一、私となぎさと春の花
◆ 一、私となぎさと春の花
目覚まし時計が鳴る前に、目が覚めた。窓を開けると、暖かい光が差し込み、涼しい風が春のにおいを連れてくる。
春休みが終わり、今日は始業式。毎年、この時期は不思議と心がざわざわする。新しいクラス、新しい友達、想像するだけでワクワクが止まらない。
身支度を整えるため、階段を降り、一階のリビングに向かう。
「おはよー」
「あら、早いじゃない。まだ六時半よ」
お母さんが、横のキッチンで朝ご飯を作っていた。
「うん、なんか今日は早く目覚めた」
私は、朝のニュース番組を観ながら、着替えをし、髪をとかす。春休みに、私は思い切ってショートカットにしていたから、髪をしばる必要はない。朝の準備が、本当に楽になった。
「おはよう」
お兄ちゃんが起きてきた。私の四つ上だから、今年、中学三年生になる。
三人で、朝食を食べる。お父さんは、私とお兄ちゃんが起きる前には仕事に行ってしまうので、尾崎家の朝はいつも三人だ。
「花も、もう五年生なんだから、たくさん食べなさい」
「えー、太るからイヤ」
「何言ってんの。成長期なんだから大丈夫よ」
そんな会話をしながら、朝食を終える。
テレビを観ながらだらだらしていると、出発の時間になった。
「行ってきまーす」
「花、ランドセルは?」
「始業式だから、手さげだけでいいのっ」
キャラクターが描かれた、黄色の手さげを持って、私は家を出た。
近所に住む、美咲と合流して、二人で学校に向かう。
「花と同じクラスになるといいなー」
おさげ髪をゆらしながら、美咲が言う。私たちは二人とも四年一組で、一年間、同じクラスで過ごした友達だ。
「うん、そうだね。私も美咲と同じクラスがいいな」
学校に近づくにつれ、杉山小学校の子どもがぞろぞろと増えてくる。私は、友達や元クラスメイトに出会う度に「おはよー」と声をかける。学年が一つ上がったみんなは、少し大人びて見えた。
校門の前に着くと、すでに多くの人が、門が開くのを待っていた。うちの学校は、八時になると、先生が門を開けてくれる。
杉山小学校は、全学年三クラスずつ、全校児童の数は五百人ほどの学校だから、それなりに多くの子どもたちが集まっていた。
門の外から、校舎の横にある桜の木が見える。花びらは、もう半分ほど散っていた。首都圏は、桜が散るのが早い。
八時のチャイムが鳴った。
「じゃあ、門を開けるぞー。走るなよー」
高木先生が、門を開けてくれた。昨年度は、六年生の担任をしていた。背が高く、ひげを生やしている、怒ると怖い先生だ。開門を待っていたみんなは、走りはしなかったものの、はやる気持ちをおさえ切れないのか、少し早歩きで校庭に向かっていた。
始業式の日は、校舎に入らずに、校庭に向かう。校庭で新しいクラスを聞き、始業式をして、九時すぎには下校になる。私と美咲も、校庭に向かう。
ジャングルジムの前に、新五年生は集まった。四年生のときの担任だった村尾先生と、隣のクラスの担任だった矢田先生がいた。
「花ちゃん、おはよー」
去年、同じクラスだった友達が、続々と集まってきた。
「クラス替え、緊張するね」
「本当ドキドキする」
そんな友達の声を聞いていると、私も少し緊張してきた。
美咲と同じクラスになるといいな。いや、でもこういうのって願う気持ちが強すぎると、叶わなかったときにショックだから、違うクラスでもいいやって思うことにしよう。
…、やっぱり同じクラスがいいな。
「花は、誰と同じクラスになっても、楽しめそうだからいいよねー」
美咲が言う。
たしかに私は、わりと明るい性格のおかげか、これまで友達を作るのに苦労したことはなかった。それでも、最初から仲のいい美咲が同じクラスにいると、安心して新学年での生活をスタートできる。
そんなことを考えているうちに、模造紙サイズに拡大された新クラスの名簿が、ジャングルジムに貼り出された。名簿には、左から一組、二組、三組の児童の名前が、出席番号順に書いてある。
集まった新五年生は、夢中で一枚の紙を見つめる。みんな興奮しているのか、口々に自分が何組だとか、誰々は何組だとか、口にしながら新しいクラスと、そのメンバーを確かめている。
名字が「尾崎」の私は、出席番号が前の方だから、名簿の上の方を探す。一組の、上から五番目に、「尾崎花」と書かれていた。美咲の名字は「橋本」だから、真ん中より下の方かな。…二組の名簿に、「橋本美咲」と書かれているのを見つけてしまった。
「花、何組?」
「私…、一組」
「えーっ、私二組だよー。でも、隣の教室だから、すぐに会えるよねっ」
「そうだよ! 委員会とか、クラブでも一緒になるかもしれないし、放課後もいっぱい遊ぼうっ」
さみしい気持ちをかくそうと、私たちは少し大げさに、明るく話をしていた。
新しいクラスで、出席番号順に整列して、始業式が始まるのを待つ。杉山小の二年生から六年生までの児童が、校庭に並ぶ。一年生は、始業式の後に行われる入学式で初めて学校に来るので、ここにはまだいない。
出席番号順で二列に並ぶと、私の隣には、つやのある長い髪をした女の子がいた。色白で、目がぱっちりとしている。確か名簿では、私の下に「加賀なぎさ」と書かれていた。
「おはよう。よろしくねっ」
気付くと、私は自分から笑顔で話しかけていた。やっぱり、私はわりかし誰とでも仲良くなれる人なのかもしれない。
「おはよう。えーと…」
「私、尾崎花。なぎさちゃんだよね?」
「うん、加賀なぎさ。花ちゃん、よろしくね」
なぎさちゃんは、すごく上品な笑顔を見せる子だ。そして、すき通るような、きれいな声をしている。こんな子がこの杉山小学校にいたなんて、知らなかった。早く仲良くなれるといいな。
「私ね、去年の夏休み明けから転校してきたから、まだ知らない人が多いの」
そういえば、去年、四年二組に転校生が来た、と話題になっていたことを思い出した
「そうだったんだ。大丈夫だよ、私と友達になろっ」
「うん。ありがとう」
はっ、調子いいこと言っちゃったかな。でも、出席番号が隣ってことは、最初のうちは教室の席も隣だから、仲良くした方がお互い安心だよね。なぎさちゃん、ちょっと大人しそうだけど、すごくいい子そうだし。
そんなことを考えていると、始業式が始まった。校長先生の話に始まり、六年生の児童代表の言葉と続く。全校のみんなの前で、新学期の目標を語る六年生は、とても堂々(どうどう)としていた。
さあ、いよいよ新しい担任の先生の発表だ。
「校長先生から、みなさんにお願いです。先生の名前が呼ばれたとき、うれしい気持ちは分かりますが、声を出して喜ばないようにしてくださいね」
喜ばれない先生が、かわいそうだからかな。別にいいじゃんって思うけどね。
校長先生は、去年から杉山小にきた、女の先生だ。まさしく大ベテランって感じの人。
「それでは、二年生から順番に発表していきます。二年一組、林先生」
順番に、先生の名前が呼ばれていく。新しい担任が、去年と同じ先生になったり、人気の先生になったりすると、みんなうれしそうに目を合わせている。声には出さないものの、ふわっとした喜びが、そのクラスから、ただよってくる。
「五年一組、矢田先生」
去年、四年二組の担任の先生だった人だ。大人しそうな女の先生で、まだ二十代だと思う。
「なぎさちゃん、去年と同じ先生だね」
「うん、よかった」
「いい先生なの?」
「私は、いい先生だと思うよ」
矢田先生は、五年一組の列の前に立ち、「よろしくお願いします」とほほ笑みながら、あいさつをした。
校歌を歌って、始業式を終えると、私は美咲と一緒に下校した。
新しい、一年が始まる。
次の日、五年一組の教室に入ると、黒板に矢田先生からのメッセージが書かれていた。
五年一組のみんな、おはようございます!
みんなといっしょに、一年間をすごすのがとても楽しみです。
高学年として、学校を引っぱっていけるようにがんばろう!
教室の机やいすは、四年生のときのものより一回り大きく、本当に「高学年になった」のだと実感する。
「花ちゃん、おはよー」
「おはよー」
以前、同じクラスだったときにわりと仲が良かった、沙希と幸奈が声をかけてきた。
「おはよー、よろしくねっ」
二人と雑談をしながらランドセルを下ろし、朝の支度をする。
沙希は三年生のころ同じクラスで、ポニーテールで、男子ともよく話す、明るい子だ。私とすごくノリが合う。
幸奈は、穏やかだけど、いつもみんなに気を配れる、しっかりものって感じ。四年生で、同じクラスだった。
そんな二人と話していると、教室の前のドアから、なぎさちゃんが、すっと静かに入ってきた。
「おはよー、なぎさ」
「おはよー」
あいさつをしたのは、沙希だ。そういえば、沙希は四年二組だったから、なぎさちゃんと同じクラスだったんだ。
「おはよう、みんな」
私と幸奈も、あいさつを返す。
なぎさちゃんは、水色のかわいいワンピースを着ていた。
「なぎさちゃん、そのワンピースかわいいねっ」
「ありがとう。お母さんが選んでくれたの」
なぎさちゃんのお母さん、どんな人だろう。
私たちが他愛のない話をしていると、矢田先生が教室に入ってきた。
「おはようございます! じゃあ、みんな席についてねー」
朝の会が始まり、私たち五年一組の学校生活がスタートした。
まず、矢田先生が自己紹介をした。本を読んだり、映画を観たり、家で過ごすことが好きらしい。大人しそうな見た目のイメージにぴったりだ。ちなみに、矢田は「やだ」ではなく、「やた」と読むらしい。私はずっと勘違いをしていた。
矢田先生の自己紹介が終わると、一人ずつ自己紹介をすることになった。自己紹介といっても、もう四年間同じ学年で過ごした人たちだから、ほとんどみんな名前を知っているし、どんな子なのかもわかっている。
なぎさちゃんは、三歳のころからピアノを習っていると話していた。うん、これもイメージ通りだな。
初日は給食がない、午前授業だった。あっという間に一日が終わる。
私は美咲と昇降口で待ち合わせをし、お互いのクラスでの初日について語り合いながら下校した。
五年生としての、私の生活は順調だった。始業式の次の週には、クラスのみんなと打ち解け、誰とでも話せるようになっていた。隣の席のなぎさちゃんとも仲良くなり、おたがいに「なぎさ」、「花」と、呼び捨てにできるようになっていた。
なぎさは、すごく上品で、大人しいけど、仲良くなった人とはたくさんしゃべるタイプだった。グループで給食を食べるときも、男子も交えて楽しく話しながら過ごしていた。
休み時間は、沙希と幸奈も交えて、一緒に話した。好きなテレビ番組、俳優、アイドル、ユーチューバーなど…。
意外だったのは、なぎさがバラエティ番組やユーチューブを観るということだ。家では、ピアノを弾いたり、音楽を聴きながら本を読んだり、花を生けたり、本当におじょう様みたいな生活をしているんじゃないかと、勝手に思っていた。
誰かと打ち解けてくると、いかに自分が、初めて会った瞬間のイメージだけで、その人がどんな人物なのかを勝手に頭の中で決めてしまっていたかが分かる。もちろん、見た目とか、話し方でその子の性格とか、好きそうなことは、なんとなく分かるけど、接するうちに、最初に抱いたイメージは変わってくる。
私は、初めて会った人にどんな風に思われているんだろう。
四月の下旬ごろ、図工の授業で、春の植物を描く授業があった。校庭や裏庭に行き、草花や木を見つけ、それをもとにイメージをふくらませて絵を描くという学習だ。
矢田先生が言うには、「本物そっくりに描かないようにする」のが大切らしい。実際には見えない色や、光を付け足して、自分がその植物からイメージしたものを表現していくことがこの授業の目標だそうだ。
私は、画板と画用紙、絵の具をもって校舎の外に向かった。さて、何を描こうか。
最初に描こうと思ったのは、正門の近くの桜だ。しかし、もう完全に花びらが散っていた。まあ、そもそも桜はあまりにも定番すぎるからやめておこう。
次に目に留まったのは、正門から昇降口までの通路の両わきに置かれている、プランターに植えられた、ピンク色の花だ。こんもりとした丸い葉の中から、短い茎が伸び、丸い花びらが五枚ほどついた花が、十輪ほど咲いていた。
なんて言う花だろう。
名前は分からないけど、私はこのピンクの花を元に絵を描くことにした。
鉛筆で、うすく下絵を描いていく。こぢんまりとした絵にならないように、大きく、画用紙の中央に大きく一輪の花を描き、四すみには小さな花を描いた。ピンク色の絵の具がなかったので、赤に少し白を混ぜてピンクを作った。実物とはちょっと違う色になったけど、「本物そっくりに描かないようにする」のが大切だから、気にしないことにする。
ちょん、と筆を画用紙に乗せる。画用紙はピンク色に染まっていく。色のない世界に、色が生まれる。私だけのイメージが、私だけの絵になって表れてくる。
中央に描いたメインの花の彩色を終えたところで、休けいをすることにした。私は画板をプランターのそばに置いて、みんなが絵を描く様子を見て回った。
お調子者の男子の吉田は、まだ何を描くか決めていないらしく、みんなにちょっかいを出して回っている。
「おう、尾崎。なんかいい花ない? あっ、花って言ってもお前のことじゃないぞ」
「分かってるよっ。あんたはそこに生えてる雑草でも描いてなさい」
おバカな男子はほっといて、なぎさたちを探すことにした。
なぎさは、校舎と体育館の間にある渡りろう下で、花だんに植えてある菜の花を描いていた。
菜の花は、私たちの腰の高さほどまで育ち、精いっぱい黄色い花を輝かせていた。
「なぎさ、描けた?」
「うん、下絵はもうすぐできるよ」
なぎさが鉛筆で描いた菜の花は、花びらの一枚一枚が、茎の一本一本が、ものすごく細かく、それでいてダイナミックに描かれていた。思わず、画用紙に描かれた一本一本の鉛筆の線を、目で追っていた。
「絵、上手だね。私もがんばらないと」
「ありがとう。花は、もう色を塗り始めた?」
「うん。途中までね」
「そっか。私は、来週からにしようかな」
「よし、じゃあ今日は、一緒にみんなの絵を見て回ろう」
「うん、いいよ」
私たちは、クラスのみんなの絵を見て回った。みんなの画用紙には、思い思いの花や木が描かれていた。なぎさの絵が一番上手だな、と思った。
次の日の休み時間、私は図書委員会の仕事で、図書室にいた。図書委員会は、本の貸し出しをしたり、本だなの整理をしたりするのが主な仕事だ。
委員会活動は、五年生から始まる。今日から始まる仕事に、一生懸命取り組もうと思い、張り切って本の整理をしていた。
「尾崎、どっちが早く終わるか競争しようぜ」
私は、五年三組の山本という男子と、同じ日に当番が当たっていた。山本は背がちっちゃく、眼鏡をかけている。三年生のときに同じクラスだったけど、よく先生に怒られていた。落ち着きがなくて、思ったことをすぐに口に出したり、友達にちょっかいを出したりしていたからだ。
「あんた、本当変わってないね。高学年として、みんなのお手本になる行動をしなさい」
私は、先生みたいに、お説教をしながら、淡々(たんたん)と整理を続けた。
ふと、植物の図鑑が目に入った。
図工の時間に描いている花、載っているかな。
手を止めて、私は図鑑を開く。「春の植物」のページをパラパラをめくる。
…あった。『ゼラニウム』っていう花だ。
ゼラニウム…フウロソウ科・テンジクアオイ属に分類される植物の総称。南アフリカやケープ地方が原産の多年草で、春から秋にかけて色とりどりの花を長期間咲かせる。
図鑑には、ピンク色の花だけではなく、赤、白、黄色、紫など、色とりどりのゼラニウムの写真がいくつか載っていた。その一枚一枚に、思わず見とれる。
そのページの最後に、ゼラニウムの花言葉が書いてあった。
ゼラニウム全般の花言葉は「尊敬」「信頼」「真の友情」
赤いゼラニウムの花言葉は「君がいるから幸せ」
ピンクのゼラニウムの花言葉は「決心」
白いゼラニウムの花言葉は「私はあなたの愛を信じない」
黄色いゼラニウムの花言葉は「予期せぬ出会い」
深紅のゼラニウムの花言葉は「憂うつ」
色によって、花言葉が違うんだ。こういうのって誰が、どうやって決めているんだろう。
私が描いたピンクのゼラニウムは、「決心」を表すらしい。なんか、かっこいい。
それにしても、赤いゼラニウムの花言葉が「君がいるから幸せ」っていうロマンチックな言葉なのに、深紅のゼラニウムの花言葉が「憂うつ」っていうマイナスな言葉なのが面白い。赤色が濃くなって、ちょっと暗みがかかっただけなのに。
「おーい、尾崎ー。俺はもう終わったぞー。俺の勝ちなー」
山本が、うれしそうにさけんでいる。
「はいはい、私の負けでいいですよー」
私は図鑑を本だなにもどし、仕事を再開した。
翌週の図工の時間、私は絵の続きを描いていた。画用紙の四すみに描いた、少し小さめのゼラニウムにピンク色を乗せていく。赤と白の絵の具の配分が、この前と少し違ったのか、この前とは少し変わったピンク色になった。それが、逆にゲージュツ的って感じ。
初夏の陽気で、少し汗ばんでくる中、黙々(もくもく)と絵を仕上げる。
正門の近くには、本校舎とは別の棟があり、その一階の音楽室から歌声が聞こえてくる。『茶摘み』という曲だ。おそらく歌っているのは、三年生だ。この曲が聞こえると、一層春の終わりを感じる。
ゼラニウムの彩色を終え、私は背景を描くことにした。緑色に白を混ぜ、水分を多めに含ませた筆に絵の具を付けて、ちょんちょんと画用紙に乗せていく。『茶摘み』を聞いているせいか、広大な緑の草原をイメージしていた。
二十分ほどで、絵が完成した。…うん、私にしては頑張った。
絵の具や筆を片付け、私はなぎさの元に向かう。あの絵は、完成したかな。
この前と同じ、体育館のそばの渡りろう下に、なぎさはいた。矢田先生に、自分で描いた絵を見せながら、何か話していた。
「なぎさー、私は終わったよっ」
二人が振り向いて、ほほ笑む。
「うん…、私もとりあえず一段落って感じ」
「そうなんだ、どんな感じ?」
なぎさの後ろから、画板をのぞき込む。
思わず、息をのんだ。
私が今まで見たことがないような、不思議な絵だった。繊細かつ、ダイナミックな菜の花の輪郭に、主張の強い黄色や緑が重ねられていた。アニメの中にちょっとだけ出てくるCGを見ているような、何とも言えないアンバランスな印象だ。
なんてコメントすればいいのだろう。私は必死に言葉を探す。
「変、かな…」
「いや、全然変じゃないよっ。なんていうか、本当にすごい。どうやったらこういう絵が描けるんだろう」
「ありがとう。もうちょっと、色を重ねてみようと思ってるの。それで、矢田先生がちょうど来たから、相談してたところ」
なるほど。たしかに、なぎさの絵に塗られた色は、ほとんど混色されていなかった。絵の具の原色のまま、精巧に描かれた菜の花が彩色されていたのである。だから、違和感があったんだ。
「そっか。じゃあ、私ももうちょっと付け足そうかな」
私は絵の具と画板を持ち、再びゼラニウムのところへ向かう。不思議と、なぎさががんばっているのを見ると、私もがんばろうと思える。なぎさに負けないくらい一生懸命に描くぞ、という「決心」をする。