第2話 竜騎士と出来損ない
舞台は外から、教室へと移る。
「――と、このように五百年前の滅竜大戦を境として、戦場の主役は歩兵や馬に乗った騎兵ではなく、竜を駆る竜騎士へと移り変わったのだ。一騎で様々な戦場に対応でき、かつ一騎当千の働きを有する竜騎士の存在は当時の軍事バランスを瞬く間に崩壊させたと言われている。
そして、各国はかの大戦以降、強力な竜騎士の育成に力を注ぐようになった……」
竜騎士には武力だけでなく、もちろん教養も必要とされる。
いくら竜騎士が一騎当千の存在とはいえ、なんでもかんでも暴力で解決できるほど世界は簡単には出来ていないからだ。
黒板の前に立つ教師の説明を聞きながら、ユートは黙々とノートに板書された事柄を書き写していく。
「……諸君のいるこの学院も、我がアーレメアリス王国の保有する竜騎士育成機関の一つである。では、ユート・サクラ」
来た、とユートは身構える。
学院の教授の幾人かは、未だ竜との契約を持たないユートの単位不足を補うために特別な措置を施してくれている。
この歴史学の教授の場合だと、講義内に提示した問題を彼に回答させることが多いのだった。
「答えよ。竜はよく我々人間やその他の動物から見て高次元の存在であると言われるが、その理由は、彼らと我々の強さの間には同じ生物であるとは思えないほどに隔絶した差が存在しているからである。では、その差が生まれるわけを説明してもらおうか?」
「はい」
立ち上がり、ユートは以前学習した内容を諳んじる。
「竜がこの世に存在する生物の中で唯一、魔力を生み出せる存在だからです。
魔力とは魔法を使うためのエネルギーでもありますが、その実は生命が生きるための活力です。それを竜以外の生き物は食事や呼吸で補わなければなりませんが、竜だけはその身に持つもう一つの心臓、竜炉心から無尽蔵の魔力を生み出せます。
それ故に魔力との親和性も特別高く、我々のように一々術式を介さずとも念じるだけで簡単に強力な現象を引き起こすことが出来ます。それが、彼らと私たちの間に絶対的な差を生み出している理由となります」
「正解だ。故に、彼らと心を交わす竜騎士はその力を無暗に暴走させないよう厳しく自らを律しなければならないと言われている。
油断すれば、竜が咳き込めば一国が滅びるといったような故事が現代に蘇ることになるのでな。諸君も気を付けるように」
竜が咳き込めば、うっかり強力な火炎放射を放ってしまう。
それが周囲一帯をまるっと焼いてしまい、大規模な被害から戦争をどこかから吹っかけられたと勘違いしたその地域を治めるお偉方が慌てて戦争を始めてしまう。
やがて事実に気づいてそれぞれが矛を収めた頃には、一つの国が無くなっている――そんな逸話だ。
「――ははっ、先生。嫌だなあ、俺たちはそんな間抜けじゃないですよ。って言うかそこの能無しと一緒くたに纏めないでくれますかね?」
ユートが腰掛けると、教室の一角から嫌な笑い声がくすくすと響く。
彼はそんな今更の嘲笑に反応したりはしなかった。
まともに向き合うだけ、時間の無駄になると分かり切っているからだ。
しかしこの授業の責任者たる教師はそうもいかなかったようだ。
「ファール・レイゼン君。私は決して君たちを馬鹿にしているわけではない。これは忠告なのだ。過ぎたる力は身を亡ぼすことに繋がりかねんと――」
「はいはい、そうっすね。でも大丈夫に決まってますよ。そんなことこれまでに起きたことないじゃないですか。それこそそこの『未完の竜騎士』サマくらいじゃなきゃ、ねぇ?」
「――これまでに起きなかったことがこれからも起きることはない、と言うのは甚だしい思い違いだ。もしそうであれば、竜騎士という概念すらそもそも生まれなかっただろうに」
「だーかーら、俺たちとそいつを一緒にしないでくださいって言ってるんですってば先生。俺たち国を守れる竜騎士と、守れないただの雑魚騎士。そんなんと同じように考える方がおかしいじゃないですか。なあ、そうだろ皆?」
教室内の趨勢など、とうに決まっている。
「申し訳ありませんが、ファールの言う通りかと」
「そうよね。私たちは竜様と契約できてもう半年なのに、まだ出来てないのと一緒にされるのはちょっと……」
「あいつが竜騎士になるのなんて土台無理な話なんだよ。どうせ出来ないんだから、さっさと帰ればいいのに」
いつだってこの学園における悪者は、ユートなのだ。
正しいのは竜と契約できた普通の生徒たちで、間違っているのがユート。
それがまかり通るのが、現状だった。
声を上げない生徒も、大概が教科書の隙間からユートに白い目を向けている。
この空間で彼らに賛同しないのは一人か二人が精々。
今回の場合であれば授業を担当する教師と、彼の隣の席に座るレイ・アーレメアリスだ。
ユートへの非難の声々に顔を顰める教師と、固く拳を握りしめて彼らに異論をぶつけたい気持ちを懸命に堪えてくれる王女様。
レイの場合は特に同じクラスメイトとして注意したい気持ちが山々であろうに、余計な騒ぎを起こしてほしくないというユートの希望により黙ってくれているのだった。
そんな彼らの想いを受け止めながら、ユートは一刻も早く自分も竜と契約しなければならないといつものように心を焦がす。
――しかし、どうやって?