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小さな嘘

 * * *


 たんたんと響く外の雨音が優しい子守唄のようだった。その音が優しいと感じるのはきっと現実逃避だ。

 僕は、本能的に、桐原がついたこの嘘の理由を知りたくないと感じているらしい。

「人が嘘をつく理由って、なんだろうな」

「その理由がわかるかもしれないと思ったから、田岡は、水谷さんの話を受けたんだろう」

「あぁ、そうだな。うん」

「自信あるんだな」

 田岡は、白いティーカップを手に取って、小さく息を吐いた。もしかしたら迷っているのかもしれない。

 だから、田岡は隠し事を知って、水谷にどうするか、どうしたいかを最初に聞いたのだろう。


 ーー田岡が真実を暴く。


 田岡にそれを絶対にしなければならない理由はない。ただ、僕が水谷をつれてきたから、仕方なく付き合っているのだとしても、田岡は義理堅い男ではないし、普段から僕の面子をわざわざ気にしたりすることなど今までなかった。だから余計にこの話を「上手に」断らなかったことが不思議だった。「申し訳ございません、個人での仕事は受けていない」と上手い具合に得意の笑顔で切り抜けることだって、彼にはできたはずだ。

 田岡は、ある意味不器用。

 僕が知らないだけで、本当は、彼が人並みの親切心を持っていて人助けをしようなどと思ったのだったら。やっぱり、僕は、田岡の本当を何も知らないのだと思う。


 水谷は、友達が困っているのなら助けたいと願った。本当のことを知っても知らなくても水谷の目的もやることも決まっている。だから、その目的のためなら迷わない。

 迷ってばかりで何も決められない僕とは大違いだ。


「私は……」

 水谷は、田岡の顔をまっすぐに見る。

「もし、彼女が、嘘をついていたのだとしても、怒ったりするつもりはありません。ただ、困っているなら、何か出来たらと思っただけで、だから」

 真実が知りたい。

 水谷ははっきりとそう言った。

「理由がなければ、人は嘘なんかつかなくてもいい。本当の言葉だけで生きていける。それが、何かの理由で、一度嘘をつかなければいけない状況になってしまった。それは嘘をついた本人が弱いからか、それともそういう状況にした周りが悪いのか、私は、犯罪でもない限りは、日常の嘘は、誰も責めるべきではないと思っているよ。巡り合わせの問題だ」

 田岡は、そう持論を述べた。

「だから、水谷さんがいいというなら、私は、わかる範囲で答えようと思う。さて、では続けようか」

 田岡は、そう先に断りを入れて水谷を促した。

「あの、私は、彼女は、DVを隠しているのかもしれないと思いました」

「家庭内暴力、彼女は結婚しているんですね」

「えぇ、同級生の中では一番早くに結婚して、みんなが羨むくらいの盛大な結婚式でしたよ。けど」

「けど? 何かあるのですか?」

「彼女、せっかくお金持ちと結婚したのに、昼間は仕事に出ているんです。そんなことしなくても、自由なお金と時間があるのに、それって家にいられない理由があるんだろうかって思って」

「それは、早合点じゃないだろうか? 外に働きに行くことが好きな女性だっているだろうし」

「いえ、彼女、昔から内気で、接客なんて無理って言ってたんです、それが、今は全然違って」


 僕は、水谷自身が、何か友達を薄いフィルターを通して見ているように感じた。幸せな結婚をした友人。彼女はこういう人だった。だから、違う。

 

 ーー彼女の本当は、一体どこにあるのだろうか。


 確かに書店で彼女を見た時、僕も同じように彼女に対してそういう内気なイメージを抱いた。DVを受けているかもしれないと水谷に言われて、彼女ならありそうだと感じた。ただ、それは何も知らない僕が外から見た彼女でしかない。

 お前は、こういう人だと言われると、なんだか窮屈だ。


「では、水谷さん。もう一度、伺います。”友達を助けたい”という気持ちは変わりませんか?」

「え、えぇ。もちろんです」

「分かりました。では、カードを並べてみましょうか」

「おい、田岡、占いの仕事はしないんじゃなかったのか?」

 突然、田岡は席を立つと。後ろの机の引き出しから、紫色の袋を取り出した。

「ん? これは、占いというより、状況を整理するためだよ。もう、彼女が水谷さんに隠したかったことは分かっている」

「分かったのなら、言えば良いだろう」

「まぁ、順を追って、そう急いでも良い結果にはならないさ」


 田岡は、席に戻ると、自分のテーブルの前の食器を片付けて、カードを並べる為のスペースを空けた。

 紫色の袋の中から布に包まれたカードを取り出すと、拳でコンと一度カードを軽く叩く。

 僕は、初めて田岡が占う姿を見た。


 いつそんな技術を覚えたのか、どうしてそれを仕事にしようと思ったのか、何も知らないけれど、その手の動きは様になっていた。

 手の中でカードのシャッフルを繰り返すうちに、束から飛び出たものを順番に左から三枚机の上においた。

「スリーカード。左から順番に、質問の背景、現在の状況とやるべきこと、そして、解決方法」

 田岡は一枚づつカードを指差してそう言った。

「はい」

「まず、質問の背景。これは、水谷さんが、一番最初に私に聞いた、事故にあった理由を隠した訳です」

 カードを開くとそこには、犬と月が描かれている。

「月の逆位置、小さな嘘ですね。月は女性。周りの状況によって、彼女は不安な気持ちになり、今のこの場所から逃げ出したかった。それでも、月は、その場所で輝き続けなければいけない。月の居場所は、そこにしかないからだ」

「不安な、気持ちからついた嘘?」

「そうですね」

「嘘をつく理由には「自分のため」と「人のため」がある。今回の場合は、水谷さん自身に何かいいことがあったか? というと特に何もない。それどころか、逆に水谷さんは彼女が何か困っていることがあるのではないか、と心配になった」

「えぇ、そうです」

「だから、事故の話は、彼女が自分のためについた嘘だ。とっさについた嘘だったから、彼女は、すぐに話を切り替えた。何故なら、作り話ならすぐにどこかで、ボロが出てしまうから、彼女は思ったはずだ。しまった、早く違う話をしよう、元々旅行に行く話をするために会ったのだから、その話を進めることはなんら、おかしなことではない。それでも、水谷さんは、おかしいなと感じてしまった。これが、水谷さんが感じた違和感の理由です」

 確かに、最初から準備していた嘘ならある程度話続けられるだろうが、とっさについた嘘なら、バレやしないかと不安で早くその話を切り上げたくなる。

「頭上で美しく輝く月は、そこにあるのが当たり前で、誰もその月がどんな思いで輝いているかなんて考えもしない。そして月自体は、月であり続けるために必死だ。その輝きがなくなってしまえば、周りはがっかりすることを知っているからね。それは見栄。虚栄心にもにているかな」

「虚栄心?」

 突然出てきた「虚栄心」という言葉に僕は首を傾げた。


「彼女は、喫茶店へ来る時に、隠さなければいけないところがあったのです。だから包帯で隠した」

「隠したい……怪我、ですか?」

「怪我ではなく、包帯で隠していた部分ですね」

「左手……」

 水谷は、そう小さく呟いた。水谷が怪我をしていたのは、左手だったと。



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