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ほんの些細なことが気になりました


 恋愛フラグの可能性を想像していると、水谷は二人分のコーヒーを入れて戻ってきた。

 途中だった化粧もどうやら終わっているらしく、目元が明るくなっていた。

「あのね、私の中学からの友人に、桐原桜って子がいるんだけど、ほらこの前書店に行った時に紹介したでしょう。あの子」

「あぁ」

 水谷は、曖昧な言葉でそう告げた。彼女がいう桐原桜(キリハラサクラ)という女性は、会社の取引先の近くにある書店で働いている子だ。大手不動産会社社長の旦那さんがいて、本当なら働かなくてもいいというのに、家でじっとしているのが性に合わないからと言って、書店へ働きに出ているらしい。

 これは、水谷から聞いた話で、出先からの帰り道にずっと彼女のことが羨ましいと言っていた。

「その桜が、事故にあったみたいで」

「あった、みたい?」

「この前、桜とお茶したんだけど、桜が待ち合わせの喫茶店に遅れてきて、その時、左手に包帯を巻いてたの」

「へぇ」

 パソコンを起動しメールチェックを始めながら、水谷の話を聞いていた。

 どう考えても、恋愛フラグなどたちそうもないと気付いたからだ。

 ちょっとだけ期待した数分前の自分を殴りたくなった。

「ちょっと、真面目に聞いている? それで心配なのよ」

「包帯巻いてるってことは、病院へ行ってるんだろう。それなら」

「そうなんだけど、彼女、どうしても、事故の詳細とかは話さなくて、大したことないの一点張り」

「じゃあ、大したことないんだろう?」

「そう、だけど、森島くんもしかして、人の心がない? 友達に何かあったら普通心配するでしょう?」

 要は大切な人が怪我をして、心配でいつもはしない早起きをしてしまい落ち着かなくて会社に早く来てしまったということらしい。

 僕自身に人の心がないかどうかはさておき、自分には残念ながら良い関係の友人が居ないので、怪我をしたと聞いたところで、事故で死ななくてよかったなと思うだけだろう。怪我の具合を想像してあれこれ心配したりはしない。

 ――多分。

 ただ友人が居ない自分でも想像することは出来る。もし一階に住んでいる犬のオソノが怪我をしたと聞いたら多分心配するし、元気になるまで眠れなくなるかもしれない。

 そういう意味では、水谷の気持ちは理解できた。

 水谷は、小さく息を吐いた。

「っていうかね、桜が保険会社と電話しているみたいだったから、その怪我事故にでもあったの? って私が聞いただけで、実のところ桜の方から事故にあった話を聞いたわけじゃないの」

「なんだそれ」

 休日に喫茶店で会った水谷と桐原。

 桐原は怪我をしていたが、その怪我について友人である水谷に理由を何も言わなかった。

 そして、電話の会話内容から、事故にあったのかもしれないと思った水谷が尋ねたところ、桐原は「そうだ」と答えた。

 僕は、それで最初に水谷は「事故にあったみたい」と言った理由が分かった。

「それで、そのあと、その事故にあって怪我をしたって話を、無理やり切り替えて、次に行く予定の旅行の話を始めたんだけど、これってなんだか変じゃない?」

「変か?」

 事故にあったのだとしたら、それは嫌な記憶だから別に誰かに話したいとは思わない。なぜわざわざ友人に自分の失敗談を喫茶店で話さなければいけないのかと思う。

「昔の桜なら、自分から、事故の話とかして、どんなに大変だったか聞いてよ! って展開になってたのよ」

「僕には、女の話の「普通」はよく分かないが」

 女同士がよく分からないどころか、大人の友人同士がする普通の話すらよく分からなかった。

「そういうものなのよ、辛いことがあったりしたら、共感して欲しくなるものなの」

「へぇ、そういうものか」

「それで、もしかしたら、彼女、DVにあってるんじゃないかって思って」

「……話が飛躍するな」

「だって、怪我の理由が友人に言えないなんて、何か大変なことに巻き込まれているんじゃないかって思うじゃない、だったら、家庭内暴力か、事故の話が本当なんだとしたら、相手に脅されているのかも、けどもしそうだったら、私に隠したりしないだろうし、で、森島君はどう思う? 友人に怪我の理由を隠したい訳」

「理由……ねぇ」

 僕は、そんなことを聞かれても、全く想像がつかなかった。怪我をしてそれを友人に話したくない理由なんて、話したくないから話したくない。それでいいじゃないかと思う。

 それに、もし本当にDVなら「そうなの、助けて」とは言わないだろう。

 書店で働いている彼女を初めてみた時、とても楽しそうに仕事をしていた。ロングのウエーブヘアーの一見する感じは確かに気弱そうな女性に見えるし、旦那に暴力を振るわれそうに見えなくもない。

「じゃあ、この話の続きは、昼休みでいい?」

「この話、まだ続くんですか?」

 同期のよしみで相談に乗ったところで、一切役に立てそうになかった。

 いつも同僚何人かでランチに行くが、僕はそこでの会話があまり好きではない。だいたい右から左に聞き流している。

「いいじゃない。聞いたところで減るもんじゃなし」

 そう言って、水谷がコーヒーカップを持ち、流し台の方へ行こうとしたら、ひらりと小さな紙切れが彼女の机の上から落ちた。

 拾えば、それは名刺だった。

 そこには、なぜか「田岡 英一」の名前が書いている。

 ――占い師。

 職業が書いてなければ、自分が知っている彼だとは気づかず、ただの同姓同名の他人だと思っただろう。

「あ、ごめん、それ机の上に置いておいてくれる? その名刺、昼にしたい話の続きで使うから」

「水谷さん、田岡知ってるの?」

 一瞬、時が止まったかと思った。

 水谷は、驚いてカップを落としそうになる。

「森島くん、この方知ってるの!」

 僕は、水谷に名刺を持っていた手を掴まれた。

 そんな時、運悪く、一つ上の先輩の谷垣が入ってくる。

「なんだぁ? 朝からどうしたどうした。社内恋愛は禁止だぞ」

 そうやって、からかわれたが「残念ながら、そんな素敵な展開はなかったです」と喉元まで上がってきた言葉を僕は悲しげに飲み込んだ。

「違いますよ……田岡の名刺を水谷さんが持っていただけです」

 僕が、田岡の名を出すと途端に、谷垣の顔は引きつった。僕と田岡、そして谷垣は、同じ大学を卒業している。

 そして、谷垣はなんらかの理由で田岡のことが嫌いらしい。

 谷垣は、田岡の名前が出た時点で、そんな恋愛的な展開は皆無だとすぐに分かってくれた。


 田岡の名刺は、正真正銘本当の占い師の名刺だった。最近、詐欺師だと疑っていただけに、少しだけ安心した。何せ本当に田岡が詐欺師でも、僕は普通に納得できるからだ。

 自分は、田岡が巷でそんな有名な占い師だとは知らなかった。やっぱり、僕は、田岡のことを何も知らない。

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