最終話 天馬の騎士
「なっ、そんな馬鹿な……竜が……竜騎士が、こうもあっけなく敗北するなど……!」
真下の観客席には、身を乗り出しながら茫然と彼らを見上げてくる教官の顔が見える。
「くそっ、なんでこんなことに……? 天馬だと? そんなものが、どうして奴と契約なんて……こんなことが、あっていいわけがない……」
他の生徒たちがこの信じがたい状況を前に次の動きを求めようとする中で、彼はぶつぶつと呟く。
しかし、彼は自身が狼狽えるより先にやるべきことが生まれているのに気づいていなかった。
「――あれが、ユート君……?」
澄んだ清水のような声が、演習場に響く。
「なっ!? お、王女殿下……?」
「ご苦労さまです、先生。それで、これはいったいどのような状況なのですか?」
冷や汗をダラダラと流す男性教官を前に、公務を速攻で終わらせて舞い戻ってきたレイ・アーレメアリスが問いかける。
その口調は丁寧で、顔は微笑を湛えていたが――サファイアの瞳は笑っていなかった。
「竜を持たないはずのユート君がいつのまにか未知の乗騎……天馬でしょうか? それを従えていて、地面には傷だらけの生徒とその愛竜が倒れている。いったいなにがあったらこうなるのか、説明をお願いします。
なお、アーレメアリスの名において嘘偽りは何一つ許しませんので、そのおつもりで」
「っ……そ、それは。あのユート・サクラが突如訳の分からない馬を召喚して、暴れ出したのです。それで生徒たちが急遽迎撃したのですが、力及ばず、このような結果に……」
「そうなのですか?」
レイが傍にいた生徒に裏付けの証言を行うよう求める。
否、それは命令だった。
決して嘘は許さない――王族の命令に逆らうことは大逆罪とされ、死刑もしくは生涯の幽閉など、いずれにせよ恐ろしい未来が待っている。
授業で学んだことを覚えていたその生徒は、どうしてレイがユートの肩を持とうとしているのか分からないまま、ぶんぶんと慌てて首を横に振った。
「い、いいえ! 違います!」
「なにっ、貴様――」
言い分を否定された教官が大声で脅しをかけようとするが、いつの間にか、その首元には一振りの剣が添えられていた。
竜装具――否。
その上位種である聖竜装具に分類される、一振りの長剣。
レイの愛剣として知られるその武装が、怜悧に相手の反抗を凍り付かせていた。
「では、そこの貴方に問いましょう。そちらの教師と生徒、どちらの言い分が正しいのですか?」
「ま、間違っているのは先生です! あのサクラって野郎を三人がかりで叩きのめすよう言って……それでなかなかうまく行かなくて、あいつらが竜装具持ち出してぶっ殺そうとしたら、突然あの天馬が現れてっ。それで、一瞬で蹴散らされて……それで……!」
「なるほど。やはりそういうことでしたか」
レイは顔を真っ赤に染め、額に血管を浮かべた男性教官へと向き直る。
「先生、嘘をつかれましたね」
「なっ……なっ……」
「貴方を大逆罪に問うにせよ、学院の査問委員会にかけるにせよ、その罪は計り知れぬ重さとなって後に貴方自身の首を絞めつけることでしょう。――その時が来るまで、樹氷の檻にて自省なさってはいかがですか?」
彼女の刃から、仄かな冷気が漂い始める。
なにが起きるのか悟った教師は逃げようとするが、時すでに遅し。
彼の体表に薄葉氷が纏わりついて、それらが徐々に厚みを増していく。
やがて極寒の檻に閉じ込められるようにして固められた彼を他所に、レイは空を見上げる。
徐々に高度を下ろして、ユートと彼女の知らない白馬が近づいてくる。
「――お待たせして申し訳ありません、王女殿下」
彼はすぐさまヴィクトリアスの背から降りて、レイの前に膝をつき頭を垂れる。
しかし、彼女はその手を取って同じ目線に引き上げた。
「良いのよ、ラスト君」
「殿下……?」
「だってもう、貴方は『未完の騎士』じゃないもの。そうよね?」
そのままレイはユートの傍で待機していたヴィクトリアスへと歩み寄る。
「こんなに綺麗な乗騎を得た今の貴方は、もう立派な騎士よ。竜騎士とはちょっとだけ違うかもしれないけれど、それでもかっこいいと思うわ。ねぇ、この仔の名前はなんて言うの?」
ユートは一瞬だけ、己の契約した天馬へと目を向ける。
主の意のままにとでも言うように、ヴィクトリアスは瞼を閉じて小さく頷いた。
「ヴィクトリアスと言います。彼自身がそう、教えてくれました」
「――それは違う、ユートよ」
え、と彼は首を傾げる――なにか間違っていただろうか。
しかし、不機嫌そうに唸るヴィクトリアスの意味をレイは分かったらしい。
彼女は頬をぷっくりと膨らませ、ユートを叱った。
「ええ、そうね。ユートね、貴方失礼じゃない。この仔はどこからどう見たって、女の子よ?」
「しかり。我は紛れもなく雌である。まさか話さなければ理解できないとは……」
「……いや、悪かった。ごめんな、ヴィクトリアス」
謝罪するユートを蚊帳の外において、彼女らは話し続ける。
「彼、そう言うところがあるのよ。言いたいことはちゃんと耳元で言って聞かせないと、気づいてくれないわ」
「なるほど。心得た。どうやら汝は主の扱い方と言うものをある程度理解できているようだ」
「もちろんよ。だって彼とはもう半年の付き合いだもの」
「ふむ。それでは申し訳ないが、幾つか話を聞かせて貰っても良いだろうか? これからの信頼関係を築くにあたり、主のことを深く知るのは最優先事項となる」
「構わないわ。そうね、どこから話したものかしら? うーんと、そうだ。まずは彼が学院にやってきた時のことから……」
なぜか当の本人であるというのに、ユートは話に置いてきぼりにされていた。
少々納得いかない気分を抱えながら、彼は一人寂しく空を見上げた。
――これまではただ見上げるばかりでしかなかった世界が、今は手の届く場所にある。
「……本当に、俺も騎士になれるんだな」
今更ながら、そんな事を呟く。
これまでに足りなかった要素が、ついにユートの手中に収まった。
ならば後は、そこへ向けてただひたすらに駆けるばかりだ。
例えなにがあろうとも、夢へと進み続ける――ヴィクトリアスと名乗った天馬と共に。
どうして彼女が己の下へ馳せ参じてくれたのかは分からないままだ。
だが、それでも良かった。
彼女が自分の力になってくれると言った、彼はあの白き世界で交わした誓いを信じている。
さあ、征こう。
勝利の彼方にある、最強の騎士の称号を掴むために――。
――これは、騎竜の支配する世界の中に生まれた異端児。
『天馬の騎士』ユート・サクラとその愛馬ヴィクトリアスが刻む、一つの英雄譚である。
まずはここまで読んでくださってありがとうございます。
『未完の騎士』だったユートの覚醒はどうだったでしょうか?
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今後とも、彼とその愛馬ヴィクトリアスの描く軌跡を見守ってくだされば幸いです。