閻魔庁の執成さん 弐 ~ 助手の仕事は大変ですけど現世でちょっぴり役に立ちます
小野篁は、 参議・小野岑守の長男である。
篁、陸奥守の父に従い、陸奥国へ赴き弓馬を良くする。また、詩文にも優れ、令義解の編纂にも参画、その序文を執筆す。
承和元年、篁、遣唐副使に任ぜられるも、渡唐に失敗。3度目の渡唐の際、藤原高藤の失策を押し付けられ、渡唐の機会を失う。
さらに、藤原高藤、篁の牛車の簾を切るなど嫌がらせを行い、篁は、次第に出仕を控えるようになった。
その頃からである。
夜に 京 東山の珍皇寺に向かい、朝に 京 嵯峨の福正寺に帰るという、篁の奇行が伝えられるようになった。
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ふぅ、今日も夜が冷える。
篁は、かじかむ手を擦った。
珍皇寺の井戸の水は、とうの昔に枯れている。ただ、この井戸の奥には、秘密がある。死の六道と呼ばれる冥府への入り口となっているのだ。
井戸を潜り、閻魔庁へと出仕する。閻魔の助手「執成」こそ 彼が今一番大切にしている仕事であった。
閻魔の審判に基づいて、亡者の罪を裁く。その手助けをする役目である。
そして、今日もまた、亡者が閻魔庁へとやってきた。
ややっ。あれは、高藤。
篁は、驚いた。あの藤原高藤が、やって来たのである。
あやつのような者でもおらねば、現世が紛擾するかもしれぬ。
助けよう。 そう思った時、ある考えが浮かんだ。
しばらく様子を見る方が良いな。
真っ赤に焼かれたコテが、高藤の肩に押し当てられた。肉の焦げる嫌な匂いがたちこめる。
罪人への焼き印である。
よしっ、頃あいだっ。
篁は、手元の書類から、高藤のものを抜き取ると懐に隠し叫んだ。
「閻大王、書類に不備がございます。
この者は、現世に戻さねばなりません。」
死に至る条件を備えぬものは、黄泉の国に、立ち入れない。書類を隠された高藤の入国が認められることは無い。
高藤は、生者の国へと戻されることとなった。
よっこらしょっ
福正寺の井戸は、冥府からの帰還の道。
肩に高藤を担ぎ、井戸より這い出た篁は、急ぎ高藤をその屋敷へと連れ戻った。彼が目を覚ます前に、その閨に戻さねばならない。
投げるように布団の中に高藤を放り込むと、肩を調べる。
うむ。これで、この者の嫌がらせもなくなるであろう。
高藤の肩には、焼き印の跡が、はっきりと残っていた。
篁は、紙を1枚取り出すと、サラリと1文をしたためた。
身慎むべし
篁
高藤の枕もとに 紙を置くと、着物の袖をはためかせ、窓からひょんと飛び立つ。
その瞬間、篁の姿は、夜の闇に紛れ見えなくなり、ただ、月のあかりだけが、部屋を照らした。
文字数(空白・改行含まない):1000字
こちらは『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』用、超短編小説です。