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僕は探偵が嫌いだと言えない【異色のポスターカラー】  作者: 七都あきら@書籍化『明日好きになる人』角川文庫より発売中


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4/10

残念ながらこの洋館にはドラキュラは住んでいない

* * *


 翌日が土曜日で会社が休みだった僕は、水谷に半ば強引に田岡の家を連れて行くことを強要された。

 もとい、お願いされた。

 僕が休日にすることといったら、大家の部屋に居る犬のオソノに構ってもらうことくらいだ。

 だから、水谷からの、お願いを断る理由がなかった。

 きっと今日、僕がオソノに会いに行かなかったことで、オソノは、楽しい休日を満喫していることだろう。

 悲しいことに、やっぱり僕はオソノに片思いなのだ。


 この時点で、田岡の予定を僕が微塵も心配していないのは、彼がいかに暇人であるかを知っていたからだ。

 それに、どちらにしても毎週土曜日、田岡は僕をくだらない用事で自宅に呼ぶ。

 それなら、百回に一回くらい僕から行ったところで、困ることなんて、ないはずだ。

 いつも呼び出されて困っているのは僕の方だからだ。

 先週の土曜日は、田岡に唐突にTRPGがしたいから今すぐに来いと言われた。そんなものはお前が仲間を七人くらい集めてから誘えと電話で断ったのだが、二人でもできるだろうと言ってゆずらなかった。

 結局田岡の押しに負けてしぶしぶ行くことになった。

 結果的に先週の土曜日は六時間ものあいだ二人で遊んだが、田岡が言った通りに「二人でも楽しめた」ことに死ぬほど腹が立って、その夜は眠れなかった。

 そんな先週の僕のくだらない休日の話はどうでもいい。

 田岡は僕に断る理由がないことをいいことに、大体土曜になると何らかの理由をつけて、必ずと言っていいほど連絡をよこす。

 僕は、彼とは違い当日に呼び出すなんて非常識なことはしないし、一般的な常識を持ち合わせていたので、事前にわざわざ田岡に電話して「会社の同僚を連れて行く」と連絡をしておいた。

 それに対しての田岡は断るでも喜ぶでもなく「明日は雨だな、もう梅雨も明けたというのに」と実に腹立たしい返事を返してきた。

 田岡はそういう男だ。


 明大前駅で水谷と待ち合わせをして電車に二人で乗り、田岡の家へ向かった。

 田岡が言った通り、夏の日差しはなりをひそめ、昼過ぎだというのに空は薄暗く朝から雨が降りつづいていた。

 ジメジメ蒸し暑く梅雨に逆戻りしたような天気だ。

 目的地最寄りの『とある駅』で電車から降り、水谷と二人並んで少しのあいだ歩くと、突然周囲の景色が一変する。

 東京23区だというのに、ぽっかりと出現した森に、隣を歩く水谷は驚いていた。

 僕はもう飽きるくらいにこの場所へ来たことがあるので、驚いたりはしないが、水谷は初めてなので驚くのも無理はない。

「テレビとか雑誌のコラムで、田岡さんよくお見かけするけど、こんなところに住んでいるのね。占い師ってイメージ商売なのかしら? 東京23区の森の中……うん。期待を裏切らないわ、神秘の力はやっぱり、森からくるものなのかしら」

「テレビ……」

 僕は、そう言いかけて言葉を飲み込んだ。田岡がテレビに出ているなんて、本人の口から聞いたことがなかった。けれど、それをいま水谷に言えば「友達なのに、出演しているテレビの話をしないの?」と不思議がられるだろう。

 決して僕と田岡は友達なんかではないのでそれは仕方のないことだ。

 僕は田岡の仕事に興味がない。

「なんでそんな田岡に興味なんか……谷垣先輩もアイツはヤバいから会うのはやめとけって止めたのに」

「やめとけって、そんな男漁りに行くみたいに。あたしは、別に田岡さんがカッコいいから、ミーハー根性で森島君に紹介してって言ったわけじゃないです。占って欲しいんですよ。仕事として依頼です」

「かっこいいか? 田岡が?」

「うーん、私はタイプじゃないですけど、世間一般で言えば鑑賞に値する美形ですよ田岡さんは、あと芸能人だし」

「芸、能人……?」

 鑑賞に値するかどうかは僕にはわからなかったが、動物園でライオンを檻の外から見るという意味では、鑑賞に値するという認識に僕も相違はない。

 けれどそれは、美術品云々の評価ではなく、危険だから決して近寄りたくないという意味だ。

 ちなみに、今水谷が言った、田岡が芸能人というのも僕は知らなかった。

「田岡さんって、自称占い師だけど、テレビでの透視というか、物当てがスゴイんですよ。誰にもわからないことを当てちゃうの。まぁ、バラエティ番組だからタネも仕掛けもあるのかもしれないけど、本当なんだったら、私の悩みも解決出来るんじゃないかと思って」

「悩みって、友達の隠し事の件か?」

「うーん、それは、さすがに本人居ないんじゃわからないと思うし、桜とあたしについて占って欲しいかなぁ。ほら、昨日も言ったけど、もし私が何かしちゃったのなら、謝りたいし解決の糸口というか、この先どうすればいいか、みたいなこと」

 僕からしたら、隠し事を当てる方がはるかに簡単な気がした。田岡が知りもしない人間たちの相性だとか、急によそよそしい態度になった理由を当てるなんて、出来るはずがない。

「ところで、聞き忘れたけど、昨日の田岡の名刺ってどこでもらったんだ?」

「もらったっていうか、ショッピングモールの占いコーナーにスペシャルゲストとして田岡さんが来る機会があって、その時は人気で占ってもらえなかったんだけど、置いてた名刺だけもらって、いつか絶対占ってもらいたくて」

「ショッピングモール……占いコーナー……」

 僕は、地味にショックを受けていた。

 テレビに出ていたことも知らないどころか、ショッピングモールの占いコーナーについても知らなかった。

 けれど、その時、僕は、なぜショックを受けたのか分からなかった。

 ――僕は、田岡のことをやっぱり何も知らない。

 

 森を抜けると、突然、石畳の向こうに古い洋館が現れた。

 昔、僕はこの家のことを、吸血鬼ドラキュラが住んでいそうな屋敷だと言ったことがある。

 今日は雨空でさらに雰囲気が出ている。

 実際のところ、この家に住んでいるのは僕と同じ年の田岡一人で、雰囲気に合うような吸血鬼は住んでいないし、吸血鬼のモデルとなった、串刺し公ヴラド・ツェペシュのような気難しそうな見た目の男もいない。

 居るのは、変人の田岡一人だけだ。

 ドレスコードに、カジュアルが許されないような見た目の建物だが、僕はそんなことは微塵も気にしないのでTシャツとチノパンだ。けれど、水谷は僕の顔を見て「あたし、この服間違っていないかしら?」と心配そうに尋ねてくる。

 無理もない。この家は、誰が見ても一般的な日本家庭からかけ離れていて、変だからだ。

 けれど、心配しなくても、この家にはメイドもいなければ執事もいないし、なにより田岡自身がそんな些細なことは気にしないので僕は「私服で問題ないよ」とだけ答えた。

 そんな変人の田岡が住んでいる家なので、玄関の鍵も掛かっていない。

 僕たちは、勝手に家の中に入る。

 一体誰が掃除をしているのか知らないが、いつきても、この家は普通に綺麗に片付いていた。

 電気がついていない、長く暗い廊下を進むと、僕は一番奥の部屋の扉をノックもせずに勝手に開けた。

 無論、何も言わずに開けたところで、田岡は怒りもしないし、そもそも僕が、このドアを開けることなど最初から分かっているのだ。――腹が立つことに。

「いらっしゃい。森島君。水谷さん」

 明るく落ち着いた低い声が部屋の中から聞こえる。

 テーブルには、ティーセットが既に用意されていた。ケーキスタンドには、スコーンやサンドウィッチ、クッキーなどがのっている。

 僕よりも長身の男は、にこりと人のいい笑みを浮かべてこちらを見る。ただこの笑顔は、田岡の外面であって、決して中身は優男でもなければ、本当に性格が良い訳でもない。

 僕は、昔から田岡が怖いと思っていた。年齢にあわない幾つもの耳のピアスと、どこぞのチンピラに見える長めの赤い髪は、なんだか不良みたいだ。

 田岡は頭の先から足の先まで、容姿が派手なのだ。

 僕と彼はいつも正反対だった。


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