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君がいるから幸せ  作者: いた
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四、夏の空は青い

◆ 四、夏の空は青い


 明日から夏休みだ。

 夏休み前最後の登校日、体育館で全校朝会が行われている。校長先生が、夏休みは目標をもって過ごしてほしい、と話していた。体育館の()し暑さと、夏休みへの高揚感(こうようかん)からか、みんなはあまりちゃんと話を聞いていないように見えた。


体験学習から一か月が経った。振り返ると、大きな行事が続けて二つ終わったことで、私たちはどこか気が抜けたのか、ぼんやりと過ごしていた気がする。

あれから、なぎさとお互いの家に行って遊ぶことが何度かあった。()()幸奈(ゆきな)と四人で遊ぶことや、美咲と三人で遊ぶこともあった。

四年生のときの同じクラスで、今も登下校を共にしている美咲は、私と似ていて、明るく、誰とでも仲良くできるタイプだから、なぎさともすぐに打ち解けた。

いわゆる「高学年女子」って、友達同士でやきもち焼いたり、陰口(かげぐち)を言ったりして、もめごとが起きるイメージがあったけど、今のところはそんな気配すらなく、私たちは仲良くやっていた。

だから、本当に学校に来るのが楽しかったし、夏休みに入るのは、楽しみなようで、少しさみしくもあった。

 

「それでは、みんなが大きなけがや病気にならず、八月末に元気に登校してくれることを楽しみにしています」

 私たちの地域では、八月の最後の週からが登校日だ。日本には、八月いっぱいまで夏休みのところがあるらしいけど、本当にうらやましい。

 みんなでぞろぞろと教室に戻り、夏休みの宿題を受け取る。そして大掃除をして、午前授業で下校となった。

「なぎさー、いっぱい遊ぼうねーっ」

「うん、明日、連絡(れんらく)するね」

 私たちは、それぞれの親に、夏休みにスマートフォンを買ってもらえることになっていた。

 尾崎(おざき)家では、「毎日お手伝いをすること」「夜九時以降は使わないこと」「成績が落ちたら解約すること」が条件だった。加賀(かが)家…、というよりなぎさのお母さんは、なぎさとどんな約束をしたのだろう。

 

 夏休みが始まった。私は、習い事の英語と(じゅく)が、週に二回ずつあるけど、それ以外は基本的にヒマだった。八月にはおじいちゃんの家に行ったり、家族で旅行に行ったりするから、それまでにたくさん遊ばないと。

 夏休み初日、さっそく宿題に取りかかった。ドリルをやり、読書感想文の課題図書を読み進める。毎年のことだけど、私は夏休みの宿題へのスタートダッシュだけは早い。まあ、結局すぐに失速するんだけど。

 夕方、お母さんと一緒にスマートフォンを買いに行った。例の三つの条件を改めて約束し、無事に買ってもらうことができた。

「ありがとう、お母さんっ」

「使いすぎには気をつけるのよ」

「はーいっ」

 次の日、さっそく私となぎさは、チャットアプリをインストールし、やりとりを始めた。

―「なぎさ、よろしく!」

―「よろしくね!」

―「なぎさ、夏休み、いつ空いてる?」

―「明日は買い物と、ピアノだから、明後日(あさって)なら大丈夫だよ」

―「じゃあ、明後日遊ぼう!」

―「オッケー! 明後日、お母さんがケーキを焼くんだけど、私の家で遊ばない?」

 ラッキー! なぎさのお母さんのケーキ、一回食べたことがあるけど、本当においしかった。食感は固めだけど、味が濃厚(のうこう)で、また食べたいと思っていたんだ。

―「えっ、いいの? やったー! おじゃまします!」

 こうして、私となぎさは、さっそく遊ぶ約束を取り付けた。

次の日は、ちょっとだけ宿題をやったり、テレビを観たり、お兄ちゃんのパソコンでアニメを観たり、美咲とか沙希とか幸奈とチャットをしたりして、だらだらと過ごした。

明日、なぎさと遊ぶのが楽しみで、何をしていても、そのことばかりを考えていた。


 すっかり梅雨(つゆ)は明けて、太陽の光がまぶしく降り注いでいた。

午後一時、なぎさの家に自転車を走らせる。

午前中は、塾の夏季講習だった。一生懸命(けんめい)、勉強してるんだけど、どうしても算数が好きになれない。

私の算数嫌いは、ちょうど一年前くらいから始まった。三年生までは別に好きでも嫌いでもなかったけど、四年生の「式と計算の順じょ」というところから、内容がよく分からなくなってきた。どうして、かけ算とわり算は先に計算するんだろう。左から順番でいいじゃん。

その点、なぎさは成績優秀(ゆうしゅう)だ。塾には行っておらず、家で通信教材を使って勉強しているらしい。今日も、なぎさに算数を教えてもらおうと、宿題のドリルをリュックにつめこんできた。

 杉山小の前を通り過ぎる。なぎさの家は私の家とちょうど反対方向だから、ここで道のりの半分くらいだ。

 正門の前に、見慣れた人がいた。一組のお調子者の男子、吉田(よしだ)だ。

「吉田!」

「おお、尾崎か」

「学校で何してんの?」

「水泳だよ。俺、来週の水泳大会のリレーの選手に選ばれたから」

「えっ、すごっ」

「まあな、お前もせいぜいがんばれよ」

「はいはい、がんばりまーすっ」

 と言っても、私には特にがんばることなどない。

いつもはアホなことばかりして怒られている吉田も、水泳という特技があって、一生懸命(けんめい)に取り組めることがあるんだ。そのことが、ちょっとうらやましかった。

私も、何かがんばってみようかな。でも、何をがんばろう。

そんなことを考えていると、なぎさの家についた。三角屋根の二階建ての家。スカイブルーのかべ、きれいな芝生のある庭。いつ来ても、すてきな家だ。

ピンポーン。インターホンを押す。

「はーい。どうぞー」

 スピーカーから、なぎさの声が聞こえた。家の中からは、カメラで私が見えているのだろう。

「おじゃましまーすっ」

 なぎさの家のリビングは、冷房(れいぼう)が効いていた。体の熱がどんどん冷めていくのが分かった。

「外、暑かったでしょ」

「めちゃめちゃ暑いよっ。ここは本当に天国」

 奥のキッチンから、なぎさのお母さんが顔を出す。

「こんにちは、花ちゃん」

「あっ、おじゃましてます。よろしくお願いしますっ」

「ケーキ、あと一時間くらい待っててね」

「はーいっ、楽しみにしてますっ」

 私となぎさは、二階のなぎさの部屋で、一緒に算数の宿題をすることにした。

「えーっと、一・七メートルの鉄パイプがあります。この鉄パイプの重さは二・〇四キログラムです。この鉄パイプの一メートルの重さは…、もうー、何なのこの問題っ。鉄パイプの重さとかどうでもいいしっ」

「花、問題にツッコんでもどうしようもないよ」

 私たちは、声をそろえて笑う。こういうやりとりをしながら勉強できるのが、本当に楽しい。

 しかも、なぎさの教え方はすごくわかりやすい。算数が苦手な私でも、(から)まった糸がほどけていくように、するすると問題が解けるようになっていく。気が付くと、ドリルを四ページも進めていた。

「がんばったー。今日、塾にも行ったから、もう本当に疲れたよー」

「花、すごいがんばったよ」

「いや、私に教えながら、自分のも終わらせてるなぎさもすごいよっ」

 一段落したところで、ちょうど一階からなぎさのお母さんの声がした。

「二人ともー、ケーキ焼けたよー」

「はーいっ」

 階下に降り、キッチンに入ると、丸いチョコレートケーキが置かれていた。

「わあー、おいしそーっ」

 グルメ番組に出ている芸能人みたいに、大げさなリアクションをしてしまった。

 なぎさのお母さんが一つずつ切り分けて、皿に乗せてくれる。皿やフォークも、なんだか高級そうな気がする。

「いただきますっ」

 おいしいっ。一口食べると、目の前が急に明るくなったような気持ちがした。すっと飲み込んじゃったけど、その一口を、もっとじっくり口の中に留めておけばよかったと思った。

「本当においしいですっ。なぎさのお母さん、本当にすごいですっ」

「ありがとう。花ちゃん、おいしそうに食べてくれるから、うれしいわ」

 なぎさのお母さんは、エプロン姿でほほ笑む。そういえば、エプロンを着ているのは初めて見たかもしれない。

「なぎさは、幸せだね。毎日こんなケーキが食べられて」

「いや、私だって毎日食べてるわけじゃないよ」

 なぎさのツッコミに、私も、なぎさのお母さんも、笑った。

 十分くらいで、ケーキを食べ終えた。おいしすぎて、満腹感がなく、ちょっとお腹が物足りない感じがした。まあ、夜ご飯があるから、ちょうどいいか。

 なぎさのお母さんも、エプロンをぬいで、一緒にテーブルを囲んだ。紅茶を飲みながら、学校のことや、習い事のこと、家族のことを、とりとめもなく話す。

「花ちゃん、なぎさと仲良くしてくれて、本当にありがとう。なぎさ、花ちゃんと一緒に遊び始めてから、本当に明るくなったわ」

「いえいえ、こちらこそ、なぎさと一緒にいて、本当に楽しいですっ」

 本心から、そう思う。クラス替えをしたばかりのとき、話しかけてよかった。

「ところで…、花ちゃんに、話しておきたいことがあるの」

「はい、何ですか?」

えっ、大事な話かな。

なぎさのお母さんの顔は、ほほ笑みながらも、どこかぎこちないような気がした。すると、なぎさの顔を見つめて、落ち着いた声で言った。

「なぎさ、目のこと、花ちゃんに話してもいい?」

「うん…。いいよ」

 目のこと? 何だろう。何だか、なぎさも気まずそうな顔をしている。私は、こんなときに、何て反応したら分からず、だまって話を聞いていた。

「あのね、花ちゃん。なぎさは、生まれつき目の病気があって…、色が分からないの」

「えっ…」

 色が分からない? どういうこと?

色覚(しきかく)異常(いじょう)って聞いたことある? なぎさの場合は、青色と黄色以外、ほとんど色が分からないの」

 言っていることが、すぐに飲みこめない。そんな…、まさか…、それじゃあなぎさは、私が着ているシャツの色も、庭にある草木の色も、テレビやアニメの色も、みんなが描いた絵の色も、分からないっていうこと?

 なぎさのお母さんは、二枚の写真をテーブルに置いた。

 一枚は、あざやかな紅葉(こうよう)の写真。赤、黄、オレンジ、緑…、木々が色とりどりの、きれいな葉をつけている。

 もう一枚も、同じ風景の写真だった。しかし、そこに映る全ての木々や葉の色が、暗んだ黄色や、黒、白になっていた。昔の白黒写真に、暗い黄色を足すとこんな感じになりそうだ。

「なぎさは、目に映るものが、この二枚目の写真と同じように見えるの」

 ウソでしょ。そんなこと、全然知らなかった。

なぎさは、この美しい紅葉を、見ることができないの?

 またしても、何て言葉をかければいいのか、分からない。いつもは明るく話せる私なのに、こんなとき、何も気の利いたことが言えない。

 すると、私より先になぎさが口を開く。

「花、私、図工のときに色の混ぜ方が分からなかったでしょ」

「あっ、菜の花の絵…」

「そう。私、鮮やかな黄色とか、青色は分かるの。でも、赤とか、緑系の色が分かりにくくて…。多分、色の()り方が、変だったと思う」

「そうだったんだ…。ごめん、気付いてあげられなくて」

「ううん、私の方こそ、言ってなくてごめん。でも、この前の体験学習で、赤い葉を見つけられなかった時に、そろそろ言わなくちゃって思ったの」

 ガイドさんに言われて、赤い葉を付けた枝を探した時だ。たしかにあの時、なぎさは赤ではなく、緑の葉が付いた普通の枝を最初にさわっていた。

 私は、なぎさは歩き疲れて、まちがえただけだと思っていた。そうじゃなくて、赤と緑の区別がつかなかったんだ。

 でも…、そんなことよりも…、私は、もっと重要なことを思い出していた。

「なぎさ、私、そんなこと全然知らずに、ゼラニウムの色のこと、話しちゃった」

「いいの、全然気にしないで」

 なぎさは、笑って言ってくれたけど、なんだか無理に笑おうとしているみたいだ。

「ゼラニウムの色って?」

 私は、なぎさのお母さんに、ゼラニウムの花言葉が、花の色によって違うことを話す。ピンクが『決心』、赤が『君がいるから幸せ』、深紅(しんく)が『(ゆう)うつ』、忘れちゃったけど、黄色や白にも、意味があること。

 そしてそのゼラニウムを体験学習の日に見つけて、なぎさに教えたこと。

「そうなんだ。花ちゃん、物知りだね」

「いや、たまたま私が図工で描いたから、調べたんです」

 私は、赤と深紅の違いが微妙なのに、意味が全然違うんだってなぎさに話した。でも、なぎさは、そもそも赤色を見ることすら、できなかったんだ。

 そこから、なぎさのお母さんは、色覚異常について詳しく話してくれた。病気というよりも、遺伝(いでん)発症(はっしょう)するらしい。なぎさのお父さんも、同じように色覚異常だそうだ。本来は、男性の方が圧倒的(あっとうてき)に多い病気で、女性がかかることは、めずらしい。だから、小学校に上がるまで、なぎさの両親は、そのことに気付かなかったそうだ。

 でも、前の学校の先生が、なぎさが描いた絵の色づかいが不自然なことに気付いて、連絡をくれた。そして病院で検査をして、なぎさにも色覚異常があることが判明した。

 杉山小学校に転校してくるときに、先生たちには、そのことを伝えてあるそうだ。だから、五年一組では矢田先生だけが、そのことを知っているらしい。

「ちょっと不便なことはたまにあるけど、普段の生活ではそんなに困らないから、大丈夫だよ」

 なぎさは、気丈(きじょう)に話す。私は、なぜかちょっと落ち込んでいた。多分、病気を知ったことだけじゃなくて、なぎさのことで、全然知らないことがあるんだってことに気付いたからだと思う。

「うん、私にできることがあったら、言ってねっ。色が分からなかったら、教えてあげるからっ」

「ありがとう、花」

「花ちゃん、本当にありがとう。このこと、花ちゃんに話してよかった」

 なぎさのお母さんは、少し涙ぐんでいた。それを見て、なぜか私もちょっと泣きそうになった。

 なぎさの家を出たのは、五時くらいだった。七月だから、外はまだ明るい。

 夏の空は青い、と思った。正確には、空の色は一年中、青いのだろうけど、夏にはもっと青く見える気がする。

 青色は、なぎさにも見えるはずだ。私たちは、きっと、同じ空の色が見えている。


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