第3話 演習授業と隠れた悪意
竜騎士は一般教養も重要だ。
しかし、あくまでもここは竜騎士専用の育成機関なのだ。
なればこそ、竜との関わりを持つ授業の方が必然的に華と見做される。
――そして今日のユート・サクラは、その授業において正しく邪魔者だった。
「行けガルファード! 右側面からだ!」
「囲みなさいバフム! 逃がす隙間を作っちゃ駄目!」
「人は空にゃ飛べないんだ! じわじわと締め上げろ――縄で首を絞めるみたいにな! やれ、そこだヴェルグス!」
陸戦型、空戦型、海戦型――竜の区分として一般的な三種類が、それぞれ一匹ずつ。
最小単位の戦闘小隊を組んで、逃げ惑うユートへと襲い掛かる。
半分が陸地、半分が水面の竜騎士専用の開放型演習場。
その中央に立たされた彼は、三方向から迫る竜の顎を前に必死に逃げていた。
「グルルガァァッ!」
「バッフルルルッッッ!」
「キシィャァァァッ!」
三者三様、否。三竜三様に猛り狂いながら迫る、クラスメイトの竜騎士。
演習相手の彼らが放つ爪牙の乱舞、火焔竜息、そして魔法を避けながら、彼は全力でフィールドを駆ける。
「……くっ!」
本来ならば、竜への無用な刺激を避けるため、このような時間はユートだけ別の場所で鍛錬することになっている。
しかし、今日は少々事情が異なっていた。
急に病欠した普段の教官に変わってやってきた今回の竜騎戦術の教官は、ユートにも授業に参加するように強制的に促したのだ。
竜を駆れない者なぞ、さっさと学院から排除すべし――彼は、先ほどのユートのクラスメイト達よりもやや過激な思想を有していた。
この国では竜は信仰の対象ともなる偉大な存在であり、その教義を深く信じている面々からはユートは特に嫌われている。今回の教官は、その一人だった。
――竜が嫌っているのだから、きっとろくでもないものに違いない。
そう信じている彼は、教官としての権限を利用して容赦なくユートを三竜の囲いの中に放り込んだ。
これで四肢のどれか一つでも取れれば騎士見習いの不適格者として退学に追い込めるし、なんなら殺してしまっても構わない。
そんな教職にあるまじき思いを抱えながら、彼は大事な生徒たちへ激励を飛ばす。
「そうだ、追い込め! 人間は海上や空中では動きは取れん! 地面からうまく引き離すのだ!」
このような教師は、学院に少なからず存在する。
大抵の場合はレイが意を唱えることで有耶無耶になるのだが、不運なことに、今の彼女は二週間に一度程度割り当てられる王女の公務でちょうど席を外していた。
とはいえ、ユートはこの場にいないレイへ文句を垂れるつもりはなかった。
最初から彼女に頼ることを前提にしているなど、彼の目指す最強の竜騎士としては有り得ないからだ。
既にいくつかの手傷を負っていたが、まだ日常の範疇だ。
――自分独りでも、やれる限りの全力を尽くす。
「――ぐぁっ!? おい、なにしやがる! 俺に当てるんじゃねぇ!」
「仕方ないじゃない! ユートがちまちまと逃げ回るのが悪いのよ!」
基本的に、人間の火力では竜の鱗を貫くことは敵わない。
一枚一枚が高密度高純度の魔力で覆われており、鉄の鎧に勝る硬度を獲得しているからだ。
しかし、同じ竜の攻撃ならばどうか?
「っ、痛ぇなおい! ふざけるな! この頓珍漢どもめ、お前らの目は節穴か!」
「んなわけねぇだろ!? このっ、ちょこまかと――ゴキブリみたいに!」
「グオォォォンッ! グルルッ! グルルル――グガアアアァァァッ!」
「キシャアアアァァァッッッ!」
なぜかユートを目の敵にする竜たちは今、それぞれが彼一人にほとんどの意識を注いでいる。
乗り手がまだ素人に近いこともあってか、乗騎を制御することも中々出来ていない。
連携も辛うじて形だけは整っているというのが正直な所だ。
彼らの弱点である、その練度の低さをユートはうまく利用していた。
自らに向けられた攻撃を誘導し、別の竜に命中させる。
海竜の水流弾が、翼竜の真空波が、地竜の突進が。
それぞれの放つ強力な攻撃が、ユートの身体から僅かに逸れて別の竜の身体を傷つける。
もちろん、それは乗り手としてはたまったものではない。
竜の身体に当たる分はともかく、人間である彼らに命中すればどうなるか――そう思えば、自然と及び腰になる。
「なにをしている愚か者ども! たかが一人を相手にぐずぐずと……」
自分であれば仕留められていたものを、と教官の男性は苛立たし気に地面を蹴る。
だが、少なからず実戦を知る彼の胆力を、まだ敵を殺したこともない生徒たちに要求すること自体が土台無理な話なのだ。
教官自身が竜を駆ってユートを鍛える――それでは授業中の事故として処理するのが難しくなる。流石に自らの良い身分を投げ打ってまでユートを排除するほど、彼は狂信者ではなかった。
だが、それでも。
生徒たちが竜を乗りこなせば、あのような猪口才な青二才など一息で消し炭にしてしまえるはずなのだ。
今はまだ火傷と切り傷が精々で、命を奪うにはほど遠い――ならば。
「……お前たち! 竜具の使用を許可する! 分かったらいつまでも時間をかけず、さっさと倒してしまえ!」