8 奈吾さんのピンチ
奈吾さんは体育館裏の壁際に居て、それを取り囲むように、三人の不良娘達が居た。
俺と伊緒は、そこから十数メートル程離れた木陰にこっそりと隠れ、まずは様子を見る事にした。
「ねぇ、あれって奈吾さん達だよね?あんな所で何してるんだろう?」
奈吾さん達の様子を見て、伊緒が小声で言った。
「すぐに分かるさ」
俺も小声でそう言い、奈吾さん達の会話に耳を傾けた。
最初に口を開いたのは奈吾さんだった。
奈吾さんは特におびえる風でもなくこう言った。
「こんな所に呼び出して、一体何の用ですか?」
すると、正面に立つ不良娘A子(本名は加藤というのだが、面倒なのでA子と呼ぶ)が、トゲのある口調でこう返した。
「あんたが転校生のクセに随分と調子に乗ってるみたいだから、アタイらがちょいとこらしめてあげようと思ってね」
「そんな、私調子になんか乗ってません」
奈吾さんはそう言ったが、A子の右側に立つB子が、それを遮るように言った。
「嘘をお言い!あんたがクラスのバカな男子達にチヤホヤされて、天狗になってるのは分かってるんだからね!」
「だから私は天狗になんかなってません!」
奈吾さんは尚も否定するが、今度はA子の左側に立つC子が声を荒げた。
「ムキョーッ!ちょっと可愛い顔してるからって何さその態度!一度痛い目見ないと分かんないようね!」
「痛い目って、どうするつもりですか?」
「こうするのさ」
奈吾さんの問いかけに、A子はそう言ってスカートのポケットに手を入れ、ある物を取り出した。
ちなみにそのある物とは、カッターナイフだった!
そしてB子とC子も同様に、カッターナイフを右手に握っていた!
「わ、わ、何か凄く大変な事になってるっ」
その光景を見た伊緒は、そう言いながら俺の肩を揺さぶった。
「ど、ど、どうしよう?先生呼びに行った方がいいかな?」
「いや、そうすると余計に話がこじれる。ここは俺が何とかしよう」
おろおろ取り乱す伊緒に、俺は冷静な口調でそう言うと、スッと立ち上がって不良娘達に叫んだ。
「待てい!」
すると不良娘達と奈吾さんが俺の方へ視線を向ける。
そんな中俺は叫んだ。
「とうっ!」
普通『とうっ!』と叫べば、その後に何処か高い所から颯爽と飛び降りてカッコよく着地をし、登場シーンにハクをつけるものだが、ただ単に『とうっ!』と叫んでみたかっただけの俺は、そのまま普通に歩いて奈吾さん達の元へと歩いて行った。
そして俺がすぐ近くに歩み寄ると、A子が俺にガンを飛ばしながら言った。
「誰かと思えば、変態エロ大王の古賀(俺は一部の心無い女子達からそう呼ばれている。ちなみに、あまり嫌ではない)じゃねぇか。今取り込み中なんだよ。邪魔するんじゃねぇよ」
「そんな物騒なものを奈吾さんに向けて、一体どうする気だ?」
俺の問いかけに、B子がニヤニヤしながら答える。
「こらしめるために、ちょっとこの子の制服を切り刻んでやるのよ」
「そ、そんな、ひどい!」
「あんたは黙ってな!」
抗議の声を上げる奈吾さんを、C子がピシャリとはねつける。
何と極悪非道な。
流石は不良娘三人組。
考える事がとっても不良チックだ。
このままでは奈吾さんの制服がズタズタに切り刻まれてしまう。
これは何としても見届けなければ・・・・・
あ、いやいや、何としても阻止しなければ。
正義の炎を燃やす俺は不良娘達に対し、キッパリと言った。
「そんな事は俺がさせない」
「何ですってぇ⁉」
「変態のクセして生意気な!」
俺の言葉にヒステリックな声を上げるB子とC子。
そんな中A子は、至って冷静な口調で俺に言った。
「あんた、アタイらに喧嘩売ろうってのかい?」
「そうだな」
「ムキーッ!」「ウキョーッ!」
俺の言葉にまたもヒステリックな声を上げるB子とC子。
そんな二人に構わず、A子は余裕の笑みを浮かべて言った。
「ならアタイがタイマンで喧嘩してやるよ。勿論手加減はしないからな。骨の一本や二本折れても文句は言うなよ?まあ文句以前に、女のアタイにそんな目にあわされちゃあ、男のあんたは面目丸潰れだろうけどな」
それに対して俺はこう返す。
「それなら心配いらん。俺は君よりはるかに強い女性に、いつも鍛えられているからな」
ちなみにそれは葛姉ちゃんの事なんだが、そんな俺の言葉がプライドを傷つけたのか、A子は一転して険しい顔つきになり、
「ナメた事言ってんじゃねぇよ!」
と叫びながら、カッターナイフを投げ捨て、素手で俺に殴りかかって来た。
そしてA子は右のストレートパンチを、俺の顔面めがけて放った!
俺はそれを見事にかわし、A子の懐に飛び込んだ!──────
つもりだったが、よけたつもりでいたA子の右ストレートが見事に俺の左頬に炸裂し、その衝撃が完全に膝にきた俺は、その場にガクンと跪いた。
「ハハッ!一撃じゃないの!」
「清美(A子の本名)に喧嘩を売るからこうなるのよ!」
B子とC子が嬉々(きき)とした声をあげ、その後ろに居た奈吾さんが、
「古賀君!大丈夫ですか⁉」
と心配そうに叫んだ。
ちなみに俺は大丈夫・・・・・・ではなかった。
A子のパンチは俺が予想していたものよりもはるかに強力で(それでも葛姉ちゃんの方がもっと強力だが)、殴られた頬が痛すぎて、今にも涙が出ちゃいそうだった。
だって、男の子だもん。
そんな中A子は、跪く俺を仁王立ちで見下ろしながらこう言った。
「アタイの完勝だな」
それに対し、俺はこう返す。
「それは、どうかな?」
「何だと?まだ殴られたいのか?」
俺の言葉にA子は不愉快そうに言ったが、これは決して俺の負け惜しみなどではない。
それが証拠に次の瞬間、
A子の穿いていたスカートが、ストンと足元に落ちた。
「へ?」
A子本人を始め、その場に居た全員が目を丸くした。
ちなみに男性読者の為に記しておくが、A子はこの日はスカートの中に短パンを穿いておらず、スカートの中から現れたそれは、純白のパンチィだった。
ビバ、純白パンチィ。
「わぁあっ⁉な、何で⁉」
余程焦ったのか、スカートを穿き直す事も忘れ、その場にしゃがみ込むA子。
ちなみに、彼女のスカートを落とさせたのは俺である。
A子が俺の頬にストレートをめり込ませた瞬間、俺はA子の腰に右手をのばし、瞬時にそのスカートのホックを外してジッパーを下ろしたのだ。
かの剣豪、佐々木小次郎の必殺技は『ツバメ返し』だったそうだが、当物語の主人公、古賀矢渋の必殺技はこれである。
『スカート落とし』
他にも『ブラのホック外し』や
『手を触れずしてスカートめくり』
といった技がある。
そして今回は、その中でも最も破壊力のある(言いかえると、犯罪性の高い)必殺技を使ったのだが、その効果は絶大だったようだ。
A子はもはや戦意喪失といった様子で顔を真っ赤にしている。
俺は左頬の痛みをこらえて立ち上がり、そんなA子を見下ろしながらこう言った。
「君は、意外と清楚な下着を穿いているんだな」
その言葉が余程恥ずかしかったのか、A子は耳から首筋までを真っ赤に染め、落ちたスカートを急いで穿き直し、捨て台詞も吐かずに走り去って行った。
「ああっ⁉清美⁉」
「ウキーッ!お、覚えてなさいよ!」
B子とC子はそう言うと、A子の後を追って走り去って行った。
それからやや間をおいて、離れた木陰で見ていた伊緒が、
「ヤー君大丈夫⁉」
と声を上げながら、俺の元へ走り寄って来た。
そんな伊緒に俺はこう答えた。
「大丈夫だ。彼女の下着の色は、しかとこの目に焼き付けた」
「誰もそんな心配してないよ!ていうかまたエッチな事して!しかも伊緒以外の女の子に!」
そう言って頬を膨らませる伊緒。
その事を申し訳なく思った俺は、反省の意を込め、伊緒にこう言った。
「確かに俺が悪かった。お詫びに今度伊緒にも、さっきと同じ事をしよう」
「ダメに決まってるでしょ!」
とかいうやりとりをしていると、奈吾さんが心配そうな顔でやって来て言った。
「あ、あの、危ない所をありがとうございました。殴られた所、まだ痛むんじゃないですか?」
「いや、この程度の痛み、何て事ないよ」
本当はありまくりなのだが、俺は平静を装って言った。
すると傍らの伊緒が大層冷たい口調で呟く。
「本当は痛いクセに」
「こらこら、余計な事を言うんじゃないよ」
俺がそう言って伊緒に注意していると、不意に俺の左頬に、暖かくて柔らかい何かがそっと触れた。
何かと思って目をやると、それは奈吾さんの右手だった。
「私なんかの為に、こんな目に・・・・・・」
奈吾さんは申し訳なさそうにそう言いながら、その右手で優しく俺の頬をさすってくれた。
その感触はこの上なく心地よく、俺は左頬の痛みも忘れ、奈吾さんの掌の感触に酔いしれた。
するとその事が気に入らなかったのか、伊緒が俺の脇腹をギュッとつねってきた。
その突然の痛みに、俺は思わず、
「イテッ!」
と声を上げた。
それが自分のせいだと勘違いしたらしい奈吾さんは、
「ご、ごめんなさい!」
と言って慌てて右手を引っ込めた。
「あ、あの、このお礼は、今度必ずしますので!」
奈吾さんはそう言うと、校舎の方へ向かって走って行った。
気のせいか、奈吾さんの顔が赤らんでいたように見えた。
そんな奈吾さんの後姿を眺めていると、何やら胸がドキドキしている事に気づいた。
すると傍らの伊緒がまた怒ったように、
「もうっ!」
と言いながら、再び俺の脇腹をつねった。
しかしその痛みさえも、今の俺には心地良いのだった。