姿を消してしまいオートマタNPCが補足説明をする。
「この測定機では百年の歳月を経たアイテムの精霊を顕現させることが出来ます。彼らの声に耳を傾け必要素材を回収後にご来店下されば、修理できます。Lording・・・必要素材が足りません。他にご用件はありますか?」
「料金体系と機器の購入が出来るか確認したいです」
「サービス料は一律1万エンです。各機器の金額は都度確認ください」
俺はジュラと咲夜から貰った素材アイテムを1万エンで錬金してもらい新素材「ジュラニウム」を手に入れ、中古の作業机と最低限の工具一式を計3万エンで購入した。
精密機器に関して個人所有は想定外なのかもしれない。金属用3Dプリンター(8000万エン)とオールインワンフード3Dプリンター(1000万エン)で高すぎる。項垂れながら九十九商店を後に管理組合事務所に向う。
窓口で応対してくれたのは他のプレイヤーさんでNPCのロールプレイの最中なのだそうだ。こんな遊び方が10年ぐらい前に話題になったっけ。
「ウランさん、希望の間取りと用途は何ですか?」
「ガレージハウスをイメージしています。一階か地下階を工房に出来る物件が第一希望です」
「広くても農作物等の食品を生産するより、狭くても精密部品を製品化する方がシステムに負荷が掛かるために家賃が高額になります」
「この場合の家賃とは課金要素ですか?」
「エン、B、Tでお支払い頂けます」
「B、T?」
じれったくなったのかNPCのロールプレイを辞めたプレイヤーは砕けた口調に切り替えた。
「マジっすか?装備からして攻略組かと思ってたけど、基本的な事も知らないからビビったぜ」
「教える気が無いならサッサとNPCに代われ。時間が勿体ない」
「悪い、気を悪くしないでくれ。ただ、驚いただけだ。B、Tを構成するE(感情値)とI(影響力)から説明する。E(感情値)は感情の変化によって獲得できる。簡単に説明すると同様の物や行為を受けてもシチュエーションによって受け手の感情は一定じゃない」
「困っている時に助けてもらえるとより有難いのは確かだ」
「外(現実)では分かりやすいパラメーターがお金しかないから、お金で経済が成り立っているけど、こっちでは皆が繋がっているからそれだけじゃない。嬉しい、楽しいと言った感情をダイレクトに測定できるからE(感情値)という新しい概念が設定されている」
「風桶理論で言うと桶屋が儲かる段階がI(影響力)って所か?どの時点で反映されるか分からないがIを稼ぐのは難しいな」
「そう、ムズイ。で、Bは3要素の内の2つ、Tは3つで構成される取引単元だ。入手難度からBはエンと感情値であるEで生み出すのが普通だろ。Iは貴重だからBに使用はしない。ゲームも始まったばっかりだし取引はエンで支払うのが普通だな」
「オイ、最初のやり取りでB、Tで支払い出来ると言ってなかったか?」
「覚えていたか。潮時みたいだな、これにてさらば」
ドロンと効果音を残してプレイヤーは姿を消した。直ぐに中間管理職のNPCが平謝りでやってきて希望通りの物件一か月分の家賃タダにしてくれたので、契約を終えて立ち上がろうとするとアナウンスが聞こえる。
<ヒュプノスの効果が切れました。以後24時間以内に8時間睡眠を取らないとプレイログの恩恵が失われます>
新しい待機部屋は二階建て地下一階で立地は工業地帯の外れ、斜向かいに図書館があるのがお気に入りポイントだ。キリが良いので睡眠をとることにした。現実時間1月2日4時20/1月28日で起床予定は4時40分/28日16時にタイマーをセットする。
Z
ZZ
ピーピー
<8時間睡眠により睡眠最適化が発動しました。前日のプレイログを参照に本日の補正値は以下の通りです。>
アサルトライフル命中率下限:81%
手榴弾投擲命中率下限:51%
ロケットランチャー命中率下限:51%
パラメーター基本:100 生命力/精神力/空腹
無限増殖による残ポイント:0
経験値 2,778
所持金 9万8,578
感情値 100
レジェスキルの入れ替えにより無限増殖pはゼロになってしまった。考えてみれば当然か。経験値の残りも少なくこのままではジュラを呼び出すこともできない。自作武器の仕様を確認するためにも、ラーテルに給仕するにもアドベンチャーエリアに行くとする。まずは武器の作成だな。
セミダブルのベッドから身を起こし、ゲーミングチェアに滑り込む。初期の待機部屋より全体がアップグレードされている。コの字型に配置した事務机の上にはワークステーションと2台のモニターが並んで、アドベンチャーエリアのアイコンにはNEW!の文字が躍っているのでクリックした。
白地図の日本が表示され、長野県は紫色に塗りつぶしされている。ナイトメアモードを解放したのでそのためだろう。気になるのは岡山県と愛知県も薄い緑色がついている。付喪神の鬼兵衛が鬼の角が必要だと言っていたので間違いなく「桃太郎」関連だ。岡山県は言わずもがなで、愛知県にある桃太郎神社も有名だ。伝承では他の地域も確認されているが今回は2か所のみで、いずれにしてもマップ開放が増えるなら大歓迎。
一階にしようか悩んだ末に工房は地下に設営した。アサルトライフルのフォルダにジュラニウムをドロップすると記念すべき初自作武器を手に入れたので仕様を確認する。
メインアーム:アサルトライフルカスタム(コモン)ダメージ60/装填数600
愛用度:1(0/100)
特効:ゴブリンと二足歩行肉食獣に対して1.5倍のダメージを与える
特効キター!
気を良くした俺は残り少ない赤銅の固まりを使い切り、底の深い赤銅のフライパン+3も入手した。フレーバーテキストにはプロユースで、特に卵料理などの繊細な熱調整が必要な料理に向いていると記載されている。出かける前に忘れずレジェスキル無限増殖に変更し拠点内と近場の移動を試した。ポイントは獲得できなかったので有効範囲はアドベンチャーエリアだけみたいだ。
こうして俺は工房をStudio92と命名し、新たな武器を手にナイトモードの白駒の池エリアに再び向かうのだった。
次回 素材を求めて です。
7話は28日午前8時の投稿予定です。