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31話 味勝負

 ナイトモード白駒の池にやってきた。断じて一般エリアから逃亡してきた訳ではない。レイドの祝勝会と未定だったラーテルとの味勝負をするためにもナイトメアモードに移行するまでに食材の準備が必要だ。


 折角なので農業プレイをしているチームあがりの皆さんも誘ってみたが、現実の味覚データをアップロードする為に忙しいとのこと。参加できないお詫びとして幾つかのサンプルを受け取った。それぞれ最高品質の醤油、卵、白米の生データと補正味覚データである。


 お祝い事の食事といえばすき焼き。関西風か関東風か皆の意見が分かれたが、最終的には最初に肉を焼く関西風に決定した。その代わりもう一品の鰻重は関東風にする。アビゲイルとブライブはよく分かっていないのか曖昧に頷いているので、食べたことがない外国人なのかもしれない。ともあれ、メニューが決まったので、メイン食材集めのために2班に分かれた。うなぎ捕獲班の俺たちは諏訪湖に急ぐ。


「ウランおじさん、そんなに舞台が嫌だったの?ハニカは楽しかったけど。最後のほうは魂が抜けたみたいに目が虚ろだったから少し心配したよ」


「その割にハニカは公演後の舞台挨拶までノリノリだったみたいだけどな」


 お面を被って今にも踊りだしそうなハニカを制止して先を急ぐ。悪夢のような短期記憶が長期記憶にならないように何度も思い出してはダメだ。事情を知らないサトイモとジュラは競うように先行して会敵するモンスターを次々と撃破してくれた。程なく諏訪湖に到着する。


「それで、うなぎってどんなお魚?」


「見た目は蛇みたいで、ひれがあってヌメヌメしているからとても捕まえづらいけど、丁寧に料理すると、とても美味しい。サトイモ、そろそろ敵掃除はジュラに任せてうなぎのマッピングをお願いできる?」


「オスメスや希望のサイズはありますか?」


「うなぎのメスは貴重みたいだから、今回はオスの40尾サイズが欲しいな」


 サトイモは「承知した」と無音で飛び立っていった。帰ってくるまでに俺は端材で籠とザルを作成する。ハニカを放っておくと何時また踊りだすか分からないので、俺の心の平穏のためにも記憶の上書きが必要だ。以前に作成した火男ひょっとこ面と手ぬぐいも準備して動画を検索する。ハニカの舞踏第一候補がドジョウ掬いになれば、この際、細かいことは気にしない。暫くしてサトイモが首を捻りながら返ってきた。


「ウラン殿、マッピングデータを共有します。ところで、ラーテル様はこちらにいらっしゃるのかな?」


「見間違いじゃないのか?まだナイトモードだからユニーク級のラーテル様はこの時間は出歩かないはずだ。もしかしたら分化しているかもしれないけど、ハニカは何か聞いている?」


 応答のないハニカは楽しそうに踊っているので邪魔しないように、ジュラに見張りを任せてサトイモと諏訪湖の浅瀬に急いだ。




 遠目から確認すると確かにラーテルによく似ているが、サイズは二回り以上小さい。大きく違うのが、頭から尻尾に一直線に伸びる毛並みが銀色ではなく、深い緑のウグイス色で尻尾の先端には小ぶりな鎌が備わっている。水浴びでもしているのかバシャバシャと水面を叩いていたが、どうやら目的は俺たちと同じうなぎのようだ。惜しい。あと一歩のところでうなぎに逃げられてしまう。可愛らしいので見守っていたいが、あまり時間もないので思い切って声をかけることにした。


「もしもしラーテル様ですか?若しくはご家族とか?驚かせてすみません」


「!?」


 警戒するように周りを見渡し、俺たちを視認しても浮遊するダイアは敵対を示す赤色に変化することはなかった。個体名は鎌鼬かまいたちのようだ。


「捕まえるのに苦労しているようなので、良ければ何尾かお渡ししましょうか?」


「・・・頼む」


「では一寸待っていてくださいね。良ければこれでもお召し上がりください」


 俺は左手に嵌めている宝石飴の内、一つを外して鎌鼬に渡すとマッピングデータを参考に次々とうなぎを捕獲していった。3尾が収まっている籠を鎌鼬に渡し、念のために調理が必要かどうか確認した。


「かたじけない。味付けは主の嗜好を知らぬので、そのままで良い。急ぐので失礼する。世話になった。さらば」


 突風が吹き抜けると鎌鼬の姿は消えていた。お礼なのか、生きた沢蟹が山盛りに残されている。結局、ラーテルとの関係性を聞きそびれてしまったので、この後の食事会で聞いてみるか。ハニカ達と一緒に白駒の池まで戻ると、アンナ達は俺たちを待っていた。牛肉のほかに、咲夜の弟イオンの協力もあってキノコ類とゴボウなどのすき焼きに合う野菜も収穫してくれたようだ。初対面で緊張している3夜を宥めていると、直ぐにナイトメアモードになった。




「先ずは夕餉を所望する。本番の甘味勝負はその後じゃ」


 ラーテルはこの日のために準備させていたようで、製作者であろうグズリが誇らしげに丸太テーブルと切り株チェアーに案内してくれた。平らな黒曜石を焼き台にした焚火を、コの字形で囲うように配置してある。


「皆さん、先日のレイドのご協力ありがとうございました。ささやかですが、お礼にすき焼きと鰻重をご用意させていただきます。この後、甘味勝負もありますので、早速調理に移りたいと思いますが、良ければお手伝いお願いします」


 どっかりと椅子に腰を下ろしたラーテル率いるユニークモンスター組は当てにできない。エプロンに三角巾を身に着けたハニカと、野菜の下拵えを始めた平は戦力と考えてよさそうだ。ブライブは和牛ブロックを捌こうとしているので、説明動画を添付して日本特有の薄切り肉を用意するように頼んだ。アンナは自身のテイムモンスターである3夜を従えてラーテルに挨拶に行く。手持無沙汰のアビゲイルは火の番を担当してくれるようだ。


「アビゲイル、焼き場担当ありがとう。土魔法が得意だろう。黒曜石の焼き台に細工をお願いできるか?」


「勿論。忙しそうだから、図面を送ってくれればその通りに細工するよ」


 皆の協力のおかげで瞬く間に全ての下拵えは終わった。祝宴の始まりだ。




 1品目のすき焼きに取り掛かる。間口は広く深さ5cm程度の円形のくぼみに牛脂をサッと塗る。ここからは時間との勝負。人化したラーテルは俺の対面に場所を取ると、溶き卵の入ったお椀と箸を構えて若干血走った目で次の工程を見守る。ハニカも負けていない。最初期に使っていたバックパックを立ち台にしてセカンドポジションを確保した。アンナと平もそれに続く。良く分かっていないアビゲイルとブライブ、その他モンスター陣と遠巻きに推移を見守っているゴエモンが、唾を飲み込むように喉をしきりに鳴らす。


 薄切り肉を焼き台に乗せ、すかさず、砂糖の代わりに結晶化した特選蜂蜜を振りかける。貰った醤油を回すように軽くかける。卵にくゆらせて、いざ実食。一番初めにその威力を体験したラーテルは、歓喜のユニークスキル:電光石火を放っていた。


「ラーテル様!?」


「これは失礼。あまりの衝撃に思わず放電してしまった。そんなことより、ウラン。次を頼む」


 このままだとほかのメンバーがナイトメアモード中にすき焼きにありつけないかもしれない。アビゲイルに頼んで、一人用のすき焼き板を人数分加工してもらったが、ラーテルは俺の前から動こうとはしなかった。


「この料理の肝要は違う食材の融点を見極めて加熱することに思える。ウランは余の専属なのだから、何も問題あるまい」


 一旦は俺から離れていたハニカも戻ってきてしまった。まあいいか。ある程度、肉に満足したら、ほかの食材も追加して徐々にすき焼きの完成形に移っていこう。


「ラーテル様、すき焼きはほかの具材や締めのうどんも併せての料理なのです。また、この後に鰻重と言って、勝るとも劣らない一品やお楽しみの甘味勝負もございますので、ご着席なさってはいかがでしょうか?加えて上座を使用せずにいるので、本日は雷神様をご紹介頂けるものと勝手に楽しみにしておりますが、私の勘違いでしたか?」


 そう、ラーテル率いるユニークモンスター組はコの字型の西軍側に着座して、上座にあたる北軍の座席には初めから座ろうとはしなかった。


「そうじゃな。甘味勝負の審判をお願いしようかの。夕餉に関しては先日のレイドとやらの慰労のためであるし、夕餉の中途からお呼びするのは失礼にあたるので今更だしの」


 フェアリーを除いたグズリ、ジャポニカは箸を持とうとしては何度も落としているので、今回位は人化の許可を与えてもいいと思う、とラーテルに進言すると大いに喜ばれた。和牛の薄切り肉にある程度満足したら、加熱に時間のかかるゴボウの上に水気の多い白菜、水菜、だしの出る数種のキノコと蓋をするように再度薄切り肉を敷き詰める。糸こんにゃくも欲しいところだ。割り下は使わないので、食材のうまみを存分に味わった。締めのうどんは最上級の伊勢うどんのようで溶き卵との相性もバッチリだ。


「皆さん、鰻重も食べられますか?」


 俺の問いにラーテルまでも曖昧に首を傾げている。VRながら満腹感を覚えるほどすき焼きに満足したので、この状態で料理をしても過去実食した一番の鰻重を再現できる自信がない。ブライブ、アビゲイル、グズリのカタカナトリオは食べたそうにしていたが次の機会まで待ってもらうことになった。


「では甘味勝負に移りますか?ラーテル様、宜しければ雷神様にご連絡お願いします」


「うむ。では皆も失礼のないように頼む」





 視界が暗転した錯覚を覚えるほど、雷神の体は白く輝いている。連なった雷鼓は、微振動を繰り返し、微かな雷鳴がサブウーハーのように超低音域を奏でる。不快に感じたのも束の間、次第に心地よいリズムに包まれる。


 風神も顕現した。余りの暴風に目を閉じてしまったので、結局2柱の登場シーンは謎に包まれたままだ。風神の体は、濃い緑色の鶯色で、風袋をその背に握りしめている。適切な例えではないが、クリーンルームの循環口に立ったような、清涼で静謐な空気が絶えず溢れ出している。


「俵屋宗達作を採用しているのね。でしたら・・・」


 以外にもと言っては失礼だが、アンナは博識のようだ。俺を2.5次元舞台に引き込む算段をした悪い顔になると、アビゲイルに話しかける。


「支配人、ここからここまでを囲うように土魔法でオブジェクトを作成お願いします」


 アビゲイルを支配人呼びするのは、アンナが乙女ゲー脳に切り替わってしまっているので、俺は身構える。しかし、今回は杞憂に済んだようだ。


「ジャジャーン。風神雷神図屏風」


 有名美術館の技法に倣ったようだ。コの字テーブルの南側空間に漆黒の額縁が創出された。風神雷神もノリがいい。着席していたが、構図が合うようにわざわざ決めポーズまで取ってくれた。期せずして白地図の京都が解放された。


「ラーテルよ。彼奴がウランか?」


「いいえ、そちらの女人ではなく、焚火近くで料理を担当している最も小柄な者です」


「俺は雷神だ。眷属のラーテルが世話になっているそうだな。礼を言う」


「俺は風神だ。眷属の鎌鼬の従者が先ほど世話になったようだ。重ねて礼を言う」


 風神の傍には、ナイトモードで出会った個体より二回りは大きい鎌鼬が俺に頭を下げた。色々と聞いてみたいことが山積みだが、ナイトメアモードの残り時間も長くない。甘味勝負の説明をラーテルに引き継いでもらった。


「余と妹の蜂蜜を使った甘味勝負を開催する。判定は雷神さまと風神様。余の代表はウランで、其方はハニカで良いか?」


「あの、俺はラーテル様の代表なのですか?」


「以前に任命した通り、余の専属パティシエだからの」


「ハニカも大丈夫。おじさんとは一度戦ってみたいと思っていたんだよね。たかちゃんのレシピもあるし、楽しみ」


 ハニカは愛読少女月刊誌に連載されている天才パティシエール「高部たか子」を読み返し始めた。


「小腹が減っておるので、何か用意してもらえぬか?」


 風神雷神に頼まれ、最速最強の一品と箸休めを用意した。卵かけご飯(TKG)と沢蟹の素揚げを掻き込む様子から満足しているようで、俺は勝負に集中することにした。


「ラーテル様、材料の準備は出来ていますか?俺の手持ちの具材はハニカ農場の物が殆どなので、勝負には使用できません」


「そうじゃな。言われてみれば迂闊であった。必要な物を申してみろ。植物関係ならフェアリーが大抵何とか出来るぞ。蜂蜜はほれ、この通り」


 ジャポニカ配下の働きバチが巣ごと運んでくれる。当然だが、ユニークモンスターと言えど、教師データは動物なので、人間のように食材を可食部とそれ以外に分ける発想が無い。


「ラーテル様、普段なら野性味溢れる食仕方も良いですが、甘味勝負なので、食材ごとの特徴が最大限に発揮できる方法で採集願いますか?」


 フェアリーにもち米、白小豆、苺、マスカットなどを瞬間育成してもらい、グズリには餅粉や果実などの洗浄に協力を頼む。ジャポニカが精製した蜂蜜を、ラーテルに搾りたてを結晶化してもらうためにドローンで高速飛行をお願いした。俺は白小豆を煮込む傍らで、アイスクリームの作成に余念がない。最高級の卵に結晶蜂蜜やミルクなど配合する。あれ、バニラエッセンスなど、ヤンキー娘フェアリーの貢献度が物凄い。配下としたのはさすがラーテル様と言ったところか。ハニカと平も忙しそうに動き回っている。


「大福もちです。それぞれ、苺、マスカット、バニラアイスをたねにしました。2柱の好みを存じないので、ラーテル様に味見をお願いします」


「ほんのり甘い薄皮に上品な白あん、結晶化した蜂蜜に包まれた苺は瑞々しく、仄かな酸味。たのしい食感と層を成す味わいに大満足じゃ。さて、お次は・・・」

「ラーテル様、私たちも協力しましたから、独り占めは狡くないですか?」


 ジャポニカ達も大福もちを次々に口に含む。鷹揚に構えていた雷神風神もたまらず大きな咳払いをした。


「オッホン、毒見はそれ位にして早く甘味勝負を始めぬか?」


「ハニカ達は大丈夫か?」


 甘味勝負を忘れて味見をしていたのか、口の周りをクリーム一杯の一行は恥ずかしそうに頷いた。


「ハニカは果物一杯のフルーツパフェと大人味のモカクリームパフェを作ったよ。お好みで召し上がれ」


 裁定を待つ間にお互いの甘味を交換して味わった。フルーツパフェは何層にも分かれた新鮮な果物に、アクセントを加えるように結晶化された蜂蜜と生クリームで仕切られている。食感の違いやクリームと果物ごとの酸味に驚いた。モカクリームパフェはチョコレートと相性がよいバナナをメインに、甘さを抑えたコーヒーゼリーと軽さや香ばしさを演出するために薄切りナッツとコーンフレークが使われている。滅茶苦茶旨い。俺の大福もちも負けていないと思うが、後は好みの問題だ。


「ウランおじさん、ハニカお餅大好き。すき焼きの後だと、大福もちの方が食後デザートには合ってるね」


「ハニカが作ったパフェも凄いぞ。特にモカクリームパフェは大人味で絶品だ」


「えっとね、お菓子が得意じゃないブライブがコーヒー味なら食べられるって言ったから、作ってみたの。ウランおじさんも大人味が好きなんだ。ハニカにはちょっと苦くて甘さが足りなく感じたけど」


「勝負するなら相手の好みを想像しながら作らないといけないから、それが出来るハニカは立派なパティシエールだ」


「どちらも甲乙つけ難く甘味勝負は引き分けとする。ウラン、ハニカ次回を期待しておるぞ」


 風神、雷神は丸太テーブルの料理を完食し、上機嫌で去っていった。


 <特殊スキル:口内調味を獲得しました。特殊クエスト:高家たかべ神社の甘味神使しんしに登録されました>


 ずっと様子を伺っていたゴエモンは、正方まさむねのレシピが記載された巻物の隣に、本日ウランとハニカの作った料理を詳細に書き込むと、今一度、どちらが美味か思いを巡らすのだった。


 決着は付かなかったが、ラーテル達ユニークモンスター組と距離間も縮まり、ハニカも俺がいなくても他のプレイヤーとコミュニケーション取れるようになったので、楽しいイベントだった。別れ際に、レイドで蘇生した礼だと言って、フェアリーからユニーク武器:アオダモバットとグズリから素材アイテム:白銀毛皮を入手した。弾性、柔軟性、毛先一本毎の硬度を自在の変化することが出来る複合材のようだ。


 間を置かず、ナイトメアモードから通常モードに復帰した。間もなくVR国体が始まる。出場競技を教えあい互いの健闘を祈りながら解散となった。




 M

 W


 各都道府県の景勝地の中から、十分な水量と鏡面率を確保した湖畔に、ミングルワールドの分散型サーバーが設置されている。外観上は只のログハウスにしか見えないが、地下の広大な空間に最新スペックのマシンが収められており、権利を有するオーナーのみが、ミングルワールドのプレイログによって生成されたデータセットの使用を認められている。


 2020年代後半、デジタルデータの信頼性は地に落ちた。フィルターバブルやエコーチェンバーなど、それ以前にもプラットフォーマーによる不可視の介入は問題視されていたが、ゲームチェンジャーは大規模言語モデル(LLM)をベースとした生成AIの登場だった。クローズド運用の前提が、ある企業の暴挙により辛うじて残っていたデジタルデータの信憑性を消し去った。指数関数的に増加したwebクローラーにより通信速度は低下し、収集された真偽不明の学習データも、マイクロ秒後には新たな生成データとしてネットの海に放流される。


 危機感を覚えた各国は、世界的枠組みと称してネット環境にアウトプット出来るのは識別可能な有機生命体のみと限定したとしたアッパーwebを策定。炭素の頭文字をとってカーボンデジタルデータ(CDD)と命名され、限られた人々のみがアクセス権限を有する事となった。ネット空間は3層に分離したが、通常の人々は、長年のSNS依存により認知バイアスに侵されており、日々快適な情報のみを貪り続ける生活に満足している。真偽を問わず、一旦、陰謀論とレッテル張りされたニュースは、いつの間にか目に留まることがなくなり、人々から忘れ去られるようになっていった。



「そろそろ勝負の時ですかね」   


 長野県サーバーオーナーの日吉藤吉ひよしとうきちは、筆頭執事の佐吉さきちにデータを転送し食材集めと再現料理の指示を出した。舌なめずりしながら肥満気味の小さな体を起こす。ミングルワールドの分散型サーバー保有権に100億を出資しそれでも余りある財産を有しているので、日吉は間違いなく富豪で、美食家の自負もある。いや、あったと言わざるを得ない。


 味覚は個人的、家庭的、民族的で、食材、調理法、料理人と組み合わせ方法は無限だ。それに日本人特有ともいえる口内調味により、完成されている一品でさえ箸休めの漬物を口にするだけでも、食感や風味をカスタマイズできる。最も美味な料理は、最高の料理人の口内調味ではないのか?勿論、幼い日吉がその疑問を他人にぶつけることは無かったし、他人の咀嚼したものを口にしたいわけではない。が、思わぬ所で美食に出会ってしまった。しかも、料理人でもない只の一般人の作ったすき焼きや大福がだ。


「葵の彼奴ら、差し当たっては福井の方から仕掛けてみるか?」


 ミングルワールドの分散型サーバーで生成されたデータセットは、オーナー同士の合意があれば、譲渡が認められている。言い換えれば賭けの対象なのだ。勝負方法はプレイログから選択したデータセットを使用して行われる。日吉は味覚勝負を選択するつもりだ。


 ゲームの管理運用は聞いたこともない会社で、一説には民間刑務所の運営母体だそうだ。利回り5%とデータセットの利用許可が権利となっており、オーナー間の争いに敗れてもサービスが継続されている限りは、利回り保証されている。


「大浦君か?これからも頼むよ」


 去り際にオーナー室のモニターに映るウラン達を一瞥して呟く。当初はおまけ程度に考えていたデータセットも、今回のような疑似体験を通して考えを改めることになった。先祖が成しえなかった全国制覇の夢を実現できるかもしれない。新たな目標を見つけた日吉は、万全を期すために、再現料理の出来栄えを確認するためにも家路に急ぐのだった。


久しぶりの更新となります。

ぼちぼちと投稿を再開していきますので、お付き合い頂ければ嬉しいです。

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