3,戦時の中 少年の名は、リッター・メイル
「俺が先客だ、引っ込んでな。」
「てめえ!煮え切らねえくせに今更何言いやがる!」
「表に出ろ、ここじゃ店に迷惑だ。」
「ガイド!駄目よ!やめて!」
ガイドが彼女に心配ないと手を上げ、酔った男の襟首掴んで外に出す。
酔った男は足下ふらつきながら、それでも肉体労働でもしているのか上のシャツ脱ぐと筋肉が隆として強そうだ。
「喧嘩だ!」「いいぜ!やれー!」
周囲のはやし立てる声に男はボクシングのように構えると、パンチを繰り出してきた。
ガイドは、それを受ける事無くかわして行く。
焦りもせず、単調な攻撃をじっと見て、テンポを掴む。
「この!避けるなよ!」
身体を動かせば酔いが回る。
拳は空を切り、次第にガイドの鋭い視線に気圧された。
シュッ!
出された拳を右に避け、力を加減して左の拳を繰り出した。
パンッ!「ぐが!」
酔っ払いが、一発浴びて軽い脳しんとうでも起こしたのか、足がもつれてストンと座る。
たった一発なのに、妙に重い。
恐怖を感じて、ガイドを見上げた。
「く、くそっ!なんだ?!」
「やめとけギリー、そいつポストアタッカーだぞ。お前じゃ敵わねえよ。」
男の仲間が、後ろで笑っている。
男が顔を歪ませて、両手を上げた。
「なんだって?冗談じゃあねえ!もう勘弁だ。
ちぇっ、なんだ、郵便局のアタッカーだって?速達の兄ちゃんかよ。こりゃ敵わねえや。
早く言ってくれよ。ああ、もう酔いが覚めた。」
「大丈夫か?手加減はしたけど。」
「アレで手加減したのかよ。まったく、度胸のある奴らには敵わねえや。」
男はよろよろと立ち上がり、友人に連れられて店をあとにする。
ガイドが彼女の元に戻ると、少年が唇をかみ、そして顔を上げた。
「俺、郵便局で雇ってくれ。何でもするから、あんたの下で働きたい。」
「駄目だ……アタッカーは素人が出来る仕事じゃないよ。
早馬でドンパチやってる中突っ切る事だってあるんだ。
お前が考えてるような甘い……」
「俺!早馬乗れる!銃も撃てる!馬も銃もないけど、スキルはあるんだ。
命がけの仕事でも構わない。
俺はあんたの下で働きたい!これは、軽い気持ちじゃないんだ。」
驚くほどに、顔つきが変わった。
たった一発のパンチが、少年の運命を開いたような気がする。
「わかった、とりあえず今夜寝るところ探さねえとな。
お前、妹はどこに置いてきた?」
「崩れた空き屋。今夜は帰らないかもしれないって言ってある。」
「心配だろ、早く連れてこい。」
「あいつは……俺より強いから。」
「強い?女の子が?」
少年が、ゴクンと唾を飲み首を振った。
「違う、強くない、忘れてくれ。連れてくる。」
「お前、名は?」
「リッター。リッター・メイル。妹はセシリー。」
リッターが、走って暗闇の中に消える。
その間にボーイに教会まで走らせ、引き受けを頼む。
しばらくして連れてきた子は、驚くほどに不機嫌だった。
「今晩は、ミス。」
朝は小さい子に見えたが、前にすると12,3才に見える。
手を出しても握手がわからないようだ。
兄をにらみ付け、繋いだ手をブンブン振り回した。
「お兄ちゃん!なんでお仕事しないの?!あたいお腹減った!
今夜帰らないって言ったのに!お金稼いで来るって言ったじゃない!」
「ごめん……」
「意気地なし!きっと怖くなったんだ!ママも怖いのは最初だけって言ってたわ!
なんで男の人に裸で抱っこされるくらい我慢出来ないの?!
アジトだって、お兄ちゃんがガマンすればまだいられたのに!
銃でおかしらのお腹吹っ飛ばしたから、もう帰れないわ!」
「ごめん……」
呆れた事に、妹は兄貴に身体を売ってこいと急いている。
「何があった?」
「かしらが・・・逃げた母さんの替わりしろって。俺怖くて、あいつの股間銃で撃って逃げた。」
「ああ・・・・・・」
言葉を失って、リッターの頭をなでる。
「よく、逃げてきたな。ちゃんと妹も連れて。お前は偉い、誰よりも勇気のある奴だ。」
「いい子ね、よく頑張ったわ。」
リナが、リッターを優しく抱きしめる。
すると、妹も抱きしめて欲しいと彼女に飛びついた。
二人とも、鼻をすすってようやく笑顔が見える。
誰も頼る者が無いのは相当怖かっただろう。
「俺の母さん、ゲリラ捕まる前は軍人相手の娼婦だったから。
美人だから、いつも偉そうな奴が相手だったけど。やってることは何も変わらない。
妹は、セックスを裸で抱き合ってるとしか知らないんだと思う。」
なるほど、親が高級娼婦か。
「とりあえず飯を食って教会に行こうか。
話は付けてるから、もうすぐ神父が来ると思う。」
「教会?!」
「ああ、君たちのような家と親の無い子が沢山いるよ。」
「教会は駄目だ!俺、俺、小屋でいいから自分達で暮らしたいんです。」
「なんで?そんな事しなくても……」
「俺たちと母さん、礼拝の時に教会に売られて、ゲリラに捕まったから。
もう教会なんて信用出来ない。」
整理して話を聞くと、2人は母親と共にゲリラに誘拐されていたらしい。
母親が先に逃げて、自分達も逃げたのだと言った。
なんてことだろう。思った以上に酷い環境から逃げてきている。
ガイドは、とにかく食事をとらせて迎えに来た神父に訳を話すと、家が決まるまで教会で我慢して貰う事になった。
空き屋は山ほどあるから、家の確保は何とかなるだろう。
神父の話では、もうすぐ18なので独り立ちには問題ないが、食事などは援助するという話だった。
リッターも局長と話し合って、いきなりアタッカーになるのは無理だと、最初は局内業務と個別配達の仕事から始める事になった。
しかし、それでも本人は来月18才になったらアタッカーで出ますという。
決意が固い。
郵便局の馬を貸して走らせると、確かに乗りこなすのが早い。
銃の撃ち方は、教えるまでもなく手慣れていた。
「俺と妹、アジトで狩りや守りやらされてたから。
妹も13だけど、馬も乗れるし、銃も撃てるんです。
だから、早く銃買わなきゃ。身を守るために。」
どこか、まだ逃走中のような、ひどく急いている印象を受ける。
妹は昼間教会で勉強させて、帰りに一緒にご飯食べて家に帰るらしい。
「何か心配事があれば言うんだよ、俺たち力になるから。」
「大丈夫です、俺たちずっと二人で生きてきたし。」
リードが声をかけると、どこか強気な様子でうなずく。
ガイドもリードも、心配だが今はやれるだけのことをしてやろうと二人で話していた。
そうして2ヶ月後、リッターは仕事にも慣れ、誕生日も過ぎて18となり、局長にようやくアタッカーの許しを得ることに成功した。
初月給で中古のかなり古いタイプのショットガンとハンドガンも手に入れて、ホッとした顔に見える。
いつもなぜかおびえた印象を受けるので、銃は保険なのだろう。
最近はようやく終戦へと戦況も落ち着いているので、ガイドと同行して仕事を覚えさせることにした。